不器用な編み物と痛む心
楽しい祭りを開催するには入念な準備が必要となるのだが、花祭りは伝承的にも心情的にも準備の段階から祭りが開催されているようなものだ。
準備には細かな雑用や面倒なことも多いが、村人たちの多くは協力しながら和気藹々と進めていく。
赤、黄色、オレンジなど暖色が多いフラワーサークルを探し出して収穫し、家屋を飾り立てることで村そのものを花まみれにしていった。
もちろん、今年からのカルメにはちゃんと役割がある。
彼女は森を熟知していて体力もあるので、ログやセイたちと共に花集めに駆り出されていた。
ウィリアを始めとするデザイン好きの村人たちが、自分の収穫した花を器用に使って古ぼけた一軒家をアート作品に変えた時には随分と興奮したものである。
帰宅後、カルメもログと一緒に自宅を花で溢れさせたことは言うまでもない。
今までは早めに準備を進めても花祭りに間に合わないことすらあったのだが、今年は若い労働力が三人分も増えた上に大掛かりな作業をカルメの魔法で効率化させられたため、前年よりも余裕をもって準備を進められていた。
そのため、カルメ、サニー、ウィリアの三人で診療所に集まり、編み物を進めながら休息を楽しむことだってできてしまう。
とはいえ、スイスイと編み棒を動かしていくカルメやウィリアと違ってサニーの腕にはかなりの力が込められており、オレンジの瞳も睨みがちになって息抜きという言葉は似合わない様子だが。
「おい、サニー、力が入りすぎだぞ」
「そうは言われても難しいんですよ。カルメさんたちは、よく引っ掛からずに編めますね」
カルメは生来器用であるし、ウィリアも日常的によく手芸をしていて慣れている。
しかし、サニーはあまり手先が器用ではないし、衣服の傷を修復することはあっても編み物で何かを作るという経験には乏しかった。
そのため上手く力加減ができず、網目をきつくしてしまって通す毛糸をギチギチと鳴らしていた。
四段も編めていない毛糸の塊は酷く不格好でチグハグだ。
「……ん? んー、ん? ん!?」
唸り声を上げながらコテンコテンと首を傾げるサニーは口をへの字に曲げていて非常に不満げである。
横からサニーの手元を覗き込んだカルメが苦笑いを浮かべた。
「あーあ、編みとばした上に同じ穴に何回も糸通して、その挙句に三つの輪に一気に編み棒を差し込んだから、こんなことになっちゃったんだな。ほら、貸してみろ。直してやるから」
グチャグチャな糸の塊をゆっくりと解し、スルスルと編み棒を動かしてただの毛糸へと戻していく。
その動きはまるで手品か魔法のようで、サニーだけでなくウィリアまで作業を止めてカルメの手元をジッと見つめた。
「よし! 戻ったな!」
最後に固結びのようになっていた部分を解し、元通りとは言えないまでも、よれた一本の毛糸にまで戻す。
カルメはフーッと息を吐くと嬉しそうに笑った。
「カルメさん、凄いです~! よくあそこから戻せましたね~。あたし~、もう~、切るしかないかな~って思ってました~」
「まあな。よく糸の通り方を見て、無理矢理ほどこうとしなきゃ案外どうにでもなるんだ。ほら、サニー、ここはこうやって編んでいくんだ。急に編み方とか力加減を変えないようにできるだけ気をつけろよ」
褒められたカルメがドヤッと胸を張る。
それからスススと編み棒を動かしてお手本に一段分まで編んで見せると、サニーも、
「なるほど」
と熱心に彼女の手元を見て編み方を学んだ。
しかし、カルメから編み物を受け取ると、サニーは彼女が編んだ分をシュルシュルと解いて最初から編み始めた。
不器用に網目を作っていく姿にカルメが苦笑いを溢す。
「サニーって意外と頑固だよな」
「すみません。でも、これはコールさんのネックウォーマーになる予定ですから。コールさんの首に巻くということは、もはや首輪も同然! コールさんの首輪は私だけの力で作り上げたいんです!!」
メラメラと瞳の奥を燃やし、勢い余ってテーブルを拳で叩く。
何やら非常に熱い意気込みに対面のカルメが圧倒されて後ろに身を引いた。
「お前、自分の髪の毛とか血とか混ぜ込んでないよな?」
「私のことを何だと思っているんですか! 混ぜてませんよ、不衛生ですし。一編みごとに愛情と愛情と愛情と……強めの欲は込めていますが! ああ、早く私が作ったネックウォーマーをつけてぬくぬくしているコールさんが見たいです! そこに手を突っ込んで~、あったか~い、コールさん首太~い! ってやりたいです~!! 背中と雄っぱいも触りた~い!」
「途中からネックウォーマー関係なくなってるじゃねえか、この変態」
「なんか~、怨念が籠ってる感じよね~」
ポワンと宙を見て口の端を少し煌めかせるサニーにカルメとウィリアが揃って呆れた。
ところで、三人が息抜きついでにと一生懸命に編み物をしているのには訳がある。
花祭りでは大切な相手に防寒具を渡すという風習があるのだ。
元は春の時期に油断して薄着のまま外を駆け回り、風邪をひきやすくなってしまった我が子を心配して母親がマフラーやセーターを贈ったのが始まりなのだが、時の経過により少しずつ風習が変わって、今では家族か恋人にプレゼントを贈る日となっていた。
そのため、カルメたちはそれぞれ愛しい人のためにせっせと防寒具を編んでいるのだ。
ちなみに、この前コールが「事情は言えないが採寸したい」と申し出てきたのも、おそらくだがサニーへの贈り物が関係している。
また、手芸が得意な二人はともかくサニーまで手作りで防寒具を! と言い出しているのもコールからへの贈り物が関係していた。
意中の相手へやんわりと好意を伝える絶好の機会をサニーが利用しない手はない。
元々、サニーは既製品の防寒具を贈ってコールへアプローチすると同時に、身につけさせてマーキングする予定だった。
しかし、何やらコールが自分へ手作りの品を用意していると察して、思いに応えるために彼女自身もプレゼントの自作を決意したのだ。
当初は長いマフラーを編んでグルグル巻きにしてやろうと考えていたのだが、編み物の技術が壊滅的であったため潔く諦めてネックウォーマーに変更した。
妥協の選択だったが、
「ネックウォーマは輪っか。首に通す輪っか……すなわち、限定的な首輪? しかも、私の手作りの? イイですね!!」
と鼻息を荒くし、最終的には納得の上で選択したようだ。
今も力いっぱい、愛情いっぱいに毛糸を編み続けている。
「あ~あ、さっき言ったのに、あんなに肩に力入れちゃって……こんがらがらなくてもギチギチになって縮んだり、目の大きさがバラバラになったり、編みとばしたりしちゃうぞ。もっとリラックスしてやるんだよ」
「むぐ……分かってはいるのですが、実行できないというか」
まあ、どんなにコツを説明されたところで実行できないから不器用な人間は不器用なのだ。
どうしても不器用を脱却したければ自分の行動を振り返りながら練習を繰り返すしかない。
それにはどうしても時間がかかるのだが、すぐにコツを掴むことができ、あまり不器用で苦労した経験がないカルメは不思議そうに眉間に皺を寄せていた。
「全く、困ったもんだな……なあ、ウィリア。どうしたんだ? いつもはうるさいのに今日はやたらと元気がないな。落ち込んでるのか?」
元気いっぱいに活動する姿が魅力的なウィリアだ。
普段は積極的にお喋りに参加するし、人の話を聞いている間もキラキラと輝く瞳やクルクル動く表情には感情が反映されていて、たとえ黙っていても賑やかになる。
そんな彼女が上の空で黙々と編み物を続け、たまにしか会話に参加してこないのがカルメには少々、引っ掛かっていた。
また、視線も俯きがちであり、頻繁にため息を吐いているのも気になる。
必死に編み物をしていたサニーは特に意識していなかったようだが、カルメの指摘に心当たりを感じたらしく、彼女も不思議そうにウィリアを見つめた。
二人から訝しげな視線を向けられた上に、急に話題の中心へと連れてこられ、ウィリアは、
「ふぇっ!?」
という、間抜けな声を出して肩を跳ね上げさせた。
それから意外と心配そうな二人を見てバツが悪そうに目を逸らす。
「いや、落ち込むってほどじゃないんですけど。ただ、羨ましいなぁって思って」
「羨ましい?」
「あげっぱなしじゃないのが羨ましいなって話です。二人とも、貰えるでしょ? 手作りのプレゼント。この風習は女性限定のものみたいになってますから。珍しいんですよ、男性から貰えるの」
コールの他にログも防寒具づくりに励んでおり、時折、休憩所ではセイ以外の全員が編み物をしていることがあった。
熱心な男性陣二人を見て微笑ましく思うと同時に、毛糸玉に触れてすらいない自分の恋人を見るとウィリアの胸には何とも言えないえぐみが広がった。
思い返せば、セイから花祭りでプレゼントを貰った記憶がない。
勿論、誕生日プレゼントなどは毎年貰っているし、何の前触れもなくアクセサリーなどを贈られることもある。
ウィリア自身が指摘した通り、基本的には女性のみがプレゼントを渡すことが慣習化されているため、セイから防寒着を貰えないこと自体はそこまでおかしなことでもない。
自分のような女性の方が多いのだということも分かっていた。
しかし、当たり前のように花祭りのプレゼントを贈ってもらえるカルメたちを見ていると羨ましくて、まるで自分が大して愛されていないのだと突きつけられているようで、ジクジクと胸が痛んだことも事実だった。
『…………』
言語化できない痛みが心臓に広がって目の奥がじんわり熱くなる。
どうやって誤魔化そうかな?
そんなことを考えていると、カルメがウィリアの頬に触れた。
「カルメさん、どうしたんですか~?」
泣きそうな心を悟られぬよう、わざとキョトンとした表情で首を傾げると、カルメは小さく首を振った。
「いや、泣いてる気がして、何となく触ってしまった。でも、気のせいだった」
「なんとなくで女の子のほっぺに触るなんて~、カルメさん、タラシですぅ~。ログが嫉妬しちゃいますよ~」
ムフフと口元に指先を添えて揶揄えば、
「何だよ、私はチャラ男じゃないぞ!」
と、カルメが口を尖らせる。
場は和んだが、ケラケラと笑うウィリアの心臓は痛んだままだった。
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