第24話彼女の怒りとファンとの交流?
怒髪天。
そんな言葉が頭を過ぎる。
都香沙の周辺の空間が重苦しい雰囲気に包まれる。
小動物程度ならストレスでそのまま死んでしまいそうだ。
(何であんなに怒ってるんだ……!?)
蓮司すら踏み込むのに躊躇する空間。
通い慣れたダンジョンよりも恐怖を感じるなど、思いもしなかった。
「よ、夜凪さん、お茶をお持ちしました!」
「ありがとう、助かるわ。」
「ひぃ!きょ、恐悦至極でございます!」
もはや王政が敷かれていると言っても過言では無い状況。
このままひっそりと自分の席に座りたい所だが、横にいるクラスメイトの縋るような視線を受け、仕方なく都香沙へと歩み寄る。
「あの……夜凪さん」
「柊君!」
「おぉっ!?」
声をかけた瞬間凄まじい速度で振り返る都香沙。
そのままの勢いで蓮司へと駆け寄ってくる。
「大丈夫だった!?具合とか悪くない!?」
「だ、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
「お外出るの嫌になってない!?おうち帰る!?」
「俺そんなにメンタル弱そう……?」
怒りが霧散した代わりに過保護な母親みたいになってしまった都香沙を宥めながら、ひとまず座らせる。
「夜凪さん、今朝のことどこで聞いたの?先生が言いふらすとは思えないんだけど……」
「簡単よ、学年主任を詰問したの。」
「そんな物騒な事したの!?」
まさかの力技で情報を得ていたらしい。
恋する乙女はここまで無敵なのか。
「それで、気分を落ち着ける為に、柊君のエゴサをしてたんだけど…」
「それ落ち着くの……?」
「そしたらコレ見て!」
そう言って都香沙はスマホの画面を見せる。
そこには、蓮司への誹謗中傷が書かれたSNSのスレッドが写っていた。
「これは……」
「有名な配信者には付き物だけど、いくらなんでもこれはおかしいわ!誰かが扇動してる!」
「ん?これは…」
「……柊くん?どうかした?」
画面をスクロールしていた蓮司はあるやり取りが目についた。
『多分これ誰か扇動してねぇ?なんかこの前も新人の配信者にやたらヘイト向けられたよな』
『いたわそんな奴。確か魔物にボロクソやられてんのを別の配信者が配信しちゃって、一気に視聴者離れたよな』
『……なんかその時もこいつ騒いでなかった?』
『そういう奴なんやろ、多分。』
『暇なやつもいるもんやなぁ……』
『ところで、その新人がどうのって配信、どんな動画や?』
『URLのっけるやで』
『助かる』
蓮司はそのURLをタップし、動画を開く。
それはとあるダンジョンでの映像だった。
狼のような魔物に追われた青年が傷だらけになりながら逃げ回っている動画だった。
動画は隠し撮りなのか、撮影者は喋っていない。
だが、くつくつと押し殺したような笑い声が動画の所々に入り込んでいた。
逃げる青年は血を流しながら何かを呟く
『どうして……力……使えな……』
映像はそこで終わっていた。
「…………なるほどな」
「酷い映像だわ…助けないだけならまだしも、隠し撮りして、晒し者にするなんて…」
ダンジョンに入るのは命懸けだ。
故に、無責任に他人を助けろなどとは言えない。
だが、それを晒し、笑い物にするという事を都香沙は許せなかった。
否、都香沙に限らずある程度の倫理観を持った人間ならこの動画を上げた人間も、それを見て笑っている者も、許せるはずなどないだろう。
「夜凪さん、ありがとう。」
都香沙にスマホを返すと蓮司は自分の席に戻る。
その目が鋭い光を宿している事に、都香沙ですら気付くことは無かった。
夕方。
いつも通り蓮司は帰路に着く…つもりだったが
「柊君、今日この後空いてるかしら…?」
と、都香沙に誘われ、2人で公園のベンチでクレープをかじっていた。
「このクレープ美味しい…誘ってくれてありがとう、夜凪さん!」
「甘いの苦手だったらどうしようかと思ったけど、気に入ってくれて良かったわ。」
パクパクとクレープを頬張る蓮司を見て安堵する都香沙。
(誹謗中傷に嫌がらせ…少しでも気分転換になれば良いのだけど……)
ネットでの誹謗中傷は、都香沙にも覚えがあった。
女性というだけでいかがわしいメッセージを送られたり、片想いを公言していたせいでそれを気に食わない人間から暴言を送られた事もあった。
(それでも、わざわざ学校まで来て物を壊されるなんて事は無かった。)
これ程あからさまな悪意を向けてくる相手は極めて稀だ。
(私が柊君を支えなきゃ!)
「夜凪さん、ありがとう。」
「へ?」
都香沙が内心で決意を固めていると、不意に蓮司が礼を言う。
「気をつかって誘ってくれたんでしょ?心配かけちゃってごめんね。でも、俺は大丈夫!だから、そんなに気張らないでいいよ。」
「柊君……」
強がりでは無い。
心からの言葉に、都香沙の肩の力が抜けて行く。
(敵わないなぁ…)
例え、どれほどの悪意が迫って来たとしても。
きっと乗り越えられる。
都香沙は暖かな想いを噛み締めるのだった。
「ふぅ、ごちそうさま。美味しかった!」
「良かった、誘った甲斐があったわ。」
クレープを食べ終わり、ベンチから立ち上がる二人。
すると、後ろから声をかけられる。
「あの、すいません!ちょっとよろしいですか?」
「…なんの用でしょうか?」
今朝の事もあり、警戒する都香沙。
一方の蓮司は、声をかけてきた青年を観察する。
茶髪で清潔感のあるジャケットを着た人懐っこそうな笑顔を浮かべる、子犬のような印象の青年。
(ん?この人……)
蓮司が青年にどこか違和感を覚えていると、彼はどこか緊張したように言う。
「あの、柊さんと夜凪さんっスよね!配信見てます!良ければその、握手して貰えませんか!?」
その言葉に、意表を突かれた二人は一瞬ぽかんとしたが、それくらいなら、と握手に応じる。
「あ、ありがとうございます!これからも頑張ってください!」
「ああいえ、こちらこそ。応援ありがとうございます」
勢いよく頭を下げる青年に、蓮司と都香沙も頭を下げる。
「あの、ところで柊さんは今週末も配信するっスか?」
「はい、SNSで告知した通り、何も無ければ金曜日の夜に配信予定です」
「どこのダンジョンに行くとか、もう決まってるんス?」
「それがまだでして…」
蓮司は次の配信は、挑んだことのないダンジョンに行こうと決めていた。
理由はやはり、最初の配信で言った通り、見た事の無い景色を見てみたいと思ったからだ。
「なら、おすすめがあるっス!上野の公園にあるBランクのダンジョンなんスけど、中が水晶の洞窟になっていて、すげぇ綺麗なんス!」
「そんなところが……教えてくれてありがとうございます!早速場所を調べてみますね!」
「良ければ自分、共有するっスよ!」
「共有……ふっ、夜凪さん、やってしまいなさい。」
「承知したわ」
「どんな主従関係なんスか?」
本当に機械弱いんスね〜
と言いながら、マップの情報を共有する青年。
そして、共有が終わると
「それじゃ、配信頑張ってくださいっス!」
そう言って、青年は去って行った。
「なんだかいい人だったわね。」
「そうだね…でも…」
「どうかした?」
「いや。なんであの人あんなに重武装だったんだろう…?」
その日の夜、蓮司のSNSは更新された。
『次に挑むダンジョンは上野公園のBランクダンジョンにします!ファンの方に教えて貰ったのですが、水晶洞窟がとても綺麗らしいので、見てみようと思います!』
その告知から凡そ1時間後、インターネット上の掲示板に、とあるスレッドが立ち上がる。
そこにはこう書かれていた。
『襲撃オフ会募集
場所は上野のBランクダンジョン。襲撃相手は今話題のあの男!』
そして。
二度目の配信が幕を開ける。
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