実質的告白

 喜びで頭に血が上ってしまっていたサニーにうまく声をかけられないでいたコールだが、少し時間が経って彼女の熱も治まり、再び袖口を嗅ぎながら無言で鼻息を荒くするだけの段階に戻ると、ポンと汗ばむ肩を叩いた。

「ねえ、サニー、あのさ、僕、サニーのこと、その、凄く大切だから、花祭りの贈り物をしたんだ。それでさ、あの、サニーも、その、僕のこと大切だから、贈り物してくれたの?」

 ネックウォーマーを渡された時点から気になっていた問いをぶつける。

 外れていたらどうしよう、気持ち悪がられたらどうしようと不安で俯く。

 真っ赤に汗ばんで小刻みに震えているが、コールは頑張ってフードを剥いでいた。

「ええ、そうよ」

 サニーの優しい声にコールがパァッと顔を上げる。

「あ、あのさ、あの、そういう意味!?」

「もちろん」

 急な告白もどきに、コールに負けず劣らず緊張したサニーが照れて頬を赤らめながらコクリと頷く。

 すると、彼女の返事にコールはさらに嬉しそうになったのだが、やがて、視線を落とした。

「あのね、サニー」

「なぁに? コールさん」

 聞き返されてもコールはモゴモゴと口籠るばかりで何も答えない。

 だが、やがて決心をしたようでギュッと首元のネックウォーマーを掴みながらサニーを見つめた。

「あのさ、僕、どうしても事情があって仮面をとることができないんだ。事情も、今は言えない。怖くて、言えないんだ」

 ごめんと声を落とすコールの様子は何やら深刻そうだ。

「何が怖いの?」

 慎重に問い返しても、やはりコールはすぐには言葉を出せない。

 やがて、

「嫌われちゃうのが、怖い」

 と言葉を絞り出せば、サニーが間髪入れずに、

「私は何があってもコールさんを嫌わないわよ」

 と、ネックウォーマーを握り締めるコールの手へ自分の温かな手を重ねた。

 コールの大きな手は心細そうに震えていて、酷く汗ばんでいる。

 サニーの返事は力強く愛情深かったが、それでもコールはブンブンと首を振った。

 幼い頃に植え付けられたコールのトラウマは根強い。

 おまけに、過去の関係から愛されていると感じれば感じるほどに恐怖も増していた。

 コールのためを想ったサニーの態度、言葉がどこまでも彼の神経を逆なでしている。

 とはいえ、コールだって自分が過敏になってしまっていることも、サニーが悪いわけではないことも理解していた。

「ごめん。臆病だから言えないんだ。ごめん」

 結局、コールは小さくなって謝ることしかできなかった。

 小さな声はヒビの入ったガラスのように脆い響きを含んでいて、今にも泣き出してしまいそうだ。

 言え! と脅せば顔を真っ青にしてコートの中に閉じこもり、それから丸一日、震えたまま動けなくなるだろう。

 だが、サニーはそんな風にコールを脅すつもりがなかった。

 サニーが好きなコールは、あくまでも照れてプルプルッと震えたり、逃げ込んだコートの隙間から「もう少し構って欲しいな」とこちらを眺めてきたりするコールだ。

 ちょんちょんとつついてスケベした時に叱り飛ばしてくれるコールだ。

 怯えて泣いて、ガクガクと震えて縮こまる姿をかわいらしいとは思えなかったし、そんな風に脅かすのだけは嫌だった。

 コールには、のんびりとした平和で幸せそうな笑顔が一番似合う。

「平気よ。言えって言いたかったわけでもないの。ただ、安心して欲しかったの」

 コールの手の甲を包んだままの手のひらに力を込めれば、小さく頷いた彼がネックウォーマーではなくサニーの手を握り返す。

 そして、今度はコールがサニーの両手を自分の両手で包み込んだ。

「僕、仮面をとるためにこっそり頑張ってたんだ。まだ成果は出てないけど、でも、いつか絶対に魔法をコントロールしてみせるよ。だから、その時になったらもう一回サニーのことが大切だっていうから、だから……!」

 水面で溺れながら息継ぎをするようにアップアップと言葉を口にする。

 サニーの小さな手を包み込むコールの分厚い手のひらがじっとりと濡れだす。

「いつか自分が再度告白するまで好きでいてほしい」

 この言葉が、どうしても喉の奥に詰まって出てこなかった。

 恥ずかしくなって、両想いでいるつもりが何かの勘違いだったらどうしよう、友人としての大切だったらどうしよう、と、過剰な不安が頭の中をグルグルと巡る。

 真っ赤な顔で汗だらけになったまま固まっていると、サニーがふんわり微笑んだ。

「コールさん、いままでも、これからも、私はずっとコールさんのことが大好きで大切よ」

「うん!」

「コールさんも、ずっと私のことを好きでいてね」

 悪戯っぽく丸っこい牙を見せながらお願いすれば、コールが無言でコクコクと頷く。

 少しの間手を握り合っていた二人だが、時間差で恥ずかしくなったコールがモソモソと座り込んで体育座りになり、全身をコートの中にしまい込んで言葉すら発さぬ貝になる。

 サニーはそんなコールの肩にトンともたれかかって、お尻から生やした透明な蛇をシュルシュルと彼の体中に巻き付けている。

 彼の体を覆うほどの長く大きな蛇はコールに対する異常なまでの執着心の表れだ。

 実質的に告白してもらったんだから、絶対に放さないぞ! 私の大事なコールさんだ!! と主張して、抱き着く代わりに心理的な蛇で彼をグルグル巻きにしている。

 なお、両想いになったら「ああして」「こうして」と妄想に花を咲かせていたはずのサニーだったが、実際には少し肩にもたれかかり、コートの中に手を突っ込んで汗ばむ手と恋人つなぎをするばかりで異常に大人しい。

 正式に恋人になったわけではないから自重しているというのはあるが、それ以上に、コールに想いを伝えてもらえたのが嬉しくて、信じられなくて、何度も脳内で反芻していたから彼をつつけなかった。

 激しく熱い興奮と同時に身の中に溜まり続ける幸せをかみしめていたから、真っ赤な貝の蒸し焼きになる愛しいコールを揶揄いにいけなかったのだ。

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