第26話 格の違いと援軍到着
クラヴ・マガ、というものがある。
護身術の一つであり、相手に効果的なダメージを与える事、武器を持った、もっと言えば自分よりも強い武力を持つ人間との相対を念頭に置いた格闘術である。
基本的には人間の咄嗟の反応を利用した格闘術であり、具体的な技としては
「オグォッ!?」
指を猫のように指を僅かに曲げ、そのまま喉を突く。
たたらを踏みながら下がる男に、蓮司は更に肉薄する。そのまま腕を掴み、引き寄せ
相手の顎に肘を叩き込む!
「〜〜っ!!」
しかし男も負けじと掴みかかってくる。
しかし蓮司は焦らなかった。
そのまま相手の親指を掴み、捻る。
「ぐぁぁぁ!?」
激痛のあまり膝をついた男の顔面に膝蹴りを叩き込む。
「ごっ…ぉ!?」
再び地面を滑るように後ろへと吹き飛ばされる男。
『つっよ!』
『容赦ねぇ……』
『圧倒的やん!』
『行け行けー!』
万全の素人と不調な武道家。
蓋を開ければこの通り、戦いにすらならない。
どれほどの力があろうと、術理を用いた技の前では天と地ほどの差がある。
「今のは人間が長い年月をかけて培って来た技の一端、命を守り相手を制圧する為の武道だ」
冷たく見下ろすように告げる蓮司。
「はぁ、はぁ、くそ…」
勝てない。
そもそも男と蓮司では積み上げたものが違いすぎた。
己を高め続けた蓮司と、他者の足を引っ張るだけだった男。
歩んで来た道がそのまま二人の実力差だった。
「分かっただろ…あんたじゃ俺には勝てない。このまま大人しくしていてくれ。ダンジョン内で多くの人間を脅かしたんだ、このまま警察に引き渡す。」
「!!」
瞬間、男は飛び退いた。
諦めた様子の無い男に、蓮司は目を細める。
「まだやるのか?」
「当たり前だろ……!それに俺には……」
「仲間がいる…だろ?」
「な、何で…」
考えを読まれ、狼狽する男に蓮司はつまらなそうに言う。
「あんたの異能、対象は一つしか選べないんだろ?魔力の操作が鈍ったけど、他の感覚はそのままだ」
図星だった。
男が乱せる信号は一つだけ。
異能の制約、というよりかは魔力操作の熟練度不足が原因である。
「五感が普通なら大抵の事はわかるよ。呼吸音、視線、水晶わずかに写る影…ヒントは沢山あった。人数はあんたの他に五人って所かな」
数まで言い当てられ、男の顔が僅かに引き攣る。
しかし直ぐに余裕の笑みへと表情は変わった。
「はっ、それで?俺を含めた、六人の異能者に勝てると思ってんのかよ?能力も使えない状態で!!」
男の叫びを合図に、物陰からぞろぞろと人影が出てくる。
「おいケンジ!しっかり撮ってるんだろうな?」
「あぁ、さっさとこのガキぶちのめしてくれ」
迷惑系配信者……ケンジと呼ばれた男は映像を撮るためか、仲間達の後ろに下がる。
「悪いな。まぁ俺たちのお小遣いの為に、無様な姿を晒してくれや。」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる男達。
それぞれの手に、炎や水、風が渦巻く。
「ふぅ…」
対して、蓮司は短く息を整える。
「!?」
瞬間、男達に向かい走り出す。
(馬鹿かコイツ!?)
ケンジは目を見開いた。
異能者の集団に身一つで突っ込むなど、自殺行為に等しい。
まして、普段よりも落ちた身体能力でだ。
普段通りに動かない体、使えない能力。
普通なら間違い無く撤退を選択する状況だ。
『は?こいつ突っ込んでくるやん』
『ヤケになっちゃったのかなー?』
『お得意の武道wでなんとかするんやろw』
先程まで自分の醜態を笑っていた視聴者達も手の平を返したように蓮司の行動を馬鹿にし始める。
しかし、蓮司の目に、何より足取りに迷いは無い。
一切の減速なくこちらへと突撃してくる。
『ひいらぎ君!?』
『嘘だろ、突っ込むのか!?』
『まずいぞ、攻撃が飛んでくる!』
男達は蓮司の突撃に一瞬戸惑ったが、直ぐにこれ幸いと各々の異能を放つ。
眼前に迫る異端の力に、しかし蓮司は怯まない。
「……ここ」
短く呟く。
そして、蓮司は攻撃を通り抜けた。
「は……?」
声が漏れる。
馬鹿な。
ありえない。
そんな思考がケンジの頭を埋め尽くす。
しかし同時に目の前で起きた出来事を把握していた。
(おかしいだろ!明らかに直撃コースだったはずだ!だってのにあいつ、一切止まらずに攻撃の隙間を通り抜けやがった!!)
たかが数人の弾幕。
それも金目当ての烏合の衆の連携であるならば。
隙間無く攻撃を放つなど不可能だ。
「クソ、こうなったら殴り殺してやる!」
集団の一人が異能から素手での攻撃に切り替える。
だが、それはあまりにも悪手だ。
蓮司は一切速度を落とさず、前に出てきた男の鼻に飛び膝蹴りを叩き込む。
「ごぉっ……」
鼻をへし折られ、怯む男のみぞおちに拳を叩き込み怯ませると、位置が下がった男の顔に再度膝蹴りを打ち込む。
「かっ……」
脳を揺らされ、完全に意識を刈り取られた男はそのまま地面に倒れ込んだ。
(後五人…!)
息ひとつ乱さないままに一人撃破した蓮司に男達は僅かに怯む。
だが直ぐに気を取り直し、蓮司を囲むように動く。
(中々場馴れしてる…やっぱり初犯じゃないのか?)
囲まれながら蓮司は男達の様子に眉をひそめた。
仲間が一人顔面を潰されたというのに、大して怯んだ様子もない。
仲間意識が薄いにしても初犯でここまで肝がすわっているとは考えにくかった。
(なんにしても、そろそろ厳しくなってきたな…)
落ちた身体能力の限界。
モンスターと異能者の集団に気を張りながらの戦闘に加え、腰にはそれなりに重量のある刀。
このままでは倒し切る前にこちらの体力が尽きる。
蓮司はそう分析した。
(そうなる前に、あの配信者を撃破する)
いかなる異能であれ、使用者の意識が無くなれば解除される。
射程距離がどれ程か分からない以上、今の足の速さで逃げるのは現実的では無い。
(ここからはスピード勝負。被弾覚悟で突っ込んで、最短最速でこちらの能力を取り戻す!)
腰を落とす。
今出せる最速の踏み込みで、ケンジの懐に入り込もうとした時だった。
「っ!?」
炸裂音が、その場に響き渡る。
突如響いた轟音に、蓮司だけでなく襲撃者達の動きも止まる。
『なんの音だ!?』
『モンスターか!』
『いや、でもこんな音出すやつ、上野のダンジョンに居たか!?』
コメント欄も突然の出来事に混乱する中、蓮司は今の音の正体に気付いていた。
(この音……それにこの匂い、今のは銃声か!?)
聞き覚えのある音と火薬の匂いから蓮司は推測する。
「尾形健二!並びにその一党!直ちに武装、及び異能を解除し、両手を頭の上に置きなさい!!」
凛とした声が聞こえてくる。
蓮司は急いで声の方向へと目を向けると、そこにはどこか機械的な拳銃を天井へと向けた女性がこちらへ鋭い目を向けていた。
しなやかな黒髪を後ろで結んだポニーテール。
タイトな黒のパンツに、安全靴のようなもの。
膝や肘関節には、またもや機械的なプロテクター。
そして何より、青を基調としたジャケットに刻まれた桜の代紋。
それが意味するのは……
「……警察?」
蓮司のそのつぶやきに答えるように、女性は告げる。
「こちらは特別異能犯罪対策課」
そして蓮司に向けて微笑み
「あなたを保護しに来ました、柊蓮司さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます