前日譚

 「ただいまぁ」


 ここは実家にほど近い丘の古びたデッキ。自分の部屋でもないのに、自分の部屋よりも安心できる唯一の場所。


 私は月が好きだ。そしてそれは私の憧れであり、絶対に届かないものであって、妬むもの。


 私には左腕がない。私にとってはたったそれだけ。それなのにみんな私を遠ざけて、蔑んで、挙句の果てには哀れんだりする。きっと私の住むところは白夜。当分の間隠れる場所の無い残酷な世界。私みたいなのは、特に。


 消えたい。何度もそう思ってここに来る。ここは誰も来ない、ここなら私を蔑む目もなければ、憐れむ目もない。


 考えすぎだとか気にしすぎだとか、そう思うかも知らないけれど。私だってなりたくてこうなったわけじゃないんだし、大体問題私を追い込むのは貴方たちなんだから。


 そんなことを考えながら、ふと空を見上げれば、この夜を取り仕切る月がいつもより輝いていることに気が付く。あぁ、そういえば今日はスーパームーンだとかネットニュースでいってたっけ。


 …聞いてよ、私なんていて意味あるのかな。どうせ親族も母親一人、こんないるだけ邪魔なもの、何であるんだろうね。私だってこうやって生まれてきたかったわけじゃないのにさ。


 気付けば私は、祈りを捧げるように片手しかない腕を立てて、それに語りかけていた。


 「ねぇ、月。」

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