懐かしい子
薄い水色だった空が段々に光量を失っていき、灰色に姿を変えていく。
祭りによって明確に春が始まった今日だが、まだまだ日が落ちるのが早い。
段々と辺りが暗くなりフロネリア探しの制限時間が迫っていたが、村人の誰も花を見つけることができないでいた。
「なかなか見つからないな」
「フロネリアが意地悪って、本当ですね」
一応、森全体がフロネリアの咲く範囲ということになっているのだが、実際には村人たちが良く利用する野道や原っぱ、湖などの夜間に光れば必ず誰かに見つけてもらえそうな場所にしか咲かない。
そのため、探すべき範囲も自然と絞られる。
しかし、子どもだけでなく大人が本気になって探し回ってもフロネリアは簡単には出てこず、夜に光るフロネリアを見て「そんなところに!?」と目を丸くすることが少なくなかった。
かなり頑張って探しているカルメたちもフロネリアをなかなか見つけられず、苦笑いを交わし合っていた。
実はけっこう焦り始めているログとは対照的にカルメはむしろやる気を燃やして今の状況を楽しみ、ガサガサと草木を掻き分けたり、池の中を覗き込んだりして熱心にフロネリアを探し続けている。
『カルメさん、気合が入ってるな。俺も諦めずに探すか』
慢性的な寝不足を抱えている上に徹夜明けという最悪な体調の中で森を練り歩いているため、だいぶ体にガタがきているログだが、明るい妻の姿に触発され、気合を入れ直すとペチンと自分の腕を叩いた。
それからは口数を減らして周囲の草木に集中し、黙々とフロネリアを探し始める。
そうすると、カルメとの間に物理的な距離ができて各々に辺りを探し回るような感じになってしまう。
『ログ』
不意に、控えめな声量で誰かに名を呼ばれた。
特に何かを違和感を持つこともなく、後方にいるカルメに声をかけられたのだと考えたログが、
「どうしました? カルメさん」
と、声をかけて後ろを振り返る。
そして、後方にいる人物を確認してパキリと固まった。
ログの真後ろにいた存在はカルメではなかった。
「メグ?」
問いかけるログの目が驚きで丸くなる。
彼の目の前にいたのは、雑草や木の枝、花などの多種多様な植物がゴチャゴチャに集まって人の姿を形成した存在、メグだった。
自然が好きなカルメは幼い頃から必ず自宅に花壇を設けて多種多様な植物を育てていたのだが、いつの頃からか枯れた植物を肥料に変換する魔道具を使うようになっていた。
主に水の魔法を使って所属する村に自身の有用性を示し、財を巻き上げ、待遇の良い生活を送り、いずれ居心地が悪くなったら出ていく。
あるいは追い出される。
そういったことを繰り返していたカルメは現在の村に流れ着くまで住処の安定しない生活を送っていたが、魔道具と中に入った肥料は常に持ち歩いていたし、花壇の花も可能な限り回収してから次へと移動していた。
そうやって十数年単位で花壇内の植物を再利用し続け、新たな花が枯れた花の命を吸収し続けるという状態を繰り返すと、植物間で輪廻転生のような状態が起こり、次第に植物たちの記憶と精神が継承されるようになって淡い人格が生まれた。
それから数年間は花壇の花としてカルメを見守り、昨年の冬、彼女の魔力暴走をきっかけに「メグ」として正式に誕生するに至っている。
大部分がカルメの魔力から構成されているメグだが、まだ存在が成立しておらず人格が曖昧だった頃にログからも肥料を通して魔力を与えられており、そういった事情からメグは二人を親として認識している。
そのため、時々カルメたちを「パパ、ママ」と呼んで驚かせ、揶揄ったりもしていた。
しかし、成立時点でのメグは精神的に成熟しており、加えて何年間も花壇越しにカルメを見守っていたので、どちらかというと彼女の母親や姉と称するのが正しかった。
精霊や妖精、神の類ではなく、あくまでも「カルメが育ててきた花の集合体」だと自称するメグはとにかく不思議な存在だ。
実は花祭りが始まって以来、ちょこちょこと二人にちょっかいをかけていたメグが、ようやくログに気がついてもらえて嬉しそうに微笑む。
『久しぶりね、ログ。相変わらず元気そう……と言うにはクマが酷いけど、カルメと仲良しでよかったわ。ねえ、見て。これ、ログのお花よ。可愛いから生やしてみたの』
声帯を持たないメグがテレパシーを使ってログの脳に直接言葉を送り込む。
メグは植物の集合体であるから、当然ながら手足や唇、瞳などの人間らしいパーツを持っていない。
蔦や木の枝、花なんかをそれらしく配置して人のような姿をとっている。
そのため、腕らしきところからスルスルと伸ばした蔦を使って胸元を示した。
メグが指差す先には、中央が丸く膨らんで先端の花びらがトマトのヘタのように跳ねた「カルメ」の花がある。
こちらは元からメグの胸元に生えていた花なのだが、その隣には「カルメ」と似た姿であり、それよりも一回りほど大きな「ログ」の花が新しく生えていた。
二輪の花は花弁を触れ合わせて身を寄せ合い、仲睦まじく並んでいる。
ちなみに、これらの花はメグが作り出した新種の植物であり、いずれもログの花壇を通して二人にプレゼントされた。
「カルメ」の方は花弁がカルメの髪と同じ黒っぽい紫色であり、一つの蔦に何個も咲いて小さく俯きながら他の花弁と身を寄せ合っているのが彼女らしく可愛らしいと、ログによって名付けられた。
対する「ログ」の方は「カルメ」よりも一回り大きく、太陽に焦がれるように上を向いて咲いている姿が彼らしく、加えて透き通った水を思わせる爽やかな青がログを連想させると、カルメによって名付けられた。
ズイッと「カルメ」を圧迫するような勢いで引っ付いている「ログ」が二人を象徴しているようで、ログもクスクスと笑う。
「本当だ。俺たちとお揃いだね。仲良く並べて咲かせてくれて、ありがとう」
ログが柔らかく礼を言うとメグも和やかな笑顔を返した。
「なあ、ログ、さっきから何と話をしているんだ? やっぱり寝不足のせいで大変なことになっちゃったのか?」
若干失礼な予想をしつつ、急に一人で喋り始めたログに不信感を覚えたカルメが地面から顔を上げて彼の方を確認する。
それからすぐにメグを発見すると、「メグ!!」と明るい声を出して彼女の元へ駆け寄った。
愛娘に会えたカルメはキラキラと瞳を輝かせている。
「メグ! 久しぶり! もう、出てこれるようになったのか!?」
『ええ。二人とも、冬にも毎日魔力たっぷりの肥料をくれて一年草や冬季限定の植物を育ててくれたでしょう。今でも二人の花壇とは繋がっているから、そこで得られた魔力や栄養が私に流れてくるの。おまけに今日はお祭りでしょう? 精霊フロネリアの魔力がそこらじゅうで溢れていて、前みたいに二人とお喋りできるようになったのよ』
メグは精神の集合体がカルメによって具現化された魔力の塊であり、肉体を持たない。
彼女の姿を見ることができるのも、存在の成立以前に魔力を間接的に供給して繋がりが作られたカルメとログの二人のみだ。
そんなメグにとって保有している魔力は存在の維持に重要な役割を持っており、魔力の消滅がそのまま死に直結してしまう。
だが、そうだというのにメグはログの命を救う手助けをして多くの魔力を失ってしまっていた。
幸い、得たばかりの命を手放すようなことにはならなかったが、一時的に可視化できる姿を失い、長期にわたる休養まで必要になってしまった。
そのため、カルメたちの結婚式の日にサプライズプレゼントをして以降は大地に潜り込み、静かに回復を待っていた。
眠るのに近い状態であり、できることといえば自身と繋がった植物などを通してカルメたちや村を密かに見守ることくらいだ。
本来ならばカルメたちから魔力と栄養を貰い続けることができたとしても明確に姿を現せるのは数年後になる予定だったのだが、嬉しい誤算に精霊フロネリアとの相性があった。
かつて村に実在し、川を触媒に村全体に魔法と魔力をいきわたらせ、恒久的に村に繁栄を約束した古の精霊フロネリア。
フロネリアは大地と生命の魔法を得意とする力の強い精霊だったのだが、彼女が死の間際にとった行動によって、今でも村は彼女の魔力に満ち溢れている。
特に水と大地にはよく魔力が染み込んでおり、植物の集合体であるメグに優しく溶け込んで効率よく彼女を癒した。
加えて、冬の始まりから春祭りにかけての期間は少しずつ春をプレゼントするフロネリアの魔法によって特に魔力が高まる時期であり、祭り当日は大地が異様なほど強力な魔力で溢れかえる。
そういった現象も味方してフロネリアは今日だけ、以前のようにカルメたちの前に姿を現して魔法が使えるようになっていた。
メグに明日からは会えなくなると注意を加えられて、少しカルメが落ち込む。
「そっか。じゃあ、こうして話を出来るのは今日だけなんだな。でも、会えたのは嬉しかった。もしかして、家を出た時に悪戯をしたり、笑ったりしていたのもメグか?」
『そうよ~。でも、なかなか気がついてくれないんだもの。寂しくて話しかけちゃった』
ちょこんと蔦の指先でカルメの頭を小突けば、
「あ……ごめん。メグの存在、忘れたわけじゃないんだけど」
と、カルメが更に落ち込む。
きっと、今まで自分を見守ってくれていて、かつてログを助ける手助けまでしてくれた大切な娘をすぐに思い出せなかったのが情けなくて悔しかったのだろう。
しょぼんと目線を下げるカルメを見て、メグはコロコロとおかしそうに笑った。
『少し揶揄っただけだから、落ち込まないで。本当はラブラブな二人に話しかけるタイミングを見失っちゃって、ようやくイチャイチャが止まった所で声をかけただけなのよ。二人の誕生日お祭りデートを邪魔したくなかったから』
「誕生日のことも知ってるのか。なんというか、色々とお見通しなんだな」
メグは現在、カルメたちの花壇に咲く植物の他に二人が身に着けている婚礼のアクセサリーとも繋がっている。
暇つぶしでしょっちゅうカルメたちを眺める彼女に隠し事をするのはなかなか難しい。
真っ赤な顔で俯くカルメにメグは「そうよ~」と上機嫌な笑みを浮かべると、それからログにチラリと目線をよこした。
『ねえ、パパ。この辺り、凄くフロネリアの力が強いの。なんだかワクワクしない?』
あまり態度には出してこなかったログだが、メグは、彼がどうしてもカルメにフロネリアをプレゼントしたくて誰よりも真剣に花を探していたのだと知っていた。
そのため、軽く背中を押してやるような気持でヒントを渡す。
すると、ログは少し揶揄いがちな笑みを浮かべるメグにハッとした表情になり、
「ありがとう、メグ」
と、短く礼を言ってから、早速、彼女の目線の先にある池の辺りへ向かい始めた。
『ふふ、気合入ってるわね。頑張ってね、パパ~』
パパと口にするメグは揶揄い口調で、にんまりとした悪い笑みを浮かべている。
何やら真剣なオーラを背負うログの背中と、そんな彼を楽しそうに応援するメグの姿にカルメはコテンと首を傾げた。
「メグ、何の話だ?」
『ん~? カルメは気にしなくていい話よ』
「そうなのか? まあ、それならいいけど」
そう言いつつ、なんだか仲間外れにされてしまったような気がしてカルメはムッと唇を尖らせ、釈然としない表情を浮かべた。
むくれた頬をメグがムニムニと柔らかい蔦の先でつついている。
『ふふ。ログがしょっちゅう触りたがるわけだわ。弾力があって魅惑のほっぺね。ねえ、カルメ。まだフロネリアを探したい?』
「ん? まあ、見つかるなら」
カルメがあっさりと頷くと、メグがあからさまに寂しそうな雰囲気を醸し出して目線を落とした。
それから肩を震わせ、クスンクスンと涙がわりにたくさんの花を目元と思しき場所から落とす。
『そう。そうなのね……私、休養中に面白いものをたくさん見かけたからママと共有したかったの。でも、ママは私よりもお花を優先するのね。そんなに、そんなにフロネリアとかいうぽっと出のお花が好きなのね。あの泥棒花……!』
メグはドロドロな三角関係に囚われた悲劇の主人公のような風格を持って嘆き悲しみフロネリアに怨恨を向ける。
ヒステリックに歯ぎしりをした後はさらに肩を大袈裟に震わせて、うぅぅ~! と泣き、ボロボロと花びらや棘だらけの好戦的な花を落としまくった。
「わぁ! 何もそんなことは言ってないだろ! 私だってお花よりもメグの方が大事だよ。おしゃべりするから泣かないでくれ」
くっつきムシが胸元に大量につくこともいとわずカルメが大慌てでメグを抱き締めるも、激しい体の揺れも目元から溢れる植物も止まない。
不安定なメグに困惑して、揺れ方が泣いている時のソレではないことや目から溢れる植物が色とりどりの綺麗な花に変わっていることに気がついていないカルメは、
「悪かった。謝るから勘弁してくれよ」
と、眉を下げて懇願するばかりだ。
すると、とうとう堪えきれなくなったメグが腹を抱えて笑い出した。
『ふふ、ふふふ。ふふふふふ! 駄目よママ。こんな見え透いた噓泣きに引っ掛かっちゃ』
コロコロと鈴を鳴らすような笑い方は相変わらず上品で可愛らしく、涙の代わりに小さな花を目元から溢す姿も愛らしいが、行為自体はなかなかに悪質だ。
未だにカルメの胸や腹に付いたままであるくっつきムシを丁寧に取ってやるメグだが、そんなことで揶揄いの帳消しはできない。
騙されたのだと気がついたカルメが恥ずかしくて顔を赤くした後、唇をアワアワと震わせて怒ったように目尻を吊り上げた。
「メグ! ママがママとして教えてやるけどな、そういう行為は悪い事だからしちゃいけないんだぞ! 嘘を吐かれたら傷つくし、ビックリするんだからな! ママ、そんな悪いこと教えてないんだからな!」
ビシッと指差されて叱られたメグだが、彼女は、
『ふふ。はーい、カルメ。もうしないわ』
と、相変わらずコロコロとした笑いを溢しており、一切の反省が見られない。
この態度、少しログに似ている。
「まったく……」
両腰に手を当てて、カルメが不満そうにため息を吐く。
『ふふ、ごめんね、カルメ。でも、こんな単純な手に引っ掛かるくらい素直なところも、怖くない怒り方も好きよ』
メグはカルメの植物へ向ける健やかで温かな愛情を大量に受け取って生まれているため、元から明るくて少しだけ子供っぽい、穏やかな性格をしている。
また、カルメたちを「パパ、ママ」呼びで揶揄ったり、サプライズで結婚式に空から花を降らせて驚かせたりと悪戯好きな側面もあるのだが、少し見ない間に以前よりもさらに人間らしい雰囲気を獲得していた。
きっと、休養中にカルメや村人たちの様子を眺めたり彼らのやり取りを聞いたりしている内に、人間とはどんな存在であるかを学習したのだろう。
メグは体調や気候などの条件によって村中の植物や大地とも繋がることもできるのだが、そうして繋がり、暇つぶしに鑑賞していた村人たちによるヒューマンドラマが彼女に少なくない影響を与えている。
また、そんな日々を送っているメグだからか、村に訪れて間もない彼女だが村そのものや村人について少なくない数の秘密を握っていた。
メグにプライバシー的な概念がなく、カルメたちにペラペラと何でも話していたら羞恥に悶える村人や震えあがる村人が続出するほどの秘密を保有している。
間違いなく彼女は村で一番の情報通だ。
ちなみに、若者の間で村一番の物知りはサニーだと認識されているが、彼女は運営に必要な情報以外はそこまで積極的に集めていないので、ゴシップにはさほど強くない。
村で二番目に情報通であるのは、実はカルメたちの職場の上司であるミルクだ。
「メグが悪い子に育っているのは由々しき事態だが、いったんそれは良いとして、面白い話って何だったんだ?」
『フロネリアの話よ、カルメ。昔、本当にいたフロネリアの記憶のお話よ』
メグが言うには、フロネリアは確実に故人であり、既にこの世には存在しない人物なのだが、それでも思念の残滓や記憶が今もなお村中を包み込んでいるらしい。
フロネリアの魔力と繋がった時、メグは同時に彼女の過去の記憶と繋がることができていたのだという。
メグがそういった事情などを話せば、そもそもフロネリアが実在の人物だとは思っていなかったカルメが目を丸くした。
「フロネリアって、精霊って本当にいたんだな」
『そうよ、ママ。ふふ、ママたちにとってはその認識からなのね』
「うん。結構びっくりしてる」
びっくりという言葉で片づけてしまうカルメだが、精霊が実在していたという事実は世界中を驚嘆させるほどの情報だ。
しかし、カルメもメグもその価値を正しく理解していないため、「凄いね」「そうだね」で、話が終わってしまっている。
一応、二人の話が聞こえているログもフロネリア探しで池の中に夢中になっており、話半分にしか聞いていない始末だ。
加えて、彼も精霊に対して興味がなければ情報の価値も知らないので、改めて話を聞いたとしても、
「へぇ、凄いですね。良かったですね、カルメさん。フロネリアが本当にいて」
と、ニコニコ笑って終わってしまう。
熱心に精霊を研究する専門家や精霊信仰の信者が彼女たちの様子を見れば唖然としてしまい、開いた口を閉じることができなくなるだろう。
今年は研究者が祭りに参加していないのが実に残念だ。
落ち着き払ったままのメグが、
『カルメはおとぎ話が好きだから、お喋りするのが楽しみだわ』
と、のほほんと笑って、かつて見た記憶を探り始めた。
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