ネックウォーマーとカーディガン

「首にも香水をしてたなら、塞いじゃうのがもったいないなって思っただけよ」

「塞いじゃう?」

 ラッピング袋の中身が自分へのプレゼントであるとは露ほどにも思っていないコールがコテンと首を傾げる。

 そんな様子にサニーは目を細めると、少し苦々しい表情でラッピング袋の紐をほどいた。

「ええ。ねえ、コールさん、渡したい物があるの。目を瞑ってもらってもいい?」

 ラッピング袋の中身は仕舞い込まれていて見えないままだが、サニーの言葉と態度でコールはようやく自分が花祭りのプレゼントを貰えるのだと察したらしい。

 彼は嬉しそうに目を輝かせた後、コクコクと頷いた。

 目を瞑ってからもソワソワとした様子でサニーがプレゼントを渡してくれるのを待つ。

 これに対し、サニーはコールが完全に目を瞑ったのを確認してからネックウォーマーを取り出し、彼の首に装着させた。

 サニーに肯定的なコールへ首輪に準じるネックウォーマーを被せることができたというのに、彼女の表情はどこか苦々しい。

 新品であるはずなのにほつれて糸が飛び出たボロボロのネックウォーマーを眺める彼女は音もなくため息を吐いた。

 どうしても花祭りの日にプレゼントしたかったから出来栄えが悪くても持って来てしまったが、正直、渡したことを後悔している。

「ねえ、サニー、目を開けてもいい?」

 ドヤッとコールに格好つけていたい、サニーの小さな虚栄心など知らぬ彼が無邪気に問いかける。

 せわしない両手が首に巻かれた毛糸の塊をモフモフと弄っていて、まるで初めて誕生日プレゼントを貰った子供のような喜びようだ。

「プレゼントを見ないなら、いいわよ」

 苦々しく返せば、コールが目をつむったままギョッとする。

「なんで!? 見たいよ!」

「だって……」

 無邪気なコールに対し、心に住まう黒っぽい感情をなんと伝えればよいものか。

 言い淀むサニーに対してじれったくなったコールが勝手に目を開けると、すぐさま首元を確認した。

 それから、ホクホクと首回りを温める少しダルんとした毛糸の布をみょいんと引っ張ってキラキラと瞳を輝かせる。

「ネックウォーマーだ!! ありがとう、サニー!!」

 形状で察していたが、改めて確認するとプレゼントを貰った実感がじわじわと湧いてきて堪らなくなってしまう。

「ど、どういたしまして」

 キャッキャとはしゃぐコールと、そんな彼に対して気まずそうにモジモジ、ソワソワとしているサニーとでは、普段とまるっきり正反対だ。

「ねえ、一回外してみてもいい?」

 プレゼントの全体像を確認し、じっくり喜びをかみしめたいコールが問いかければ、いつもとは反対に全く自信が無さそうなサニーが、「え? でも……」と歯切れの悪い言葉を返して俯く。

「駄目?」

 残念そうに問いかけてくるコールに、

「駄目というか、あんまりうまくできなかったから恥ずかしくて」

 と、恥ずかしそうに赤らんだ顔でポツリと溢せば、普段とのギャップにキュンときたコールがえへへと笑う。

「そういうことなら外しちゃうね」

 スルリとネックウォーマーを外すと、それからまじまじと観察を始める。

 その隣では普段の仕返しとばかりに羞恥をつつき回されたサニーが、

「コールさん、たまに鬼畜だわ」

 と、眉を下げて弱り切った顔を両手で覆い隠して震えている。

「ねえ、サニー、本当に嬉しいよ! ありがとう!!」

 コールの嬉しそうな言葉に惹かれて、恐る恐る顔を上げてみれば彼はキラキラと眩いほどの笑顔をサニーへ向けていた。

 しかし、嬉しそうな顔を見れば見るほど照れてしまい、どんな顔をすればよいのか分からなくなってしまって、サニーはフイッと顔を逸らした。

「こ、こちらこそ、そんなに喜んでくれて嬉しいわ。へたっぴだから、要らないって言われちゃうかと思った」

 コールは手芸で生計を立てるほどができるほど優れた技術を持っている。

 そんな彼から見れば村人が自作する防寒具など子供のお遊び程度にも満たないだろう。

 素人目にでも出来の良い品を作ることができれば、それでも頑張ったと褒めてもらえるかもしれないが、結局、出来上がったのは素人目にも玄人目にもポンコツなヘタクソネックウォーマーのみだ。

 誰しもが手作り製品に込められた想いはプライスレスと価値を認めてくれるとは限らない。

 サニーは、「ゴミを渡された!」とコールに嫌な顔をされるのではないかと思い、完成品を袋に包んだ時から、ずっと後悔していた。

 しかし、コールの方はサニーの心配にギョッと目を丸くする。

「そんなこと言わないよ!! それに、こういうのは上手い下手じゃないんだ。僕は自分で作るから分かるんだけどさ、コレ、何回も編み直してくれたんでしょ? 花祭りのプレゼントを黒にしたのだって、白よりもこの色の方が僕に似合うって思ってくれたんでしょ。色んな事考えながら編み進めたんだって、見ればわかるよ。きつくなったから緩くして、緩くなりすぎたからきつくして。それに、少し大きめに作られているのは首がしまっちゃわないようにでしょ? サニーは優しいなって、その、僕のこと考えてくれたんだなって分かるから、僕はサニーのネックウォーマーが好きだよ」

 コールは照れながらもニコニコと一生懸命に感想を語っていく。

 サニーの目には冗談抜きにコールが天使のように映っており、彼の感性、価値観、審美眼に激しく感動した。

「コールさん!!」

 感極まってコールの名を呼ぶサニーの瞳の中では、小さな光がヂカヂカと嬉しそうに明滅していた。

『ああ、最高ですコールさん。そんな風に考えながらジックリ、ネックウォーマーを見ていてくれたなんて!! 発想も考え方も天使そのもの!! 大好きです! 心の底から大好きですコールさん!! 一生ついていくし一生隣に居たいし一生抱っこしていたいですコールさん! コールさんが欲しいなら何枚でもネックウォーマーを作っちゃうし、願うならなんでもあげたいです、コールさん!!!!!』

 コールの尊さにしばし立ち尽くし、愛しさで震えていると、やがてネックウォーマーをつけ直した彼がモゾモゾと恥ずかしそうにしながらコートの内側を探り始めた。

「あのさ、僕もサニーにプレゼントがあるんだ」

 ほんのりと頬を赤らめ、照れたコールが取り出したのは綺麗にラッピングされた縦長の薄い箱だ。

「開けてもいい?」

 コールがコクリと頷くのを確認してから箱に掛けられたリボンを取り外し、そっと蓋を開ける。

 中から出てきたのは繊細に編まれた薄灰色のカーディガンだ。

 網目の細かいカーディガンは上品な柔らかさを保ちながらも、ほつれなどがなく、ピシリと丁寧に編み上げられている。

 所々に飾りの模様や後付けされた毛糸の飾りなどが括りつけられており、大変可愛らしい雰囲気だ。

 前には大きなボタンが二つ。

 襟元が大きく開くデザインになっており、前のボタンを閉めても緩やかながら腰でキュッと締まるような印象になり可愛らしいだろうし、羽織るだけでもふんわりと愛らしいだろう。

 袖口がすぼまっているなど所々が締まっていてキュッとスタイリッシュなデザインをしているのは、活発に動き回る彼女が木の枝にカーディガンを引っ掛けたり、机仕事中に文房具を引っ掻けたりして困らないように計算して作られている。

 デザイン的にも優れているが、普段使いをしても可愛いだけの困った品にならないよう、作品制作の経験を詰め込んで考え込まれたカーディガンだ。

 普段、雑貨屋として繊細で可愛らしい商品を作り出しているコールが自分の手間による利益を度外視で制作した渾身の一品である。

 そうして生まれたカーディガンの品物そのものとしての物質的価値においても、あるいはコールからの心がこもった贈り物としての精神的な価値においても、筆舌に尽くしがたいほど高い。

 サニーは本当に言葉を失ってしまい、モフッと毛糸の布に顔を埋めてカーディガンをギュムギュムと抱き締めた。

「コールさん、ありがとう! 本当にありがとう! 一生大切にするわ!」

 カーディガンに頬ずりをし、お尻から生えた透明な尻尾をブンブンと振って大歓喜する。

 シンプルな代わりにガッツリと心の籠った言葉や目に見えて興奮するサニーの態度にコールも「えへへ」と純粋な笑みを浮かべた。

「ねえ、良かったら着せてくれない?」

 オレンジの瞳の奥で興奮と歓喜をパチパチと散らせながらサニーがカーディガンを手渡す。

 コクンと頷いたコールがカーディガンを着せて前のボタンも二つ止め、ついでに少し暴れたことではねてしまった前髪も直してやった。

「ありがとう、コールさん。それにしても、さっき頬ずりした時に思ったんだけれど、やっぱりこのカーディガンは毛糸なだけあってコールさん自身とお部屋のお香りをたっぷり吸ってるわ! つまりこれは実質コールさん! 私は今、コールさんにギュッと抱っこされているのと同義だわ! ありがとうございます、コールさん! 夜眠る時も一緒よ!! へへ……カーディガンに包まれたまま毛布に潜れば、中にコールさんのお香りを密閉できる。へへへ……」

 サニーは野性味の強い猛獣系女子なので、取り敢えず、それらしいものがあれば嗅ぎまわす。

 袖口をスンスンスンスン! と嗅ぎ、微かにコールらしい香りを混じるとテンションをぶち上げて両腕で自分ごとカーディガンを抱き締め、無言でハァハァと息を荒くしながら揺れ出した。

 その後もサニーは真っ白いワンピースとの相性を喜び、肌寒くなる夕方から夜間にかけて体を温めてくれる防寒具が欲しかったのだとはしゃぐ。

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