第25話 対峙と種明かし

「皆さんこんばんは!柊蓮司です!今日も無事に配信を始める事が出来ました!」


『うぉぉぉ!!』

『きたぁぁぁ!!』

『待ってました!!』

『無事に配信始められました草』

『ボタン間違えずに済んだのねw』


幕を開けた第二回配信。

震える指先で押したボタンは、しっかりと配信開始ボタンだったらしく、蓮司は映像と音声が無事に流れている事に安堵する。

「今日は告知した通り、上野公園のBランクダンジョンに来ています!」

蓮司はダンジョン入り口を見せながら、カメラへと語りかける。

「水晶洞窟がどんな景色なのか、楽しみです!」


『おぉっ、初見ダンジョン!』

『ひいらぎ君ニッコニコやん』

『笑顔可愛い』

yonagi『ぺろぺろしたい』

『よなぎちゃんもぺっろぺろや』

『混ざっとるで』


コメント欄も概ね好印象だ。

一部不適切なコメントが見えなくもないが、そこは一旦スルーする。

(このままいけば無事に終わるかな…?)

しかし、蓮司のそんな考えを打ち崩すかのように、とあるコメントが流れ始める。


『あざとすぎ、言っとくけどイタいよ』

『てかダンジョンのランク落ちてんじゃん、日和った?』

『自信ないんだろw怖いからw』

『最近増えたよな、こういう調子乗ったガキ配信者』


「……ふむ」

驚きは無い。

予想は出来た事だ。

こういったコメントは基本的には無視した方がいいと蓮司は都香沙からアドバイスされている。

故に、そのコメントに触れる事はまずしない。


『は?何このコメント。馬鹿じゃね?』

『初見ダンジョンで安全マージンとるのは当たり前なんだよなぁ』

『モラルも知識もないからこんな所で馬鹿みたいなアンチコメ出来るんだろw』

yonagi『ぶっ殺すぞクソアンチども』

『よなぎちゃんもようキレとる』


しかし視聴者はそうもいかない。

早くもコメント欄で喧嘩が勃発しようとしている。

そしてまさかのアドバイス主が一番過激な発言をしていた。

ここで足踏みは良くない。

そう考えた蓮司は早速ダンジョンへと足を踏み入れた。

「それじゃあ、潜って行きたいと思います!」






「……すごい」

その光景を見た、第一声はそれだった。

水晶洞窟。

その名の通り、辺りには水晶が所狭しと生えている。

水色に輝くそれは、光源を内包しているのか淡く輝き、洞窟内を眩く照らす。

地面こそ普通ではあるが、壁だけでなく地中からも生えているのを見ると、少し掘れば大量の結晶が出てくるに違いない。

「すごい綺麗だ…幻想的って、こういう事を言うのかな…」


『めっちゃ綺麗やん!』

『すご!まさにファンタジー!』

『ひいらぎ君目キラッキラやん』

『そりゃそうなるよ、俺何回か配信で見てるけど、毎回感動するもん』

yonagi『柊君嬉しそう…今度根こそぎ掘って送ろうかしら…』

『それは嫌がらせやで』


都心ではまず見られない光景に目を輝かせる蓮司。

この先の光景に胸を踊らせながら、足を進めるのであった。




「意外と魔物が出ないんですね。」

配信開始20分。

風景を楽しみながら進んでいた蓮司だが、あまりにも静かな事に、少し驚いた声を出す。


『確かに』

『景色に夢中だったけど、魔物おらんね』

『ひいらぎ君にビビってる説』

『無くはないのが彼の恐ろしい所』

yonagi『すまし顔の柊君をずっと眺めてられるのね…』

『需要はあるから一安心やな』


一部のコメントも魔物が出ない事を訝しんでいるようだ。


『何この配信、つまんな』

『早く戦えよ』

『魔物いないのにどう戦えとw』

『うるせぇから他所にいけよ』

『こんな奴らに居場所なんかあるわけないだろw』

『お前らも大概だけどな?』

yonagi『あ!今柊君がこっち見た!』

『よなぎちゃんが平和そうで何よりや』


アンチコメントも息を吹き返したのか、再び喧嘩が起こっている。

(うーん、これは参ったな…)

と、考えていた時だった。

かしゃん、と何かが動いた音がした。

「!」

前方、5m先の水晶の陰からソレは現れた。

一言で言い表すなら、水晶で出来たマネキンだろうか。

蓮司よりもやや高い身長の人型水晶。

名をクリスタルドールという。

「ようやく出ましたね。」

一瞬で戦闘へと脳を切り替えた蓮司は、鞘から『紅月』を抜き放つ。


『お!魔物来た!』

『やっぱ紅い刀かっけー!』

『いけいけー!』

『待ってましたァ!』


待ちわびた戦闘にコメント欄も一気に沸き立つ。

「…来い」

クリスタルドールが迫る。

対して、蓮司は迎撃の構えだ。

彼我の距離と突進の速度を計算し、一息に刀を振り抜く。

「……!?」

違和感。

力が上手く入らない。

剣戟の速度も鈍く、刀もいつもより重く感じる。

(あ、ダメだこれ。)

結論は一瞬で出た。

しかし刀は止まらない。

止める訳にも行かない。

結末は分かりきっていても、ここで躊躇えばより悲惨な末路が待っている。

「ぐっ……!」

硬質な音が響き渡る。


『え!?』

『は!?』

『押し負けた!?』

『なんで!?』

yonagi『柊君!?』


一撃でクリスタルドールを切断するはずだった刀は腕ごと弾かれ、蓮司もまた後ろへと大きく吹き飛ばされる。

「〜〜っ!!」

両足が浮く感覚と、僅かに痺れが残る手に顔を顰めながら、蓮司は自己分析を開始する。

(理由は…まぁなんとなく理解してる。問題なのは下がり幅だ、体感で普段の四割近くまで身体能力が下がってる!)

両足が地に着く。

一瞬止まったクリスタルドールはもう既に突進を再開している。

(今の俺じゃ斬れない…なら!)

蓮司は体勢を低く、地面に倒れ込みそうな程にしゃがみこむ。

「──フッ!!」

向かってくる足に刀を叩きつける。

刀剣を用いた全力の足払いに、クリスタルドールは突進の勢いのまま前のめりに倒れ込む。

そのまま蓮司は紅月を手放すと、そのままクリスタルドールの右腕を掴み

「っらぁ!!」

関節技の要領で、クリスタルドールの右腕をへし折った。


『おぉぉぉ!!』

『関節技!!』

『右腕もいだぞ!』

yonagi『柊君ワイルド!!』


コメント欄もまさかの格闘技に盛り上がりを見せる。

(まだだ!)

まだ仕留めきれていない。

蓮司はクリスタルドールが起き上がる前に両手で相手の首、否、顎を掴み、そのまま海老反りになるように持ち上げる!


『お!?』

『これは!』

『プロレス技やん!!』


「このまま折るぞ」

ミシミシと軋む音が響く。

キャメルクラッチ。

力加減によっては人の脊椎すら破壊しかねない関節技である。

「い…けっ!」

バギン!!

と砕けた音が響く。

それがクリスタルドールの首がもぎ取られた音だというのは、あまりにも明確だった。

「ふぅ…」

額に浮いた汗を拭い、息をつく蓮司。

クリスタルドールの頭を片手で持ちながら、蓮司は周囲を確認する。


『倒し方エグッ!!』

『まさかのプロレス技でびっくりした』

『彼に死角はないのか……?』

yonagi『柊君とプロレスしたい』

『欲望ダダ漏れやん』

『ていうか最初押し負けてなかった?』

『確かに、調子悪い?』

『この程度苦戦しないでパッと倒せや』

『接戦の演出とか冷めるわ』

『それな』

『アンチコメ暇なのか?帰れよ』

『居場所ないんだろ』


コメント欄は先程の戦闘の事で持ち切りだ。

しかし蓮司はクリスタルドールの頭をじっと眺めるだけで、コメントに反応しない。


『ひいらぎ君どうしたんや?』

『クリスタルドールの頭見てる』

『おーい、さっきのヤラセについて教えてよー笑』

『何ボーッとしてんの?』

『アンチうるせー!黙っとけよ!』


「────そこか」

「うおぉぉっ!?」

直後に、蓮司はクリスタルドールの頭を背後の水晶へと投げつける。

力は下がっているとはいえ、それでもなお異能者の膂力は高い。

高速で投げつけられた頭部は同じ素材という事もあってか、いとも容易く水晶を破砕する。


『なに!?』

『どうしたのひいらぎ君!』

『コメント見て怒っちゃったのかな?笑』

『ていうか誰かいない?』


砕け散った水晶の後ろから、驚いた声を出しながら、何者かが転がるように出てくる。

黒いズボンに同じく黒いパーカーの男。

年齢は20代手前ほどだろうか。

「く、くそっ、何すんだよ!」

「すみません、気配がしたので魔物と勘違いしてしまいました。ですがそちらこそ、わざわざオウルでは無くスマホを使って後ろから隠し撮りなんて、何をしてるんです?」

見れば男の手にはスマホが握られていた。

「これは…その…別に関係ないだろ!」

「ふむ…『新人配信者、柊蓮司、敗走配信!無様な姿をいつ晒すのか!?』…なるほど」

「あっ……これはその」


『うわ…』

『こんなやつまだおるんや…』

『無様はこいつ定期』

『いい歳してガキの負けるとこ配信して小銭稼ぎかよw』


男のスマホは配信中の画面になっており、そこには蓮司が魔物に敗北する様子を主題にした配信が行われていた。


『あらーw』

『バレちゃった』

『生主こっから逆転あるー?』


「くそっ!」

男は立ち上がり、蓮司から距離をとる。

「別にいいだろ!?人気なんだから少しくらいおこぼれくれたってよォ!!」

「えぇ、隠し撮りや隠れて配信する程度なら、自分は全く構いません。」

「なら…」

「えぇ、だからを今すぐ解いてくれませんか?」

「───!!」

蓮司の言葉に、男は固まった。


『異能?』

『え?』

『なんかやられてたの?』

『ひょっとしてさっきの戦闘での不調って…』

『いや言い訳やろw』

『アンチ静かだけど息してる?』


「何を、言って…」

冷や汗をかきながら、男は言い淀む。

そんな男に、蓮司は容赦しない。

「あなたの事は、SNSの呟きで知ってました。以前も似たような配信をしてましたね。丁度俺と同じ、新人ダイバーの動画」

思い出すのは以前都香沙に見せてもらったスレッドに貼られていた動画だ。

「ずっと気になっていたんです。どうしてこの人は、彼が負ける事を分かっていたのかなって。」

「それは、配信でよくある煽りみたいなもんで…」

「何度も同じ配信をしておいてですか?」

「!!」

蓮司の鋭い目が、男を射抜く。

決して逃がさないという眼光が、男の足を地に縫い付けた。

「気になってあなたの配信のアーカイブ、少し見てみたんです。内容はどれも同じ、新人ダイバーがダンジョンの魔物にやられて逃げる動画。それをあなたは笑いながら隠し撮りしていた。」


『うわ…趣味悪…』

『最低すぎるな…』

『クソ野郎やん』


男の所業に、コメント欄も非難の嵐だ。

「でも、おかしな話なんです。どうしてあなたは毎度そんな場面を逃さず配信出来るのか。どうして負ける事が分かっているのかのような配信を出来るのか。」

淡々と、蓮司は真実に迫って行く。

「単純な話、あなたがそう仕向けてたんですよね?自分の異能で。」

「な、何を…」

狼狽する男に構わず、蓮司は更に語っていく。

「最初に違和感を覚えたのは、あなたに尾行されてる時でした。学校の帰り道や日々の外出の時、なんとなく視線は感じても、あなたを見つけられ無かった。」

感覚にフィルターがかかったような状態。

蓮司はあの時、自身の状態をそう評した。

「この時俺は、他人の感覚を鈍らせる異能だと思いました。でも、学校に侵入された時、それは違うと感じた。」

監視カメラは順番に映像が乱され、犯人の移動経路は割り出せても、姿を捉える事は出来なかった。

「監視カメラの映像に干渉出来る異能なら、人の体に干渉する異能とは違う。異能を二つ持つことはありえないのなら、犯人は二人…そう考えていました。」

そして、と蓮司はそこで言葉を区切る。

「極めつけはあの動画。逃げる彼は『力が使えない』と言っていた。つまりあの時彼は自分の異能を誰かに封じられていた」


『は!?』

『異能封じの異能!?』

『聞いた事ないぞそんなの!』


騒ぎ出すコメント欄を脇目に、蓮司は更に続ける。

「つまり犯人は最低三人の共犯だと思っていました…でも違ったんです。一つだけ、全てを可能にする異能があった。」

感覚を鈍らせ、監視カメラに干渉し、他人の異能を封じる。

それら全てを可能にする異能は

「電気信号への干渉。あなたは電子機器や、体内の微弱な電流を乱す事で、映像記録を乱し、他人の五感の一部を鈍らせ、、そして魔力操作を妨害した…そうですよね?」

「……クソっ!」

電子機器は言わずもがな、人間の体にも微弱な電流が流れている。

例えば歩行や日常生活の些細な動作も脳からの司令が微弱な電気信号として流れる事で行動として出力される。

五感もまた神経と脳が電気信号でやり取りする事で、熱い、辛い、甘い、冷たい、といった感覚を認識する事が出来る。

魔力操作も結局の所脳の神経を使った行動だ。

そこを乱されれば、魔力が充分に使えなくなり、異能の使用はおろか、身体能力も格段に落ちる。

「今までもそうしてきたんですよね?魔力操作を乱す事で、バレないように他人を貶めてきた。」


『バレテーラw』

『生主ピーンチw』

『ここまでか〜』


「クソっ!!うるせぇ、うるせぇよ!!」

頭を振り乱しながら、男は激昂する。

濁った目で蓮司を睨みつけながら、スマホを胸元の配信用ホルダーへと固定した。

「だからなんだってんだ!お前が俺の力に気付いても、今俺の異能でお前の能力は落ちてんだ!」

男はそのまま戦闘態勢をとった。

「だったら力づくでテメェを分からせてやれば済む話だろぉが!!」


『なんだこいつ!やっちまえひいらぎ君!』

『ぶちのめせこんなやつ!』

『いや待て、これ実はやばいんじゃないか!?』

『確かに、調子悪い状態で万全な異能者に勝てるの!?』

『ひいらぎ君逃げて!!』


コメント欄が再び高速で動く。

ギラギラと目を輝かせる男は対照的に、蓮司は落ち着いていた。

「異能が世に出て、十年足らず。」

「あぁ!?」

「ぽっと出の異端を拾った素人が、脈々と続く武道の歴史に勝てるかよ。」

嘲るように告げる蓮司。

その言葉を合図に

二つの影が衝突する。

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