精霊のおとぎ話

 もう千年以上も昔のこと。

 この世界には「精霊」という特殊な種族が確かに存在していた。

 体の形そのものは人間と似ているが、決して衰えることのない美しい容姿。

 背中から生えた伸縮自在の半透明な羽。

 異常に低い生殖能力。

 人間との違いを上げていけば枚挙にいとまがないほどだが、特筆すべきは身に秘めた強大過ぎる魔力と特殊な魔法だろう。

 人間も精霊も扱える魔法は生まれつき決まっており、適性がない魔法は一切使うことができないのだが、精霊の場合は死者を操る魔法など、必ずと言っていいほど強力で特別な魔法を持って誕生する。

 カルメも人間の中では魔法の天才に当たり、辺り一帯の天候すら変えてしまうような凄まじい力を持つが、精霊のソレは彼女をはるかに超えている。

 一国の運命すら左右する精霊は神と崇め奉られ、地域によっては宗教が開かれているほどだった。

 だが、魔法と感情は密接に関係しており、当人の持つ魔力の大きさと抱いた感情、願いの強さによっては魔力の暴走を引き起こしてしまう。

 かつてログの命を繋ぎ止めたカルメのように魔力の暴走が奇跡を起こせればよいのだが、キリのように合計二人もの人間を死に至らしめた悲劇を生んでしまっては堪らない。

 持っている魔力も桁外れだが感情豊かで激しい気性を持つ者が多い分、巻き起こる悲劇だって世界規模になりかねない。

 実際、過去には精霊が発端で何度か大規模な戦争が巻き起こっていたし、精霊たちによる独立国家が世界を支配しようと動き出したことすらあった。

 止めたのは幾人かの力の強い精霊たちであり、当時の歴史は今では神話扱いとなっている。

 そのため精霊たちは自重し、少ない人数で世俗から離れた自然豊かな場所に隠れ住み、穏やかに生活することを決めた。

 しかし、そうやってピュアに生き続けているといつの間にか人間の醜さや欲深さ、狡猾さを忘れてしまう。

 世界を脅かしていたはずの精霊は、今度は脅かされ、酷使され、搾取される側へと回ってしまった。

 人身売買に魔力抽出、搾取、人体実験に魔法の悪用、兵器化。

 人間の非道を挙げればきりがない。

 そうやって無茶な使われ方をしている内に精霊たちは随分と数を減らして、もはや種の存続をできないまでになっていた。

 そんな彼らの儚く残酷な物語は、今でも各地域でおとぎ話として語り継がれている。

 カルメたちの村にも「花祭り」にまつわるおとぎ話があった。

 しかも、おとぎ話の中では随分と優しい、素敵な物語だ。


 今から数百年以上も前のこと、カルメたちの村にはフロネリアという名前の精霊が住んでいた。

 彼女は慈悲深く穏やかな性格をしていて、痩せた大地をふっくらと肥えさせる土の魔法や、自由自在に植物を生やしたり新たな花を作り出したりできる生命の魔法を使えた。

 いずれ必ず消滅することとなった種族。

 精霊たちの中には悲観的な者や自暴自棄になっている者も少なくない。

 意地でも種を繁栄させようと躍起になる者や自爆的による復讐を誓う者など様々だったが、フロネリアは彼らとは別の考えを持っていた。

 彼女の関心は残された余生をいかに穏やかで豊かなものにするかであり、争うことや種族の勃興にはまるで興味がなかったのだ。

「いつか滅んでしまうのならば、今を大切に生きましょう」

 これが、にっこり笑う彼女の口癖だ。

 欲深い王族や貴族から匿ってくれた村人のためにフロネリアは持てる魔法や知識を駆使し、村に小さな繁栄をもたらし続けた。

 フロネリアは心優しい村人たちを愛していたし、村人たちも彼女に感謝を捧げ、敬愛していた。

 村での平和な日々はまさしく彼女の望んだものだった。

 しかし、どんなに楽しい時間にもいつかは終わりが来る。

 精霊は不老だが不死ではない。

 寿命が人間の三倍なだけで、精霊たちも死の運命からは逃れられないのだ。

「大好きな村や皆を守り続けたい」

 ハラハラと涙を溢し、村の未来を憂いながらフロネリアは静かに寿命を迎えた。

 ところで、精霊は自身に死が差し迫るとそれを察知することができるが、人の目には若く美しいままであるように映るので、寿命が迫っていることに気が付けない。

 何の前触れもなく突然に消えてしまったフロネリアを村人たちは必死で探した。

 停滞した村が嫌いになって出て行ってしまったのではないか。

 欲に目が眩んで王族の元へ去ってしまったのではないか。

 そんな風に下衆の勘繰りをする村人もいたが、それでも大多数が彼女を探した。

 ある夜、特にフロネリアを慕っていて昼夜問わずに彼女を探し続けていた青年が、森の真ん中で堂々と咲く大きな真っ白い花を見つけた。

 花弁を五枚持つシンプルな花は夜闇に発光していて、美しい星のようだ。

 青年を魅了したソレはフロネリアの亡骸だった。

 フロネリアは亡くなる直前、自身に魔法をかけて姿を変えていたのだ。

 青年が恐る恐る花に手を伸ばす。

 柔らかい花弁に指が触れると花はさらに強く発光し、空からキラキラと輝く花をいくつも降らせた。

「お空が落っこちてきているみたい」

 村の中でフロネリアを探していた女の子がはしゃいで笑った。

 屋内にいた者も異常な光景に驚いて家を飛び出し、村人みんなで空を見上げる。

 空から落ちてくる花が肌に触れた瞬間、光となって体内へ溶け込んだ。

 よく見てみれば、地面に落ちた花は土の中へ、川に落ちた花は水の中へと溶け込んでいく。

 そのいずれもが薄く発光していた。

「お久しぶりです、皆さん。突然消えてしまって驚きになっているかと思いますが、怖がらないでください。先日、私の寿命が尽きたというだけです。今、私は星花を通して皆さんに語りかけています」

 柔らかなフロネリアの声が自身の内側から聞こえてきて、村人たちは身の回りや自身の胸をキョロキョロと探る。

 しかし、事前に録音されたようなフロネリアの声は村人たちの困惑が治まるを待たずに語り続けた。

「私が村を守り続けることはできなくなってしまいましたが、大地や水に溶け込んだ星花が実りを保障し続けることでしょう。そして、皆さんに一つプレゼントを贈りました。来年から村のどこかに一凛だけ星花が咲きます。そして、そこから一週間の間に少しずつ春の実りをお渡しし、最後には村を星花で溢れさせてみせます。ですので、その日にお祭りを開いてはいかがでしょうか? きっと笑わせてみせますよ。私は皆さんのことが大好きですから」

 柔らかな頬笑みを最後に彼女は語ることを止め、完全に痕跡を消してしまった。

 非現実への驚嘆も時の経過とともに薄れゆく。

 少し油断をすれば彼女が村の記憶から消え去ってしまいそうになる。

 村を豊かにしてくれた彼女への感謝を忘れぬため、そして、天国にいるだろう彼女へ祭りを通して笑顔を届けるため、村人は毎年、花祭りを行うようになった。

 村人たちはいつまでも、フロネリアを愛している。

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