お節介を焼きに
相変わらず診療所ではジメジメと愚痴りにやって来るウィリアとカルメの攻防戦が続いている。
ログもウィリアを追い返す口実に使われつつ、反対に立場を利用してカルメを揶揄い、遊ぶ日々だ。
最近はウィリアが診療所に来るのを見ると少しテンションが上がっており、カルメが彼女に困らせられるタイミングでわざと二人の前に姿を現したりしていた。
今日もカルメの休憩時間を狙ってウィリアが診療所の談話室に現れていたのだが、この日のログは珍しく二人のもとへ行かず、代わりにセイの職場へ向かっていた。
特に寄り道などせず、真直ぐ目的地へ歩いていたログだが、道の真ん中でサニーとコール、それに子どもたちが何やら真剣な様子で話し合っているのを見ると気になって、
「こんにちは。皆、何の話をしてるの?」
と、声をかけた。
すると、不安そうな表情の少女がログの方を振り返る。
彼女は「幼かった頃の自分に似ているから」という理由でカルメが少し気に入って、可愛がっているカリンだ。
すぐ側にはカリンと仲良しの少年、クラムもいる。
「あのね、ログ、あの……」
カリンがモゴモゴと口を動かして言葉を出し損ねる。
普段から内気で、親しい人間の前でも発言することが苦手なカリンだが、それにしても何だか落ち込みがちで気まずそうな様子だ。
他の子供たちも浮かない表情をしており、なんだか不穏な空気を醸し出していた。
「みんな暗いね。なにか良くないことでもあったの?」
自然と小声になるログに対し、サニーが何とも言えない微妙な苦笑いを浮かべた。
「いや、別にそこまで深刻になるような事は起きてないわよ。ただ、次期村長として子供たちから相談を受けていたの。最近、ウィリアとセイの様子がおかしいんですって」
村の子供たちが言うには、急にウィリアとセイが遊んでくれなくなったらしい。
職場を追い出されたウィリアは診療所でカルメに「構って!」と圧をかけたり、サニーに泣きついたりしているのだが、誰も友達を捕まえられなかった時には大人しく自宅に帰って針仕事を進めている。
そのため、子どもたちは自分たちの知らぬ間に行動を変えてしまったウィリアと、あまり接触することができていなかった。
加えて、偶然ウィリアに会うことができて、
「お姉ちゃん、遊んでよ! つまんないよ!」
とせがんでも、
「今日は忙しいからだ~め。また今度ね~」
と、はぐらかされるばかりだ。
また、セイの方は普段通りに働いており、仕事中にも特に不審な様子をみせていないのだが、これがプライベートの時間となると一転して、ひたすら物思いにふけるようになる。
話しかけられても生返事ばかりで、どんよりと暗いオーラを背負ったまま放心するセイに、子供たちは話しかけることすら憚られてしまって不安を覚えていた。
「花祭りの頃からね、そうなの。なんかね、花祭りの日にウィリアお姉ちゃんとセイお兄ちゃんが喧嘩しちゃったんじゃないかって、みんなで話してたの。花祭りの日にもセイお兄ちゃんと遊ぶ約束してたのに、結局、お兄ちゃん遊んでくれなかったし」
カリンも花祭りの日にセイに遊びをせがんだ子供の一人だった。
どうやら、あの日、セイはいつまで待っていても待ち合わせ場所に現れなかったらしい。
初めの内は鬼ごっこなどで時間を潰していた子供たちだが、それでもセイが野原にやってこないのをみると不信感を覚え、皆で彼と別れた場所まで戻った。
そうすると、一緒にいたはずのウィリアは既にどこかへ去っており、大きなランチボックスと共に取り残されたセイだけが、呆然とその場に立ち尽くしていたのだという。
「お父さんとお母さんも心配しててね、ウィリアお姉ちゃんとセイお兄ちゃん、大丈夫かなあ」
カルメたちの住む村は小さい。
噂話はすぐに広がるし、何か異常が発生すれば瞬く間に全体へ共有される。
当初、二人の仲たがいを知っていたのはウィリアの友人である若い女性たちかセイの職場の人間ばかりだったのだが、今では村全体の六割以上の人間が、二人について大なり小なり何らかの情報を得ていた。
「本来ならプライベートな部分には突っ込まないんだけれど、今回は無視するにはちょっと厳しいくらいに話が大きくなっちゃってるのよね。何せ、村の中で存在感があった二人だから。特にウィリアがね、あの子、私やカルメさんには『話聞いてくださいよ~びぇぇ~!!』ってする癖に、同年代の女性以外には気を遣って強がるから、無理してニコッて笑って落ち込むのが、どうにもみんな気になっちゃうみたいなのよ。年上に好かれるから奥さん方は謎にセイに対して怒ってるみたいだし。それに村もね、妙に暗い雰囲気になっちゃってるのよ。困ったものだわ」
サニーも友達としてウィリアの状態が気になるから話を聞いてやるものの、やっぱり彼女はカルメに話したのと同様にしょうもない愚痴しか吐かないから、いくらお喋りをしたところで解決の兆しどころか問題の本質すら知ることができない。
それならばセイに声をかけるべきかとも思ったが、いくら村の雰囲気や友達のことが関わっているとはいえ、どこまで他人様のデリケートな問題に首を突っ込んでいいものか分からない。
セイとは悩み事を相談し合うほど仲良くないから余計である。
サニーは毎日のように中高年の村人たちから浴びせられる、
「サニー、ウィリアやセイと仲いいよね。何とかならない?」
という趣旨の言葉や二人に関する愚痴にすっかり困らされてしまい、深い溜息を吐いていた。
「なるほどね。まあ、そう言うことなら、ひとまず俺が話を聞いてくるよ」
一通り話を聞き終えたログが爽やかに笑う。
やけに頼もしい態度のログだが、彼があっさりと面倒な役割を引き受けたことに対してサニーは目を丸くし、「え!?」と声を上げた。
「ありがたいけど、どういう風の吹き回し?」
「風の吹き回しって、何だか酷い言い草じゃない? そんなに俺がセイのことを気にかけるのは変かな?」
「変っていうか、だってログ、基本的にカルメさん以外には興味ないじゃない? セイの問題に構っている暇があったらカルメさんとイチャイチャしていたい、村の困難にノータッチなドライ精神を維持し続ける都会っ子がログじゃなかったの?」
ログの本心を探ろうと目まで覗き込んでくるサニーに彼は苦笑いを浮かべた。
「まあ、多少そういうところがあるのは認めるけど、だからってその言い草はやっぱり酷いよ。俺にだって友達を心配する心くらいはあるし。まあ、きっかけはお察しの通りカルメさんだけど」
毎日やってくるウィリアを適当にあしらっているカルメだが、彼女は意外と友人想いだ。
ログが談話室にやって来るまでは何だかんだと話を聞いていることも少なくないし、家でも彼女のことを話題に出して、
「何があったのか詳細はよく分からないし、結局、振ったのはウィリアだからさ、セイに相手にされなかったり、未練で苦しんだりしても、そういうのはウィリアの自業自得だと思うんだ。思うんだけど、あんまりにも泣くから少しだけ心配でさ。セイって、今どんな感じなんだろうな。ウィリアに思うこととか、あるのかな?」
と、表情を曇らせていることも多い。
カルメがあんまりにもウィリアを心配するから、カルメの表情を晴らすべく、ログも少しだけお節介を焼いてやろうと思ったのだ。
ログの話に今度はアッサリと納得したサニーが「なるほどね」と言葉を漏らす。
「やっぱり、結局はカルメさん絡みなのね。ログらしいわ」
「まあね。でも、本人が嫌がったら深追いはせずに引き上げるよ。セイにはセイの事情があるんだろうからさ」
「そうね。それが良いと思うわ。でも、何かあったら一応、連絡をちょうだい。私は他の仕事をしてくるわ」
春はありとあらゆる存在、活動が活発になる文、次期村長たるサニーも多忙になって、ほぼ常に仕事に追われるようになる。
少しでも早く業務を終わらせてコールとの時間を増やしたいサニーは、セイの件をログに預けると忙しなく仕事に戻っていった。
子供たちもサニーが去って行くのをきっかけに解散する中、コールがログの肩を叩く。
「どうした? コール」
「あ、いや、あのさ、僕も一緒に行っていい? 僕もセイのこと気になってて。その、勘違いじゃなければ僕もセイと友達だからさ。それに、僕だって少しでもサニーの手伝いをしたいんだよね」
自信なさそうなコールがフードをシッカリと被って橋を両手で握り締め、オドオドと問いかける。
ログが「もちろん、助かるよ」と快諾すると、コールはホッとため息を吐いて彼と一緒にセイの元へ向かった。
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