今だけ夜が嫌い
お前は勘だけで生きていそうなやつだな、とカルメに苦笑いされることもある、脳内お花畑ことウィリアだが、彼女はけっこう色々なことを考えて生きている。
お友達とおしゃべりをして楽しかった話や日常での興味深かった出来事。
ふと見かけた花が可愛らしかったことや真っ青な空の下でプカプカと浮かんでいる雲が面白い形をしていたこと。
相手の話した内容は結構きちんと覚えているし、何気ない話題もたくさん持っているから、ウィリアは人とお喋りをするのが得意で他人を楽しませることができた。
そんな彼女は眠る前にのんびりと一日の出来事を振り返ることが好きだ。
普段なら友人やセイと過ごした楽しい時間を思い出して、幸せに浸りながら明日を楽しみに眠る。
少し楽しい癖なのだが、何を考えていてもセイとの別れがよぎるようになっていた今のウィリアにとっては苦痛をもたらすだけの悪癖へと転じていた。
別れて数日たった今でも、ウィリアは夜になると眠れなくなってベッドの中で泣きじゃくるようになっていたのだ。
セイとの日々を思い出しては感情がグチャグチャになって勝手に嗚咽が漏れ、涙が止められなくなる。
だが、そうしていると悪感情が涙に乗っかって体の中から逃げてしまうのか心臓がポッカリと空になる。
感情が分からないのに泣き続けているから頭の奥がぼんやりとし始め、漫然と水が欲しくなる。
そうして我に返り、ポーッと固まっていると頼んでもいないのに再び過去の思い出が駆け巡ってきて再び泣きじゃくる羽目になる。
ウィリアは、悲しみの様な悪感情にはそこがないのだと思い知らされた。
しかし、そうやって毎晩のように涙を流し続けていたウィリアは、いい加減、グズグズとうずくまったままの自分が嫌になって、我に返った一瞬のスキを見計らい、ベッドを抜け出した。
そして台所へ行き、気分転換と小腹満たしを兼ねて夜食セットを作り始めた。
『わぁ~! 罪深~い! 深夜のハイカロリーおやつセット~!!』
花の模様が可愛らしい真っ白い陶器の小皿に山盛りに盛られたクッキーや、兎のシルエットが描かれた愛らしいマグカップの中でホコホコと湯気を立てているホットミルクにウィリアがテンションをぶち上げる。
しかし、蜂蜜の入った小瓶を手に取り、
『蜂蜜だって~、たっぷり使っちゃうんだから~! だってもう、ダイエットする必要ないも~ん! もう~、セイは~、彼氏ちゃんじゃない、し……』
と、マグカップの中に大匙一杯分を入れてかき混ぜている内に上がっていたはずのテンションも下がり始め、気がつけばズーンと落ち込んでいた。
『ミルク、甘い。クッキー、サクサク……』
孤独の深夜を癒すのは甘味だけ。
ほっそりとしたウィリアだが、最近、少しずつモチモチな脂肪を蓄え始めていた。
『あの日、セイは何にも言ってくれなかった。やっぱり、あの時にはもう、あたしのことは嫌いになっちゃってたのかなぁ』
ウィリアとセイが付き合い始めたのは五年ほど前のことで、二人はそれなりに長続きしていたカップルだった。
喧嘩することも無ければ、そもそも相手に対して大きな不満を持つことも無い、仲良しカップルだった。
たまにセイに対しては不満を抱くこともあったが、どれもこれも飲み込もうと思えば飲めるだけの小さな不満ばかりで、ウィリアは素敵な彼氏をもつことができて幸せだと思っていた。
しかし、それがただの勘違いで本当は自分でも気がつかない内にセイに対して強い不満を溜めていたのだ、ウィリアは今になって気がついた。
好き? と問いかけて頷いてもらうのも嬉しかったが、たまには何も無しに好きだと伝えてもらいたかったし、手だって向こうから繋いでほしい時もあった。
明確に、分かりやすい形で愛情を示されたかった。
自分に時間を使ってほしかった。
防寒着を作ってもらえるカルメとサニーが、どうしても、どうしても、羨ましかった。
だが、それでも過去のウィリアは、
「自分が我儘なんだ。他にも自分みたいなカップルは沢山いる」
と、無理やり自分を納得させて不満を飲み込んでいた。
そんなウィリアも、今では大きなものから小さなものまで不満を溢れさせて沈んでいる。
『嫌いじゃなくて~、きっと、無関心が正解なのね~。あたしのことなんか、どうでもよくなっちゃってたんだろうなぁ。カルメさんの~、もう好きじゃねえから別れを受け入れたんだろって言葉~、すごく、痛いなぁ。耳にも~、心にも~』
相手にとって追う価値のない人間になったことを可視化された。
そう考えているから、ウィリアはセイを振った時のことを「実質的に振られたのは自分だ」と、解釈している。
未だにセイと繋いだ手が温かったことや彼の赤く染まる耳に愛しさを感じるから心臓が鈍く軋む。
振るという行動の裏に好かれたいという感情と思考を潜ませていたウィリアの行動は矛盾だらけだ。
そして、思うだけならまだしも振るという行為を実行してしまった今となっては、二度と取り返しのつかない状態になってしまったということも、ウィリアは一応、理解していた。
未練タラタラ、能天気マシマシのウィリアだから分かっていないこともあるだろうが、それでも一応、セイとの人生が祟れたらしいことは理解していた。
『大人しく、次に進まなきゃいけないんだろうなぁ』
ポツリと思う。
別れを受け入れられなくて流しそうになる涙をウィリアはキュッと拭った。
『やっぱりまだ、好きだな~。あたし、セイ以上に好きな人なんて見つけられるのかな~? でも~、もう少しして~、カルメさんに迷惑かけまくって~、ちゃんとお話聞いてもらって~、それで~、心も落ち着いたら~、いつかもう一回、好きな人を探そうかな~?』
陽気に笑ってホットミルクを飲み干す。
シャカシャカと勢い良く歯を磨いて、元気にベッドに潜り込んだ。
だが、眠る時にやっぱり少しだけ泣いてしまったのはウィリアが弱い人間だからなのだろうか。
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