祭りの広場
ランチボックス片手に村までの道を歩くカルメはご機嫌だ。
クリーム色のブラウスに薄茶色のキュロットパンツを履いて、サクサクと両側が花で彩られた道を歩いて行く。
活発に動くことができる軽装だが、とても可愛らしい雰囲気だ。
また、カルメは花祭りのプレゼントとして貰った真っ白いケープも身に着けている。
ケープは細い毛糸で編まれている上にレースなどが用いられていて、手の込んだ意匠となっており、防寒よりも見た目重視の一品だ。
加えて誕生日プレゼントとして細い革のブレスレットも送られており、カルメの右腕を愛らしく彩っている。
どちらも可愛らしい衣服が好きなカルメにキュンと刺さるデザインをしており、プレゼントを受け取った彼女は嬉しそうにお礼を言って、すぐに大切そうに身に着けていた。
ケープもブレスレットも実際に作ってみるとなかなかに難易度の高い品で、かなり苦戦したのだが、カルメの弾ける笑顔で連日の苦労が随分と報われたものである。
ちなみに、カルメからの花祭りのプレゼントは青みがかった灰色のブランケットだ。
装飾等がなく、同じ色の毛糸で最初から最後まで編まれているため少し素っ気ない印象を受けるが、シンプルで大人っぽい意匠の似合うログにはぴったりの品である。
外で身に着ける物ではないため、現在は寝室のベッドの上で丁寧に折り畳まれて眠っている。
春でも夜は冷えるため、早速、今夜から使うつもりだ。
プレゼントを貰った時、ログもカルメに負けず劣らず喜んで、キラキラと瞳を輝かせていた。
なお、勿論カルメの髪にはログの花飾りが、ログの胸元にはカルメの花飾りが堂々と咲き誇っている。
「凄い! ログ! 凄いな! いつもの村じゃないみたいだ!!」
門から中に一歩踏み込んだ瞬間、カルメが、花が咲くような明るい笑みを浮かべる。
彼女の指差す先にあるのは、まるで花だけで出来たように見える家屋だ。
祭り当日に合わせて準備を進めてきたのだから、カルメは既に何度も色とりどりの花で飾られた建物を見ている。
だが、大量の花でも埋めきれなくて余白となり、剥き出しになっていた木の壁やドアの部分まで、真っ白い星花で埋め尽くされているのを見たのは今日が初めてだった。
地面もほとんどが星花で埋め尽くされているため、まるで天界にでも迷い込んでしまったかのようだ。
ログも周囲に広がる美しい景色に随分と興奮させられたが、はしゃぐカルメを見ているとかえって落ち着いてしまい、優しく彼女を見守っていた。
カルメはログとシッカリ手を繋ぎ、小さな子供のようにキラキラと輝く瞳でキョロキョロと辺りを眺めながら広場まで歩いていく。
「ほら、カルメさん。あれ、カルメさんが作った氷像じゃないですか? ああいう風にしたかったから、わざと肌の部分を装飾しなかったんですね」
ログの指し示す方角にはカルメが骨組みを造形し、更に少なくとも今日一日は溶けないように魔法陣で調整を加えた氷像がある。
建物と同様に多種多様な花で飾られた氷像だが、髪や洋服、瞳、唇などは彩ってもらえたというのに肌の部分だけは氷が剥き出しなままとなっていた。
まるで氷の妖精が花の洋服を着せてもらっているようで、それはそれで美しかったのだが、フロネリアは花の妖精であるため、どこか未完成な雰囲気があった。
建物のように巨大な物体であれば飾りの花が足りないという事態もあり得るが、精々、人間の一、五倍か二倍ほどの大きさしかない氷像を飾るのに花が足りないということはあり得ない。
カルメもログも、どうして未完成のままにしておくのか気になっていたのだが、どうやら祭り当日に真っ白い星花が余白を埋めることを見越して、あえて放置していたらしい。
完成した像は真っ白い肌に細かい編みこみが埋め込まれ、丁寧に結い上げられた黄金の髪が美しい、女性の姿をしていた。
伏しがちになった水色の瞳は聡明であり、キュッと結ばれた小さな薄桃色の唇は真面目そうでありながら、どこか蠱惑的だ。
背中には大きな緑色の羽が生えており、深くスリットの入ったドレスからはスラリとした足を覗かせている。
像越しに実物の精霊の姿が想起され、カルメはポーッと見蕩れてしまった。
「綺麗だな。お姫様みたいだ」
「本当ですね。でも、この感じ、どこかで見たことがあるような気がします」
「ログもか。こんな人、見たこと無いはずなんだけどな。どこか見覚えがある気がするんだ」
正確には氷像の精霊というよりも花の塊が人間の形をとっていることに既視感を覚える。
家で聞こえた謎の笑い声も相まって何かを思い出しそうになったのだが、このタイミングでウィリアとセイも広場へやって来たらしく、
「カルメさ~ん、ログ~、おはようございます~」
と、後ろから声をかけられた。
ふわふわと間延びした声で朗らかに笑い、チャカチャカと手を振るのは綺麗に身なりを整えたウィリアだ。
彼女は白いブラウスにモッフリとした花の模様が愛らしい薄桃色のセーターとクリーム色のロングスカートを身に着けている。
あまり活発に動くのには向いていなさそうだが、春を感じるおっとりと上品な姿だ。
シャランと揺れる大きな花の耳飾りなど、華やかなお洒落をするウィリアはカルメのちょっとした憧れである。
また、タタッと可愛らしい女の小走りで駆けてくるウィリアの少し後ろを、セイがのんびりと追いかけてくる。
彼は少し着古した白いシャツに黒の長ズボンを履いているのだが、どうやら既にウィリアからプレゼントを渡されていたらしく、首には彼女がせっせと編んでいた白色のマフラーが巻かれていた。
ログもそうだが、花祭りのプレゼントは星花にちなんで白にする者が多いらしい。
モフモフになった首元が温かな羽毛を彷彿とさせる。
また、セイは片手で大きなランチボックスを軽々と提げていた。
ボックスは大きな桃色のリボンやフリルで飾られており可愛らしい雰囲気で、どことなくウィリアの趣味を彷彿とさせる。
料理を作るのが好きなウィリアだ。
きっと、ランチボックスを用意したのも彼女なのだろう。
「良いお天気で嬉しいですね~。カルメさんたちもお弁当を用意したんですか?」
「まあな。フロネリアを探しながら食べるんだ。ウィリアたちも『フロネリア探し』に参加するのか?」
フロネリア探しとは祭りの伝承を元にしたゲームで、毎年、祭り当日に村のどこかで一凛だけ咲く、通常の十倍ほど大きな星花を探すというものだ。
祭り当日にのみ、星花は夜闇にキラキラと輝く花になるのだが、光り始めるきっかけは例のひときわ大きな花、フロネリアに触れることである。
そして、フロネリアだけは触れる前からビカビカと輝いて自己主張をしている。
毎回、目立たない場所でひっそりと咲いてゲームの参加者を困らせる割に、時間が来ればシッカリと光るのだ。
光量も多く、真っ暗な中で一凛だけ光る花が目立たない訳が無い。
こういった特徴から、サニー曰く、フロネリアは夜になれば勝手に見つかるらしい。
一応、フロネリアを見つけた者には最初に花に触れ、他の星花に光を灯すことができるという特典がついてくるのだが、本気になって探すものは初参加の子供くらいである。
しかし、実はログ、カルメに光を灯す役割をさせてあげたくて、かなり意気込んでいた。
ちなみに、カルメの方はログほど意気込んでいないが折角だからゲームに参加しよう! と、かなりウキウキな心持ちで臨んでいる。
そんな二人にウィリアはフルフルと首を振った。
「いいえ~。私たちはやらないですよ~。今日はセイとお花を眺めてご飯を食べる~、のんびりとしたデートをするんですから~」
ふふふ~と頬を上気させるウィリアは嬉しそうだ。
一拍遅れでセイもコクリと頷いた。
「それはそれでいいな。花を眺めながらゆっくりするのも楽しそうだ。そういえば、サニーとコールはどうしたんだ? 見当たらないが」
今は、取り敢えず村人が広場に集まっている段階だ。
別に集合をかけられたわけではないので、その場にいなくても構わない。
さっさとゲームを始めても構わないし、何をするにしても個人の自由なのだが、大抵は一度広場に集まって花の感想を言い合ったり世間話をしたりする。
内気で人目を怖がり、あまり人の群れに突っ込んでいく事を好まないコールはともかく、次期村長で村のまとめ役であるサニーまでいないのは少し意外だった。
カルメが、
「もうフロネリア探しに行ったのか? 気が早いな」
と首を捻ると、ウィリアは何とも言えない苦笑いを浮かべた。
「う~ん、半分は正解で~、半分は不正解ですね~。サニーはフロネリアには特に興味がないみたいなんですが~、早くコールと二人きりになりたくて~、家に押しかけたみたいですよ~。なんでも~、人目のつきにくい森の中で~、イチャつくんだとか~」
ウィリアの話を聞き、カルメも何とも言えない笑みを浮かべた。
「相変わらずだな」
「サニーにとっては~、フロネリア様も~、恋路のためのダシでしかないみたいですからね~」
「あんなに伝統がどうとか言ってたくせに、風情がないな、アイツ……」
「ですね~」
二人揃って半笑いになり、曖昧に頷き合う。
少し世間話を続けていると周囲が動き出し、何となく解散の雰囲気を醸し出し始めた。
「じゃあ、私達もそろそろ行くから」
「フロネリア探し、頑張ってくださいね~」
ブンブンと手を振るウィリアに見送られ、カルメとログは森へと向かった。
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