最後まで眠れないのは
ログはできるだけカルメが眠りやすいように低く柔らかな声色で平坦に物語を伝えたのだが、あいにく物語が進めば進むだけ瞳を輝かせる彼女は全く眠る気配がない。
話が終わってからも興奮が止まない様子で、フンフンと鼻息を荒くしていた。
「面白かったですか? カルメさん」
「うん。ちょっと切ないけど良い話だと思った。精霊の話って怖いのか悲しいのばっかりだったから、どっちでもなくて珍しいし。フロネリアが拷問とかされてなくて安心した」
「確かに、そうですね。おとぎ話の精霊たちは、どうしてなのかと聞きたくなるくらい虐げられていますから。大昔には精霊がいたと言いますが、あれが実話なら相当に悲惨ですよ」
精霊の末路は使い潰されて死ぬか、復讐しようとして倒されるかの二択だ。
カルメがこれまでに読んできた物語に出てくる精霊も、半分以上が酷い境遇、待遇の末に闇落ちしている。
以前、彼女がログにおススメした「世界に勇気を」という作品に出てくる魔女も精霊がモデルにされているというくらいだ。
物語の精霊は強くて優しいわりに、基本的に幸せになれない。
そんな精霊たちがカルメは好きで、ちょっぴり痛々しかった。
カルメは稀にある、精霊たちが幸せになれる物語が好きだ。
「精霊はいたらいいけど、そういうのがあるなら嘘だったらいいなって思う」
残念ながら精霊の伝承は大半が実話だが、事情を知らないカルメはポツリと呟いた。
ログもコクリと頷く。
「カルメさんは優しいですね。でも、俺もそう思います。そうだ、精霊と言えば、もうひとつ面白い話があるんですよ」
しんみりとした空気を明るく変えようとログが話したのは「精霊の生まれ変わり」についてだ。
地域によっては、人間であるのにもかかわらず過剰な量の魔力を持っていたり、極めて特殊な魔法を使えたりする者を「精霊の生まれ変わり」と呼ぶことがある。
どうやら、精霊の魂を継承しているから異形じみた恐ろしい力を行使できるという理屈らしい。
精霊は基本的におとぎ話の住人だが、その性質や過去が故か今でも国や地域によっては盛んに精霊信仰をしている。
加えて既存の宗教とも相性が良く、精霊は神の使いや神のもう一つの姿として各宗教に綺麗に馴染んだ。
カルメたちの国では慈愛の女神メリアーネを信仰する者が多いが、彼女もまた長い歴史の中でいつの間にか神話が書き換えられ、元精霊であるということになっている。
おかげで、奇跡の魔法で人々を救済し、聖女として信仰心を集めることで神の体現とまで呼ばれたアルメは、基本的に信者から、
「精霊の生まれ変わり」
として扱われたが、信仰心が異様であり、もはや狂信的である者からは、
「女神メリアーネの生まれ変わり」
として扱われ、神そのものとして崇め奉られていた。
そんなアルメの陰で甘い蜜を啜っていた汚職まみれの聖職者たちが、彼女の地位を確固たるものにすべく古い神話やその提唱者を片端から潰したため、今ではメリアーネが村娘だったことを知る者はほとんどいない。
神話に関する余談はともかく、物語にでも出てきそうな生まれ変わりの話を聞いたカルメの表情は意外にも渋い。
どうやら彼女、精霊の生まれ変わりについて詳細を知ったのは今日が初めてだが、ログの話には心当たりがあったらしい。
「だから昔、山奥のちっちゃい村で雨を降らせてやった時に『精霊』がどうとか『神の生まれ変わり』がどうとか騒がれて、神輿に乗せられたんだな。私は神様でも精霊様でも何でもないっていうのに……」
救済した瞬間からカルメではなくメリアーネと呼ばれ、ボロボロの神輿で担ぎ上げられ、毎朝供物を捧げられ、毎晩家の外からボソボソと祈りを捧げられた。
ある意味、待遇は良かったが村のほぼ全員が狂信者であり、カルメに反抗的な人間が集団でボコボコにされたのを目の当たりにして恐怖が頂点に達し、彼女は三十日と経たない内に村から逃げ出した。
滞在期間に比べ、カルメの中で強く印象に残っている村だ。
「だから迷信深い所って嫌いなんだよ。外と隔絶された田舎なんて偏見で凝り固まって、都会じゃ信じられないような民間療法をしたりするんだからな!」
カルメの歴史に強く存在を刻みつけた狂信村には他にも様々な伝説があるらしい。
数十日の間に詰め込まれた色濃い体験に身震いをし、モゾモゾとログにしがみついた。
しかし、胸に顔面を押し付けて怯えるカルメとは対照的に、ログはクツクツと笑いを噛み殺している。
「笑うなよ! 本当に怖かったんだからな!」
顔を上げ、涙の浮かぶ瞳でキッと睨みつけるカルメだったが、ログの方は余計に可笑しくなってしまって目尻に溜まった涙を拭う始末だ。
「すみません。でも、虚勢を張りながら釣り目で怯えて逃げ回っているカルメさんを想像すると、なんかちょっと面白……かわいくて」
「今、面白いって言おうとしただろ! 笑い事じゃないんだからな! 本当の本当に怖かったんだからな!!」
今度はログにくっついたままプーッと頬を膨らませてむくれている。
フニフニと頬を揉んだりつついたりすると、カルメが眉間に皺を寄せたままチラッとログを見た。
許すか否か、迷って揺れているらしい。
「さあ、カルメさん。たくさんおしゃべりもしましたし、そろそろいい加減に眠りましょう。早く寝ないと明日に響きますよ」
「ログ、逃げたな……ログ、寝なきゃいけないのは分かっているんだが、何故か眠れない」
「目が爛々としているので、そんな予感はしていましたが困りましたね。体力を消耗したら眠れるでしょうか?」
ゆっくりと抱き直されただけだが、カルメは警戒して体をこわばらせた。
「明日、動けなくなるから嫌だ! それに、今夜から明日まではずっとギュッとされて優しく甘やかされたいんだ! 何回も言ったのに、ログ、ずっと意地悪ばっかだ」
ポコポコと文句ばかりの唇を柔らかく塞ぐ。
それから深い口づけに移行して貪ると、彼女の体温は布団が疎ましくなるほど高くなった。
「ろふ、いじわるら~!!」
真っ赤に汗ばみ、呂律の回らない様子の彼女をクスクスと笑いながら抱き締める。
それからも赤い顔でモジモジとしたり、
「心臓が動いて眠れなくなっちゃったんだからな! 眠れない間、ずっとお喋りをしてログも眠れないようにしてやるんだからな!」
と、ポコポコと怒ったりしていたカルメだが、ギュッと抱きしめられてホコホコ温かくなっている内に眠気がやって来て、あっという間に熟睡してしまった。
胸元に押し付けたカルメの口が少し開いていて、そこから垂れた唾液が少しだけ衣服を濡らしている。
『子どもみたいでかわいいな』
口元を指先で拭ってやると、モニモニ動いて何かを食べるような動作をする。
その様子が子供らしさを増加させて、ログは声を押し殺して笑った。
『カルメさんに寝ろって言っておいてなんだけど、俺はまだ、眠れそうにないな』
静かになれば再び寂しさが混み上がって、数分前が恋しくなる。
ログは小さくため息を吐いて、窓から覗く月をぼんやりと眺めていた。
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