初々しい記憶
セイが告白した当時、ウィリアにとって彼はただの顔見知りの青年だった。
幼少期には一緒に遊んだこともあったし、セイは寡黙な働き者として村での評価が高かったからウィリアも彼に対して悪印象を抱くことはなかった。
だが、だからと言って特別な感情や評価を持っているわけでもなく、ある程度成長してからはセイをただの同い年の男性として認識していた。
当時、甘い恋愛に憧れるだけの少女だったウィリアには気になる男性というものもおらず、ただ日々、夢を見るばかりだった。
これに対してセイがウィリアに好意を抱くようになったのは、告白した当時の年齢である十七歳よりもずっと幼い十三歳の頃で、初恋だった。
初めは少し気になる女の子をたまに視界に入れてドキリと心臓を鳴らすばかりだったが、気がつけばウィリアを酷く恋しく思うようになっていた。
そして十五歳になる頃には、明確にウィリアへの恋愛感情を自覚するようになっていた。
愛情はやたらと強いが口下手で積極的になれないセイと、恋には憧れるが実際には女友達に囲まれるばかりで男性とは接点の薄いウィリア。
そんな二人が頻繁に言葉を交わし合っているわけもなく、村でばったりと鉢合わせた時に一言か二言だけ挨拶ていどの会話をするのが関の山だった。
待てども暮らせども始まりすらしない二人の恋愛。
これが唐突に動き出したのは、とある夏の日だった。
この日は酷い猛暑で、セイは川辺にある木陰で涼んでいたのだが、お昼休憩が終わった後にもボーッと時を過ごしていたら、同じように避暑地を求めたウィリアが隣にやってきた。
暑さにやられてしまったウィリアの視界は随分と狭くなっていて、セイを見つけるまでに少々時間を有したが、それでも彼に気がつくと「あっ!」と声を上げて、それからニコリと微笑んだ。
「セイ、こんにちは~」
呑気な声を出す彼女は柔らかい髪から湯気を出していて、真っ赤な頬を細かな汗だらけにしている。
まるで、三十分ほど蒸し器にでも突っ込まれていたかのようだ。
「こんにちは、ウィリア。酷く顔が赤いが、大丈夫か?」
「平気よ~。でも~、少しの間でもいいから~、隣にお邪魔させてもらえると助かるわ~」
セイは快く了承して小さな木陰をウィリアに分け与えた。
嬉しそうに笑うウィリアが彼のすぐ隣に腰を下ろす。
「ここの川の水だけ冷た~い! 木陰にあるからかしら~? ふふ、気持ち良い~!」
サラサラと流れる川の水に素足を浸して、ウィリアがキラキラとした笑みを浮かべる。
『ローズクォーツやピンクサファイアといったところだろうか』
楽しそうに揺れるウィリアの瞳を眺めて思う。
セイは水面と同じくらいに輝く、透き通った宝石のような彼女の瞳が好きだった。
『小鳥みたいだな』
水筒の水で乾いた喉を潤すと、ウィリアが楽しくお喋りを始めた。
柔らかい声が心地良くて、ニコニコ笑ったり目を丸くしたりしながらお喋りを続けるウィリアがあんまりにも愛らしかったから、セイはずっと彼女の話を聞いていられると思った。
「ウィリアは、かわいいな」
お喋りの休憩と水分補給を兼ねて水筒を傾けるウィリアに、セイがボソッと呟いた。
さりげない風の露骨なアプローチと言うより、ただ本音を漏らしてしまっただけといった雰囲気のセイは自然体だ。
うっかりセイの言葉を聞き逃しそうになったウィリアだが、慌てて彼の声を鼓膜に引っ掛けると肩を驚きで揺らし、瞳をまん丸に開いた。
そして口に含んでいた水をコクリと飲み込むと、冷える喉とは対照的にみるみるうちに顔を赤く熱した。
「え~!? 本当~!? あたし、可愛い~!?」
「ああ」
「あたしね~、男の子に可愛いって言ってもらえたの、初めてなんだ~! ふふ~! 嬉し~い!」
キャーッとはしゃぐウィリアが赤い両頬に手を添えて、フルフルと全身を震わせる。
その姿が全身ずぶ濡れになった犬が毛先から水を飛ばす姿に重なって、セイは思わず笑ってしまった。
嬉しいなあ、嬉しいなあ、とニマニマ口角を上げる彼女を見ていると、愛しさがますます込み上げて堪らなくなる。
セイは内側に溢れる感情を抑えきれなくなって、
「ウィリア、好きだ。付き合ってほしい」
と、ウィリアに告げた。
唐突に告白されたウィリアは少し固まった後にコクコクと頷いて、
「今日から~、セイはあたしの彼氏ちゃん。あたしはセイの彼女ちゃんね~」
と、笑っていた。
えへへ~、とのんびりした笑みを溢すウィリアにセイもコクリと頷き返す。
以降、ウィリアはゆっくりセイを好きになったし、セイはますます彼女を愛しく思うようになった。
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