さよなら

 ウィリアがセイを振ったのは花祭りの午後だ。

 カルメを始めとする多くの村人たちが楽しんだ花祭りだったが、ウィリアは少しも祭りを楽しむことができていなかった。

 理由は単純で、村にセイをとられてしまったからだ。

 ウィリアはセイと二人きりでたっぷり甘い時間を過ごす予定だったのだが、村では運悪く看板が壊れたり、橋にヒビが入ったりとトラブルが相次いでいた。

 そのため、力持ちで親切な大工のセイは村の引っ張りダコとなってしまい、あちこちへ駆り出される羽目になったのだ。

 仕方がない事とはいえ、セイとの時間を村にとられてしまうのがウィリアには辛かった。

 最近、セイからの愛情を疑って彼との関係に悩み、夜な夜な枕を濡らしていたウィリアにとっては特に。

 しかし、だからと言って村のために出かけて行くセイに文句を言っても仕方がない。

 ウィリアだって、自分が我儘な感情を抱いていることには気がついていた。

 そのため、この時のウィリアは、

「セイが戻ってきた時にたくさんお喋りをして甘えましょう」

 と、気持ちを切り替えてワクワクとセイを待っていた。

 自分がイヤな人間になりたくなかったというのもあるし、悪感情に振り回されて折角の楽しい祭りを嫌な思い出にしたくなかったのだ。

 しかし、ようやくお昼前に帰ってきたセイは、今度は五人ほど子どもを連れていた。

「セイ~、皆と一緒でどうしたの~?」

 嫌な予感を覚えながら、できるだけ苛立ちを表に出さないようにウィリアが問いかける。

「暇だから遊びたいらしい」

 無表情ぎみなセイが、いつも通りの口調でごく簡潔に述べた。

 花祭りは穏やかで平和な祭りだが、その分活発で刺激を求める子供たちにとっては暇な日だ。

 大量の星花にはすぐに見飽きてしまうし、大人たちは花を眺めたりお喋りをしたりするのに夢中で構ってくれないからつまらない。

 かといって、いつまでもフロネリアを探していられるほど子供たちは根気強くない。

 そのため、基本的に子供たちは花祭りの日にも野原や広場に集まって普段通りに遊ぶのだが、今回は偶然、村の中で作業していたセイに目をつけたらしい。

 子供たちはウィリアの元へ帰ろうとするセイに、

「セイ兄ちゃん、遊んでよ~」

 と、強請って群がった。

 そして、セイはそんな子供たちにコックリと頷いて見せた。

 一度ウィリアの所に戻ってきたのは、

「皆で遊ぼう」

 と、彼女のことも誘うためだったらしい。

 ウィリアは基本的に、村人たちに好かれて慕われて、頼りにされているセイが好きだ。

 無口だが心優しくて穏やかな彼に惹かれた。

 そんな彼を「でくの坊」と呼ばず、優しい内面に気がついて素直に評価してくれる村人たちだって好きだ。

 ウィリアは素敵なセイの恋人として誇れる人間になりたくて、手伝えるときには積極的に彼の用事や仕事を手伝った。

 お菓子やお昼を差し入れたことだって何度もある。

 そのため、セイが頼りになる働き者の青年として評価されているのはもちろんのこと、ウィリアも働き者の頑張り屋さんとしてキチンと村人たちから評価されていた。

 また、ウィリアは子供が好きだ。

 子供たちと追いかけっこをしたり、おままごとをしたり、お人形遊びをして楽しく遊ぶのが好きだったし、彼、彼女らからお姉ちゃんと慕われるのも嬉しかった。

 見慣れた現象や当たり前の風景に目を輝かせたり、大袈裟なリアクションをとって喜んだりする姿を眺めるのも好きで、いつかセイと子供を作ったら自分みたいに活発でおませな子が生まれるんだろうかと妄想したりもしていた。

 別に子供が好きと喧伝しているわけではないが、何かと子供を構ったりおもちゃを作って与えたりしているのを見るに、セイも子供が好きなのだろう。

 そうすると、自然と二人は子供好きのカップルと言うことになった。

 実際、その評価は間違っていない。

 普段なら、デートをしているところに子供が割り込んできても、仕方がないな、構ってあげようか、遊ぼうか、と思える。

 だが、今日はカップルにとっては大切なイチャイチャの日、花祭りだ。

 ましてやウィリアはセイに何度も、

「花祭りの日は~、セイとず~っと一緒にいたいの~! 二人っきりで~、一緒にお花を眺めてたいのよ~。一緒にご飯を食べて~、お喋りをして~、夜は~ふふふ~、セイ、花祭りの日はずっと二人で一緒って、約束してね~!」

 と、話していたのだ。

『分かったって、言ってたくせに』

 コクリと頷いていたはずのセイはどこへ行ってしまったのか。

 何故、今日くらいは、

「ウィリアと約束があるから」

 と、絡む子供たちに断りをいれることができなかったのか。

『あたしの話、聞いてくれてなかったのかしら』

 ジワッと瞳の奥が熱くなって涙が滲みそうになる。

 だが、何とか気を紛らわせようとするウィリアに追い打ちをかけるように、彼女の視界へセイのマフラーを巻いた男の子の姿が目に飛び込んできた。

 セイの首元を確認すると、やはり白いマフラーはなくなっていて、代わりに寒そうな首筋が露出している。

「セイ、マフラーはどうしたの~」

 決めつけは良くないので、確認するように問いかける。

「貸した。防寒着を忘れたらしい。寒そうだった」

 セイはいつも通りののんびりとした口調で返した。

 平然とした様子の彼は耳当てと手袋をつけている。

 それがウィリアの神経を逆なでした。

『なんで、マフラーだったの? 貸すなら手袋でも耳当てでもよかったじゃない。あたし、セイのために一生懸命、綺麗な毛糸玉を選んで、何日もかけて頑張って作ったのよ。出来るだけ綺麗なマフラーを渡したかったから、何回も編み直したのよ。それなのに、貰ってすぐに他人に貸してあげられちゃうくらい、どうでもいいものだったの?』

 おそらくセイは首元が寒いのを不憫がって、マフラーを渡してやったのだろう。

 手袋に比べれば貸しやすいし、首が温まれば自動的に全身がホコホコと温まるのを経験上、知っていたから、わざわざ貸してやる防寒着にマフラーを選んだのだ。

 その行為がウィリアの好意を裏切るとか、贈り物を大切に扱っていなことになるとは考えていない。

 セイは親切心で子どもにマフラーを貸してやった。

 ただ、それだけなのだ。

 だが、その気楽さにウィリアはゴリゴリと精神を疲弊させられた。

 どうしても苛立ちが爆発しそうになって、悪感情の溜まる胸が破裂しそうになった。

 せめて、「ごめん、寒そうな子がいたからマフラー貸しちゃった」と初めに言ってくれれば、ウィリアの受け取り方も全くもって違っていたのに。

『セイは、人のことは思いやれるけれど恋人を思いやることはできないのね』

 うっかり、毒を吐きそうになる。

「ねえ、ウィリア姉ちゃんも遊ぼうよ」

 痺れを切らした子供の誰かが言った。

「ごめんね~、あたし~、今日は用事があるんだ~」

 子供に腹立たしさをぶつけないように、ウィリアは腹の底に力を込め、平静を装っていつも通りに微笑んだ。

 出来るだけ明るく、言葉を穏やかに間延びさせて取り繕う。

 そうすると子供たちも特にウィリアに違和感は覚えなかったようで、ちぇ~! と残念そうに声を上げた。

 それから子供たちは、

「じゃあ、俺たち先行ってるねー。セイ兄ちゃん、後から来てね!」

 と、野原の方へ走って行った。

 その場には怒りと悲しみに囚われたウィリアと、「用事?」と困惑するセイだけが残る。

 ウィリアは悔しそうに両手をギュッと握り締め、俯いた。

「なあ、ウィリア」

 流石にウィリアの様子がおかしいことに気がついたセイが何かを言いたそうに口を開く。

 だが、結局セイは呼びかけ以上に言葉を発さなかった。

 すると、ずっと下を向いていたウィリアがキュッと上を向いた。

「ねえ、セイ、セイはあたしのこと~、あんまり好きじゃなかったのね~」

 セイの瞳が虚を突かれたように丸くなる。

「あたしね~、あたし、あたしのこと~、あんまり好きじゃない人は好きじゃないんだ~。約束をないがしろにする人も~、あたしのことを大切にしてくれない人も~、思いを踏みにじる人もね~、嫌いなんだ~。だからね~、あたしたち、別れましょうか~」

 明るい口調とは裏腹にポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 気がつけば別れを口走っていて、喪失感と同時に安堵を覚えた。

 セイからどんな答えを期待していたのか。

 それは当時のウィリアにも今のウィリアにもよく分かってはいない。

 だが、動揺したように固まる表情や体にスッと胸が軽くなって、数分経っても動かない唇に酷く心を抉られた。

 無口なセイに嫌気がさした。

「さようなら」

 ポロポロと涙を流したまま小さく呟くと、ウィリアはそのまま自宅に帰った。

 そしてベッドの中に引きこもって泣きじゃくり、空から降ってくる星花を見ないままに眠りこけた。

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