通常運転スケベサニー

 間抜けな緊張感が漂う中、

「サニー、凄い声だね。そんなに僕の名前を呼んでどうしたの? サニーも僕のことを探してたの?」

 と、サニーを探して村を練り歩いていたコールが嬉しそうに三人の方へやって来た。

 もうだいぶ温暖であるというのに相変わらず真っ黒な分厚いコートを着用していて、視覚的にもかなり暑い。

 本人は春仕様で冬よりも生地が薄いから涼しいくらいだというのだが、本当だろうか。

 控えめに手を振るコールは、ひたすら想い人の名を叫ぶという狂気に直面してもなお、満面の笑みを浮かべている。

 コールの前では上品に振舞うと宣言しつつ奇行とスケベを繰り返してばかりな彼女にすっかり慣れてしまったのか、あるいは意外と物おじしない性格をしているのか。

 多分、両方だろう。

 コールは長年引きこもって可能な限り人間と接触することを避けてきた箱入りのお坊ちゃんだから一般常識に乏しく、サニーに真剣な顔で「そういうもんだ!」と教えられれば頷いてしまう、純粋で素直な心を持っている。

 そんな彼は慣れ親しんだ人間への警戒をガッツリ解いて懐いてしまうという、少し危うい性格をしているが、決して攻撃性がないわけではないし、馬鹿でもない。

 むしろ内弁慶ぎみで、身内であればあるほど嫌なことはハッキリ嫌だと伝えて拒否できるし、いくら好きな子だとはいえ、サニーに無茶を言われれば叱る強さだって持っている。

 素直ぎみではあるが、何でもかんでも受け入れて疑わぬような愚かな人間でもないのだ。

 この一見するとモジモジとした気弱そうな性格をしておきながら、同時にジャキンと針を出して反撃してきそうな、決して飼いならすことも支配をすることもできない感じがサニー的には堪らない。

 だからこそ飼いならしたいし、逆に飼いならしきれないのをギリギリの感覚で自分の側に保つというのも堪らないらしい。

 サニーの最終目標は愛しいコールにアプローチをしまくって完全に懐いてもらい、離れがたいほど惚れさせた上で揶揄い、つつき回し、スケベを繰り返すことだ。

 そうして照れて赤面したり怒ったりしながらも自分の側から離れず、幸せそうに生活する姿を至近距離で見つめ、甘やかす生活を送ることが彼女の願いだった。

 コールの心を手に入れるためなら魂を賭けられる豪語し、現在はせっせと外堀を埋めながら一生懸命に距離を詰めている最中である。

 そんな彼女のテンションはコールの登場で上がりに上がりきったが、流石にこれ以上はいけない! と感じた彼女は叫ぶことを止め、ニコリとお上品に微笑んだ。

「そうよ。コールさんに会いたいなって思ったから、つい。来てくれて嬉しいわ。ところで、『サニーも』ってことは、元々コールさんは私のことを探していたんでしょう? 何のご用事?」

 アホ毛の出た髪や皺のついた衣服をササッと整えて身だしなみをキレイにし、柔らかく首を傾げれば、途端に真っ赤になったコールが、

「え、えっと、その、ええと……」

 と、モゴモゴ口籠った。

「どうしたの? もしかしてスケベなご用事? カルメさんとログに帰宅してもらいましょうか?」

「ち、違うよ! そういうのじゃないから。えっと、その、何でかっていうのは言えないんだけど、採寸してもいい?」

 ポケットから取り出したのは採寸に用いるのであろうメジャーだ。

 コールが好きな女の子のスタイルを数値化してニマニマする変態でもない限り、サニーの採寸をするということは彼女に対して衣服を作ることになる。

 時期も併せて何かを察したらしいサニーがパッと表情を明るくした。

「ええ、いいわよ。野暮なことだって聞かないわ。でも、期待してもいい?」

 自身の唇に指を当て、蠱惑的な表情でコールに問う。

 彼は耳まで赤くして少し視線を下げ、

「う、うん……」

 と、小さく頷いた。

「じゃあ、早速図っていきましょうか。コールさん、私はどうしたらいいの?」

「えっと、そうだな。サニー、今回の測定は服の上からでも大丈夫なんだけれど、できるだけ薄着になって、腕を広げて。あ! 下着とかにはならなくていいからね! 本当に!!」

 今日もサニーに対する解像度が高い。

 彼女が食らわせてきそうな揶揄いを先に潰し、コールはメジャーをシュルシュルと伸ばした。

 ところで、引きこもりコールはニートではない。

 雑貨屋の商品を作る職人だ。

 手芸が好きで作品作りに誇りを持っている彼は採寸が始まると先程とは打って変わって真剣な表情になり、サニーに触れても決して照れずに黙々と作業を進めていった。

 そうして腕の長さや肩回り、肩から尻までの長さや腰回りなんかを測定していく。

 数値をメモ帳にかき込んでいくコールの肩をサニーがツンツンとつついた。

「コールさん、ここは良いの?」

 ニマニマと悪戯っぽい笑みを浮かべるサニーが指差すのは自身の胸だ。

 サニーの周囲の女性に比べれば比較的こぢんまりとした胸をコールはドギマギとガン見した。

 すっかり白く戻っていた顔色がボンッと爆発したように赤くなる。

 実はコール、いくら真剣に採寸を進めているとはいえ、流石に胸に関しては意識してしまっていたし、いくら採寸のためとはいえサニーに、

「胸まで図るなんて、このスケベ! 何を作ろうとしてんのよ! あんたの作ったイヤらしい服なんかいらないから、今すぐ手を切り落として私に土下座しなさいよ! 広場ではりつけにして、みんなで石を投げてやるわ! 死刑よ、死刑!!」

 と怒られるのが怖くて、測れなかったのだ。

 そのため、測り忘れてない? 大丈夫? と問われるのは良いのだが、サニーの場合、表情と本人の思考も相まって完全に逆セクハラである。

 怒られるのは嫌だが、だからといって色っぽく迫られてもコールの場合は困ってしまう。

「え!? そ、それは、その……必要、だけど、でも、えっと、なくても平気かもっていうか、多分、多分だけど」

「でも、情報は多い方が良いんじゃない? ほら、平気だから測って」

 小ぢんまりとしているが、服の上からもハッキリあると分かる程度の大きさなので、頑張ればちょっと揺れる。

 サニーがやわく胸、というか上半身を揺すると、コールの視線が面白いように泳いでから真下を見つめた。

「サニー、あの、自分で測れない?」

「無理よ。私、図ったこと無いもの。それに自分でやったら位置がズレて情報が不正確になっちゃうわ。ほら」

 胸に手をやり、ズイッと寄っていく。

 一瞬、後退りかけたコールが覚悟を決め、メジャーを手に恐る恐るサニーの方へ歩み寄る。

 背の低いサニーと反対にかなり背丈の大きなコールではかなり身長差があるので、彼の方が屈むことになる。

 サニーは真っ赤になってメジャーを引き延ばし、背中にシュルリとメジャーを回すコールにテンションを上げ、メーターを振り切らせていた。

『あぁぁっぁぁああああ!! コールさんが、がわいい!!!! がわいぐで死んじゃうよう!! このままギュって抱っこしたい! コールさん! コールさん!! ふっふぃひひぇへへ……!!』

 体が小刻みに震えそうになるのを全身に力を込めて押さえつける。

 これに対し、コールの方も絶対にサニーに触れてしまわないようにと神経を使っていたのだが、最後に胸の前でキュッとメジャーを絞るのができなくてまごついた。

 どうしてもイヤらしい感じになっちゃうよな、どうしよう……と、恋愛一年生、まともな女性に触れてこなかったコールが困っていると、その姿に堪らなくなったサニーがムニンと彼の手に胸を押し付けた。

 メジャーを握りっぱなしだった手に柔らかく触れる胸と漂う花の香り。

 コールがテンパらない訳が無い。

「サササササ、サニー!!!」

「どうしたの、コールさん」

 平然と問いかけるサニーは胸を押し付けたままだ。

 その後、モチンとさらに密着させて手の少し開いた空間に胸を押し付ければ驚いたコールが跳ね上がり、そのまま大慌てで彼女から距離をとった。

「サササ、サニーのスケベ!!」

「コールさんが触ったのに?」

「え!? だ、だって、サニーが押し付け……」

「そうね。かわいすぎて、つい。でも、ちょっと揉まなかった?」

「揉んでない! た、多分、揉んでない!!」

 真っ赤な顔でブンブンと首を振るコールにニコニコと微笑んだサニーが一歩近寄れば、彼は三倍の距離をとる。

 油断すればコケて尻もちをついてしまいそうな、たどたどしい歩き方にサニーの心臓が鳴って止まない。

 愛しさと熱が上がりっぱなしになり、とてもじゃないが正気でいられなくなった。

「コールさん、かわいい。ごめんね、ついバランスが取れなくて胸がすべちゃったの。次は気を付けるから、ちゃんと測って?」

 猛禽類のような瞳をしたまま、まだまだ押し付け、あわよくば、

「触られた分触っていいよね!?」

 とイチャモンをつけ、コールを揉みしだくつもりでジリジリとにじり寄って行く。

 猛獣のような雰囲気をまといだしたサニーにコールが少し怯え、ゾクゾクとした熱で震えながらさらに首を振った。

「胸がすべるって何!? 駄、駄目!! 僕、こういう時はサニーが何度でも同じこと繰り返すって知ってるからね! だ、だからやらない! ケイトさんに測ってもらうから後で家に来て!」

 小動物の勘でサニーの油断を敏感に察知し、バッとフードを被ると、コールは捨て台詞を吐いて自宅へと逃げ帰った。

 完全にコールが見えなくなったところで、サニーが膝から崩れ落ちる。

「コールさん! 愛らしすぎるコールさん! 最高です!! 我慢できなくてはしたない行動をとってしまい申し訳ありません!! ですが、最高過ぎました!!!!」

 地面に向かって激しく絶叫している。

 一日に何回も叫んでいて、サニーの喉は無事なのだろうか。

 今のところ掠れたりはしていないが、切れて血を吐きだしてしまったりしないか不安だ。

 また、コールとイチャつくたびに焼ききれそうになっている脳も少々心配である。

 サニーは両手と両膝を泥の混じった雪解け水で汚しながらハァハァと四つん這いになっていたのだが、急に思い立ったように顔を上げ、キッとカルメの顔を見つめた。

「カルメさん、カルメさん! 採寸なんて始めからケイトさんに頼めばいいのに直接、私を測ろうとしたのは、できるだけ自分の手で作品を作っていきたいというコールさんなりの矜持があったからだと思うんですよ! でも、胸の採寸を断り切れなかったのは下心があったか、あるいは押し負けたからだと思うんですね! 私は前者だと非常に嬉しいですが、後者も最高なので甲乙つけがたいです! カルメさん的にはどっちだと思いますか? ねえ、カルメさん!!」

 キラキラの瞳で問いかけてくるサニーに、変態には冷たいカルメが侮蔑の視線を浴びせた。

「知らねえよ」

 両腕を組み、吐き捨てる隣でログも何とも言えない苦笑いを浮かべている。

「多分、前者じゃない? コールだし」

「ログもそう思う!? コールさん、かわいいむっつりスケベさんだもんね! ああーっ!!」

 絶叫するサニーに「うるせぇ……」と舌打ちをするカルメだが、彼女はツンデレな優しさを併せ持っているので、仕方がないなと助け起こすと水魔法を使って水球を出した。

 それからハンカチも使ってサニーの肌についた汚れを拭っていく。

「ありがとうございます、カルメさん! これで真っ直ぐコールさんの所に行けます!」

 グッと両手を握り締め、元気いっぱいに笑うサニーに、反対にげんなりとしたカルメが苦笑いで頷く。

「そうだね、コールもドキドキしながら待ってるだろうし、早くケイトさんの所に行ってあげなよ。それと、村のはずれで星花が咲いてたから、できるだけ早く準備を始めた方が良いと思うよ」

「あ、本当? それは良かった。今年は色々と忙しいし、早く始めるわ。コールさんと甘いひと時を過ごした後でね!」

 あれだけ星花に執着していた割に、コールが絡めば彼が勝つらしい。

 サニーは鼻歌でも歌いだしそうなほど足取りを軽くして、ドッと疲れた二人の前から去って行った。

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