人間1日30分寝れば大丈夫だって。どうなるか知らんけど。

 クソ上司の指示に従い、急ぎ出張の準備を始める。まだお昼前ということもあり、うまく準備が終われば、陽が落ちる前に出発ができるはずだ。むしろ出発できないと間に合わない。


 ふとした拍子に苛立ちが顔からあふれ出さないように気合を入れなおしてから、ギルドの職員室を出て受付へと向かう。同僚達は我関せずと言わんばかりに目を合わせない。くそったれな薄情者どもは一旦おいておき、わずかな可能性に賭けて馴染みの冒険者達に声をかけてまわる。


「いやー、その報酬でその内容は罰ゲームでしょ。申し訳ないけど今回はバスで。相変わらずレイブン支部長は厳しいね。」


 状況を察した冒険者たちから同情の視線を浴びるも、依頼を代わってくれる者はいない。この役立たずの恩知らず共が。


 冒険者への依頼は諦め、第一の山場である同僚への残務依頼をするため職員室へ戻る。当然ながら半月にも及ぶ急な出張となると手持ち業務の処理を誰かに手伝ってもらわねばいけない。

 数多のノルマを抱えている第3支部の職員は言葉通り余裕がない為、頼むためにはとんでもない借りを作ることになる。だが今回はこのクソみたいな依頼を受託してきた犯人を見つけ出し、そいつに無理やりにでも押し付けるつもりである。


 勢いよく職員室の扉を開くと、後ろめたさを持つ人間特有の焦りや動揺を見逃さないよう目を皿のようにして室内を見渡す。すると妙に貧乏ゆすりの多い金髪の女が目が目につく。

 大きく靴の音を鳴らしながら席の後ろに立ち、視線に少しばかりの殺意を込めて見つめづづけること数分。媚びたような卑屈な笑顔でこちらに振り向いた。


「あの、先輩…… 風の噂で聞いたのですが、急な出張が決まったそうで…… もしかったら日頃お世話になっていますし、不在の間の業務を少しばかりお手伝いをしましょうか?」


 金髪の短いボブスタイルに淡い緑色の瞳。綺麗と言うよりも可愛いといった声が多い顔立ちだが、第3支部に染まった目の下の大きな隈とひきつった口元がすべてを台無しにしていた。

 その反応から、この女が今回の依頼を受託してきた犯人と確信する。正直こいつは常習犯といったレベルで同様のミスをするため最初から目星はつけていた。

 顔がいいからつい値引きしちゃうってなんだよ。ギルドの仕事を八百屋のおばちゃん間隔でやるんじゃねえよ。


「そうかそうか。 俺はリンカのような先輩思いの出来た後輩をもてて本当に幸せだよ。 じゃあ向こうのデスクにある資料をお願いしてもいいか? わからないところは周囲の人間に聞いてみてくれ。」


 山のように積まれた資料を指さして告げる。単純計算で半月分の資料の為、リンカは2週間の間は家に帰ることはできないだろう。クソみたいな依頼を拾ってきた代償は睡眠時間と労働時間の交換で払ってもらう。


「えっ……ちょっと、多ぎません? 先輩がギルドに帰ってくるまで私が家に帰れなさそうなんですけど。」


「どっかの誰かがとんでもない依頼を受託してきたおかげで、俺は半月の間ずっと野宿で徹夜みたいなスケジュールで出かけないといけないんだよね。 どう思う?」


「先輩が頑張ってるんですもんね。 後輩の私も負けずに頑張ります! ……足元見やがって、このクソ赤目が。」


 後半の言葉は聞かなかったことはするが、反省の意を込めてリンカの頭に拳骨を落とすと無事に残務処理の目途がついた俺は爽やかな笑顔でその場を後にした。





 


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