いつもと違うログ
一通り話を聞き終えたカルメはムゥンと口をとがらせて微妙な表情になった。
「なんというか……なあ」
フロネリアの話は確かに単体で聞けば中々に面白いものなのだが、村の伝承として聞いていた話と比べればドラマ性やキラキラとした感動に欠ける。
物語の盛り上がりという面でもイマイチであるし、村人全員を巻き込んだ伝承と比べると規模も小さい。
伝承は絵本になるような綺麗な物語だが、実際の話は他者に伝えたとしても記憶に残るかさえ曖昧な、ただの意地っ張りで少し寂しい女性の死に際の話だ。
いっそロジーすら来なければ悲劇としてまとめようがあったし、伝承のように村人全員が駆け付けてくれれば堂々と感動の物語になっただろうが、実際には彼だけが駆け付けてくれたため、妙に中途半端な雰囲気の話となってしまった。
しかし、だからと言って誰かの大切な思い出話を物語性で評価するのもよろしくないだろう。
カルメはどんな感想を口に出せばよいか分からず、渋い表情のままで腕を組んで首を傾げている。
メグはカルメの態度から心の内を察してコロコロと笑った。
「きっと、なんとも言えない話じゃ心に残らなかったから形が変わったのね」
そもそも、おとぎ話や伝承とは時が経つにつれて簡略化し、捻じ曲げられていくものだ。
建国物語に出てくる王も時代が許しただけで元を辿れば理不尽な殺戮を繰り返し、無駄に女性を侍らせた、癇癪持ちで幸運だけが取り柄のロクでなしということも少なくない。
下手をすれば登場人物そのものが現実では存在しなかったことだってある。
それらに比べればフロネリアの物語は改変されていない部類に入るだろう。
とはいえ、やはり彼女の子供らしさは切り捨てられて慈愛と母性のみが強調されたし、ロジーは少年から青年へと変更されて名前もはく奪されてしまったが。
それに村人との温かで柔らかな関係性も、淡々とした幸せな日々も消されてしまっており、無理矢理グレードアップされた伝承の中に話の原型など大して残ってはいない。
本当のフロネリアを知っているのは、今では直接彼女の記憶を見たメグだけだ。
「そう考えると、なんだか寂しいな」
ポツリと呟けば、
「簡単な感動物語じゃなければすぐに忘れちゃうんでしょうに、人間は贅沢者ねぇ」
と、メグがクスクス笑った。
それから、メグの皮肉にムゥと口を尖らせたカルメの頭をポンと彼女が優しく撫でる。
「でも、多少話が変わってしまったとしても、フロネリアは今も自分の話が伝えられていて、花祭りを行ってくれることに喜んでいると思うわよ」
「なんでだ?」
全人類の中で最も優れているとまでは言えないものの、生きていくためには最重要と言ってもはばかりがない水を魔法で自由自在に操ることができ、周囲の天候すら変えてしまうほどの力を持つカルメだ。
現在所属する村ではあまりカルメに対する神格化が行われていないが、これまで所属してきた村では自分の性質を誤解され、過剰に崇拝されたり嫌われたりすることが少なくなかった。
実はカルメを、「気まぐれに村に訪れ、恩恵だけを授けて何処かへ去ってしまった精霊の生き残り」だと本気で信じ込んで、今でも毎年祭りを開催している村が存在しているほどである。
カルメはその村の存在を認識していないが、知ったら顔面蒼白になって嫌がるほど、自分を改変されて崇拝されることへの生理的嫌悪感が強い。
そんなカルメは、何故フロネリアが弄り回されて誤解を植え付けられた自分の人格を村人が継承し続けていることに喜ぶのか、まるで理解ができなかった。
不思議そうに首を傾げるカルメにメグが悪戯っぽく微笑む。
「精霊はね、精霊としか子を為せないの。それに、死んだら魔力になって消えちゃうでしょ。子供も残せない上に跡形もなく世界に溶け込んでしまうことが、まるで自分がはじめから存在しなかったみたいに消えちゃうみたいで、フロネリアは怖かったのよ。だから、せめて自分が存在したことを証明したくて死を看取ってほしかったし、たとえ改変されてもいいから自分を伝え続けてほしかったみたいよ。だから、フロネリアが生きていたら喜ぶんじゃないかしら。もう、死んじゃっているから今の村を見ることはできないんだけれどね。私も精霊に近いから、その感覚は少し分かるわよ。これは魔力の塊どうし、実体のない生き物にしか分からないかもね」
理屈そのものは何となく理解できた気がするが、根本的にフロネリアやメグと同じ恐怖を持たないカルメだ。
「感覚的に、分からない……」
「まあ、それでもいいんじゃない? ふふ、どうしたの? まだ、何か引っかかるの?」
切なく物思いにふけるカルメは無言でコクリと頷いた。
『私だったら、やっぱり嫌だけどな。自分を看取りに来てくれたロジーの存在が無くなっているのも、来てくれなかった村人との話がキラキラになっているのも。でも、フロネリアもメグも、別にいいのか……』
難しく頭を悩ませたまま、チラリとメグの表情を盗み見る。
だが、楽しそうに自分を見つめてくるメグの心の内はよく分からないままだった。
「せめて、ログくらいには本当の方の話をしようかな。私もフロネリアのこと、覚えておくし」
「そうね、それが良いわ」
改変伝承が語り継がれるのも悪くはないが、やはり、フロネリアの本当の願いは人間の誰かに本当の自分を覚えていてもらうことだった。
きっとフロネリアが生きて自分たちの会話を見ていたら無邪気に「ありがとう」と笑っただろうな、とメグも少し彼女に思いを馳せる。
「そうだ! メグのこともちゃんと覚えておくし、ログといつか子どもができたら、その子にも教えてあげるからな」
少ししんみりとしたメグを見て、きっと寂しくなったんだろうなと勘違いしたカルメがドヤ顔で胸を叩く。
「あら、それは嬉しいわ。でも、二人の魔力を継ぐ子供なら、ちゃんと私のことが見えそうだけれどね。もしもその頃に魔力が大分戻っていたら、子守りを手伝ってあげましょうか?」
「それは助かる。ふふ、いつかできる私たちの子供には頼もしいお姉ちゃんがついていて、きっと幸せだな」
「そうねえ」
ふふふと楽しく笑い合って、いつか生まれるだろう子供に思いを馳せる二人は明るく楽しげだ。
どんな名前が良いかなと、随分と気の早い話題で盛り上がっていると、
「カルメさん」
と、急に背後からログに呼びかけられた。
ログの声は妙に明るく、弾んでいる。
「どうしたんだ? ログ……本当にどうしたんだ!?」
クルリと振り返ったカルメがログの姿を確認してギョッと目を丸くした。
嬉しそうに口角を上げるログの全身がびしょびしょに濡れていて、髪からはポタポタと水滴が滴っており、衣服も水を吸って重くなっていたのだ。
暗い色に変色した皺だらけの布がペタリと張り付いている上、足元には小さな水たまりができていて、かなり大変なことになっている。
少し距離の離れた場所にいたログだが、カルメは大慌てで彼の元へ駆け寄った。
「どうしてこんなに濡れちゃってるんだ!? 雨なんか降ってないだろ! よく見たら足元と手元と顔が泥だらけだし、服にも泥が跳ねてるし!!」
カルメはアワアワとパニックになりながらも濡れた衣服を魔法で乾かし、髪や肌はバッグから取り出したマフラータオルで丁寧に拭いていく。
また、体や衣服の随所にくっついている汚れに関しては魔法で出した温水とタオルを使って取り除いてやった。
ものの数分で、ログが先程よりも随分とマシな姿へと戻る。
服に染みついたガンコな泥など問題は多数残っているが、少なくとも濡れ鼠よりはマシである。
「ありがとうございます、カルメさん。でも、俺の体のことなんかよりもこっちを見てください。凄くないですか?」
ニコニコと笑うログの手には黄金に輝く巨大な星花があり、いつの間にかすっかり暗くなっていた周囲をシッカリと照らしていた。
態度、行動、言動。
全てが普段の大人っぽいログとは真逆で、まるではしゃいだカルメのようだ。
自分の両手に星花を握らせて嬉しそうに笑うログにカルメは少し呆れてしまった。
「凄いけど、もしかして花をとるために濡れたのか?」
「はい。池の浅瀬で白っぽい花に囲まれながら咲いていたので。ただ、その、全身が濡れちゃったのはウッカリ足を滑らせたからなんですよね」
そもそもログが入った池は非常に底が浅く、子どもが入っても膝まで浸からない程度しか水が溜まっていない。
そのため、足を滑らせたとて溺死するような危険は皆無なのだが、場合によっては怪我をしてしまうかもしれないし、今回のような派手な転び方をすれば全身が泥水まみれになってしまう。
「慌てん坊さんめ!」
目つきを鋭くし、プニッととログの頬を指でつく。
すると、ログはバツが悪そうにキュッと目を逸らした。
「アハハ、すみません。あの、花、あんまり嬉しくないですか?」
せっかくとってきた星花よりも濡れた自分のふがいなさばかりが注目されるのが寂しくて、ログがしょぼんと視線を落とす。
すると、ハッとしたカルメがフルリと首を横に振った。
「コレ、私が誕生日だからとってきてくれたんだろ? だから、それは素直に嬉しい。でも、ログがグシャグシャに濡れるのは悲しい。ログは私のために無茶しがちだから、嬉しいけど切なくなるぞ」
少々真面目な雰囲気で叱れば、ログが、
「すみません」
と申し訳なさそうに頭を下げる。
カルメは改めてもう一度、首を横に振った。
「いや、私もすぐにありがとうっていえなくて悪かった。ごめん。それと、ありがとう、ログ。凄く綺麗で嬉しいよ。大きな星花も、ログが灯してくれた空から降る星花も。去年はずっと家にいたから室外で見るのは今日が初めてだ。凄いな、フロネリアのプレゼントは」
ハラハラと降ってくる星花は雪のようだが手元にやって来ると粉雪のように溶けたりはせず、原形を保ったまま柔らかく光り続けていて、まるでお洒落なライトのようだ。
土や木の上に降り積もった星花が真っ暗い森を照らし、村人を安全に下山させる。
村だけでなく村人の活動範囲全てに星花を降らせるところに、子供っぽかったフロネリアの確かな優しさを感じた。
「本当だ。綺麗ですね、カルメさん」
幻想的な風景に目を奪われるログにカルメがギュッと抱き着く。
嬉しく鳴ったログがカルメの背中に両腕を回して、自分の元にキュッと引き寄せて抱いた。
「あったかいです、カルメさん」
「ログの方はヒンヤリだな。ふふ、ログはすぐに無茶をするから、できるだけ見ていなくちゃいけないな」
「俺は子どもじゃないですよ、カルメさん」
普段はカルメさんの方が子供っぽいくせに、とログが不満げに口を尖らせる。
カルメはそんなログにクスクスとした笑いを浮かべ、それから抱き締める両腕にやんわりと力を込めた。
柔く抱き合えばい服越しに体が密着して、お互いの体温がじんわりと上がっていく。
冷えた肌が自分と同じくらいになって互いの境界があいまいになると不思議な幸福感を覚える。
しかし、自分と同じくらいの体温になって以降も温度を上げ続け、ログの肌の方が熱いくらいになるとカルメは強い違和感を覚えた。
『なんか、変だ』
心なしか体全体から力が抜けていて、ぐったりしているような気もしてくる。
「ログ?」
不安になって顔を上げ、ログの様子を確認しようと彼から距離をとる。
その瞬間、カルメの腕に支えられて起き上がっていたログの肉体がグラリと揺らいだ。
「ログ!」
倒れ込む寸前、カルメが大慌てでログの身体を抱き寄せる。
無数の星花たちのおかげでシッカリと見えたログの頬は真っ赤になっており、額には玉のような汗が浮いている。
苦しげな口元は嫌な音の呼吸を漏らしていて、目も閉じられていた。
実はログ、数日前から寝不足と疲労のせいで免疫力が低下し、軽い風邪をひいていたのだが、睡眠不足による体調不良に症状が紛れてしまって上手く風邪を自覚できず、そのまま放置してしまっていた。
しかも、その上で今日は完徹した風邪ひきの体を引きずって屋外を練り歩き、夜間に汚い池へ飛び込むなんて真似をしてしまった。
そのせいで風邪がこじれにこじれてしまい、大変なことになってしまったのだ。
細かい事情は分からないまでも、カルメの脳裏にもここ数日、睡眠不足に悩まされていたログの姿がよぎる。
『やっぱりログ、ずっと無茶してたんだ。もう少し気を遣ってやれば……いや、今その話をしても仕方がない。とりあえず家には薬が常備してあるから、すぐに連れかえって看病しよう』
カルメはすぐに思考を切り替えるとログを背負い、メグにサヨナラと手を振って一目散に家へと向かった。
シッカリと足元や周囲が照らされているので非常に歩きやすい。
夜の森を歩くにしては随分と早いスピードで飛ばすカルメの背に揺られ、ようやく眠ることができたログは、
「カルメさん……」
とうめき声を漏らしながら、ずっと避けていた悪夢を見ていた。
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