斜め上の決心

 ボーッと物思いにふけり続けていたセイだったが、玄関のドアがコンコンとノックされる音を聞くとハッと意識を取り戻した。

「どちら様?」

 扉の向こうに声をかけつつ、ドアノブを捻る。

 外にいたのは普段通りの態度で、やあ! と片手を上げるログと、コートをしっかり着込んでフードまで被り、身を縮めて少し気まずそうにモジモジしているコールだった。

「二人とも、急にどうした?」

 淡白な態度のセイに問いかけられると、コールは何となく責められているような気がして、「あ、えと、その……」と、モゾモゾと言葉を探し始める。

「セイ、最近は診療所に顔を出してなかっただろ。それで何となく調子が気になってさ、たまには顔でも見ようかなってセイの仕事場に向かったんだ。そしたら、今日は早くに仕事が終わって自宅に帰ったって聞いたから、それで来た。うっかり手土産なんかは持ってき忘れちゃったんだけどさ、でも、せっかくだから少し喋れないかと思って。家に上げてもらえたら嬉しいんだけれど、どうかな?」

 ログが人好きのする爽やかな笑顔で問いかけると、セイは「構わない」と頷いて二人を家に招いた。

 それから、セイは二人をリビングに通すと中央のテーブルに人数分の椅子を持って来て並べ、お茶の準備を始めた。

「あ、ありがとう。急にごめんね」

 フワリと湯気の立つマグカップを受け取ったコールがおどおどと礼を言うと、セイは無表情にコクリと頷いた。

「あ、あのさ」

 何か話しかけたくて口を開くコールだが、セイに「ん?」と問い返されると何故か威圧された気分になって、言葉を出せなくなった。

 おまけに会話のキッカケとなるような話題も思いつかない。

 キッチリと揃えた両膝の上にギュッと握った手を置いて俯くコールの隣で、ログがお茶を啜った。

「これ、美味しいね」

「ああ。確か、ウィリアが、気に入っていたやつだ。この間、分けてもらった」

 ウィリアという名前が出たので、何か話せるかな? と顔を上げるコールだが、結局、何も言葉を発せずに口をつぐむ。

 落ち込みがちで焦りがちなコールの膝にログがポンと手を置いて、ひっそり彼を落ち着かせた。

「ウィリアらしい選択だね。華やかだけど落ち着くお茶だ」

「ああ。ウィリアは、人を喜ばせるのが上手だ。気が利いて、人の好みを覚えるのも得意で、プレゼントを選ぶのも上手かった。よく、友達に、恋人へのプレゼントに関する相談を持ちかけられていた」

 別れた後だが、未だにウィリアへの気持ちがあるからだろうか。

 セイはウィリアが褒められると少しだけ嬉しそうに口角を上げ、スムーズに言葉を出した。

 しかし、次のログの言葉でセイの態度も一転し、落ち込んでしまう。

「それも、ウィリアがくれたやつ?」

 そう言ってログが指差したのはテーブルに並べてある二本のマフラーの内、シンプルなデザインをしている物だった。

 ログの示すマフラーは確かに真っ白い無地の品だったが、キッチリ編み込まれているおかげで様になっており、不思議と素っ気ない印象は受けない。

 むしろ妙に格好良い雰囲気で、セイが身に着ければ全体の雰囲気がカチッと締まることが予想できた。

 白の単色という可愛らしくも少し物足りない色合いだったが、甘くなりすぎたり、寂しくなりすぎたりしないよう、気を遣って編まれているマフラーだった。

 ウィリアの話題の内、別れを思い出させるものには不快感を覚えるのか、セイが眉間に皺を寄せてコクリと頷く。

 少し重くなったように感じる空気にコールはオロオロとし始めるが、ログは平然とした様子を崩さずに「そっか」と笑うと、今度はもう一本の可愛らしいマフラーに視線を移した。

「コレ、完成してたんだね」

 一緒に編み物をしていたログは、可愛いマフラーの作成目的を知っている。

 渋い表情のセイがコクリと頷いたが、その後ログに、

「渡さないの?」

 と、問いかけると今度は首を横に振った。

「渡せない。別れたから」

「そうなの? 勿体ないと思うけど。今からでも、渡してみたら?」

 ニコリと笑うログをセイは信じられないものを見るような目で見た後、しばし黙考した。

「ログなら、渡すのか?」

 疑念で目を鋭くしたまま、セイが低く問う。

 ログはアッサリと頷いた。

「そうだね。だって、マフラーをダシにまた仲良くなれるかもしれないから、俺はカルメさんとケンカしちゃっても、もしも別れちゃっていても、必ずマフラーを渡すよ。きっと振られたら未練タラタラになっちゃうからさ、キッカケがあれば何でも利用する。セイは違うの?」

 当時、あれだけ尖っていて面倒くさかったカルメに臆さず挑み、心を射止めただけはあるのだろう。

 ニコリと笑うログは柔らかくて優しいだけではない、強かで芯のある強い瞳をしている。

 セイは、そんなログの穏やかな忍耐と前向きな心が眩しくて目を細めた。

「俺も未練がある。まだ、ウィリアのことが好きだ。でも、しない」

「どうして?」

「分からない。諦めているのかもしれない。それに……」

「それに?」

 促すとセイは言い難そうに口をモゴモゴとさせて、それから俯いた。

「一方的に振ってきたウィリアに貢物をして縋るのは……なんか癪だ」

 ボソッと呟くセイの言葉にコールは目を丸くして、ログはプッと噴き出した。

 セイがムッと口角を下げて不機嫌になる。

「何かおかしいか?」

「いや、おかしくないよ。言いたいことも分かる。でも、セイがそんな風に言うのはハッキリ言って意外だった。いつも穏やかだろ、セイは」

 ログが明るく笑うとコールもコクリと頷く。

 セイは二人を眺めた後、再び少し黙り込んだ。

「俺は、よく人に穏やかだとか、怒らなさそうだと言われるが、別にそうではない」

「そうなの?」

「ああ。ただ、人より鈍感だとは思う。頭の回転も速いわけではないし、人からの悪意にも気がつきにくい。眠る時になってようやく相手の……ウィリアの言葉の意味を知ることもある。すぐに行動できなくて、後からウィリアの態度がおかしくなっていたことに気がつくこともしょっちゅうだ。声をかければと思うのも、やっぱり後からだ。その場で行動できるほど、俺は素早くないんだと思う。再び会った時には機嫌が直っていて、でも、気がつけば様子がおかしくなっていて、最近は、その繰り返しだった。ウィリアに何もしてやれていなかったこと、数日前に、いや、もしかすると今、気がついたのかもしれない。でも、遅かった」

 セイが苦々しく後悔を溢して俯く。

 無表情だが酷く寂しそうな横顔をしていた。

「後悔してるのに、プレゼントを渡したり、やり直そうって声をかけたりするのは癪なの?」

 セイは押し黙った後、多分、とだけ呟いた。

「どうしてかは、俺にも分からないんだ。でも、多分、ウィリアが俺に怒っているように、俺も、ウィリアに怒っているんだと思う。不満があったなら言ってほしかった。要望があるなら伝えてほしかったとも思う。だが……気がつけなかった、俺が悪かったのか?」

 じっと瞳を覗かれるログだが、細かい話を知らないログに二人の善悪を決めつけることはできない。

「俺は詳細を知らないから、どっちが悪いかなんて分からないよ」

 ログが苦笑いを浮かべると、セイは「そうだよな」と頷いた。

「ログは、カルメさんによく謝っているが、謝るのは、癪だと思わないのか?」

「思うよ」

 ログの答えはセイにとって予想外の物だったのだろう。

 セイはアッサリとしたログの返事にパシパシと瞳を瞬かせた。

「あるのか」

「あるよ。当然だろ。カルメさん、自分が悪いのに俺に八つ当たりしてくる時あるし、普通に腹立つことあるよ。謝りたくないなって時もある。でも、そういう時ってカルメさんの方から謝ってくれる時もあるし、それに、何でかな、喧嘩中でもカルメさんが寂しそうにしてるとさ、俺、声かけちゃうんだ。今回こそは先に謝らないぞって意地張る時もあるんだけど、カルメさんが仲直りしたそうにしながら俺の周りをウロウロしてたり、喧嘩中だからって突っぱねたりするとムッとする前に一瞬落ち込んだりして、かわいいなとか反対に可哀そうだなって思っちゃうと、なんか絆されちゃうんだよね。しょうがないな、一時的に意地は捨ててあげようかなって思える。結局、俺の方が謝ったり声をかけたりする頻度は上がるけど、俺は意外と気にしてない」

 ログは照れくさそうに頭を掻いて笑っている。

 言葉を飲み込んだセイはやがて、「そうか、強いな」とだけ感想を溢した。

「コールは、サニーとケンカしないのか?」

 セイは少し考えて、それから今度はコールの方にチラリと視線を送った。

「ぼ、僕!?」

 大人しくお茶を飲みながら事の成り行きを見守っていたコールが、急な問いかけに驚いて肩を跳ね上げる。

 だが、勢いで問い返すコールにセイはシッカリ頷いていた。

 ログからも注目を浴びたコールは軽くパニックになってしまった。

「え、えと、僕か。僕は、えと、別にサニーと恋人なわけじゃないけど、でも、そういうアレではあるもんね。えっと、その、……」

 しどろもどろになりながら記憶を手繰り寄せる。

 しかし、少し経つとコールは苦笑いを浮かべて、

「僕、サニーに謝ったことあんまりないかも。そもそもサニーが僕に不機嫌に接すること自体、ほとんど無いし。サニーがあんまりにもお馬鹿なことをしたりスケベな事をしたりしてくるから僕が怒ったり、あとは僕が変に勘違いをしちゃって不機嫌になっちゃったりすることはあるけど、でも、そういう時はサニーが謝ってくれるから。僕は、サニーのこと振り回してばっかりかも」

 と、気まずそうに言葉を出した。

 モゾモゾと指を絡ませるコールは非常に肩身が狭そうだ。

「サニーが、唐突に怒って別れると言い出したら、どうする?」

「え!? だから、僕たちはそもそも付き合ってないってば。でも、もしもサニーが僕のことを嫌いって言いだしたら、僕はサニーに一生懸命、理由を聞くんじゃないかな。あ! でも、ずっと機嫌を直してもらえなかったら、僕も怒っちゃうかもしれない。それに、その、恥ずかしいんだけど、嫌いって言われたらやっぱり泣いちゃうかも。喧嘩の原因が僕にあっても、怒っちゃいそうだし泣いちゃいそう。うぅ、本当に恥ずかしい……」

 逆切れをして拗ね、部屋に引きこもる自分を簡単に想像できたのだろう。

 コールはコートを目深にかぶり直すと、そのままバツが悪そうに顔を背けた。

 落ち込むコールに対してセイは「なるほど」と頷き、ログは少々呆れている。

「コールの所は、基本的にサニーが謝ってるもんね」

「うん。僕が悪くても謝ってくれる時があるの、なんでなんだろう。ログと同じ理由?」

「それもあるけど、サニーの場合は単純に性癖じゃないか? 前、『コールさんに叱られるの堪らない! メッてされた~い!! もっともっと、かわいく怒ってコールさん!!』って鼻息荒くしながら暴れてたぞ。診療所のラグの上で」

「それ、僕も何回かサニーに直接言われたことある。僕、かわいく怒ったことなんかないんだけど」

 元から分かってはいたが、友人から間接的に知らされるサニーのアレな姿にコールが複雑そうな表情になる。

 おまけにログの言葉をセイが、

「サニーは変態だから、何度でも謝ることができる。怒られても、関係の修復ができる。なるほど」

 と結論付けると、コールはますます嫌そうな表情になった。

「まあ、結局は惚れた方が負けなのかもね。俺も、サニーも」

 二人を見守っていたログが晴れやかに言う。

 コールとセイが首を傾げると、ログは悪戯っぽく微笑んだ。

「相手の駄目なとこ、かわいいと思うと負けなんだってさ。そうしたらトゲトゲだったカルメさんが大好きな俺は負けっぱなしになっちゃうよな。サニーもコールのモジモジとしたところとか繊細なところ、あとは三秒で引きこもる臆病さと慎重さ、それに、割と内弁慶で気が強いところが好きなんだって。だから怒られたりしても全然イケるって診療所で喧伝してた」

「ええ……やっぱりそう言われても複雑だけどな。でも、僕もサニーのちょっと困ったとこ、好きだよ。ちょっと強引なとことか、スケベなとことか、困らせれられても仕方がないなって許しちゃう」

 僕の方が負けかも、とコールが上機嫌に笑う。

 恋バナに花を咲かせる楽しそうな二人をセイは羨ましそうに見守った。

 そして楽しい会話もおさまり始めた頃、静かになるタイミングを見計らっていたセイがゆっくりと口を開いた。

「ログ、コール、たくさん話を聞かせてくれてありがとう。俺は色んなことに疎いから、二人のおかげでいろんなことを考えられた。おかげで村を出る決心がついた」

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