第11話 お礼と買い物デート

「改めまして、私は都香沙の母で、夜凪 和美かずみです。この度は娘を助けてくれて、本当にありがとう。」

そう言って頭を下げる、和美。

艶やかな黒髪とどこか鋭くも暖かい瞳は都香沙によく似ている。

(夜凪さんがそのまんま大人になったみたいだ……)

蓮司はぼんやりとそんなことを考えていた。

「いや、すまない。私は都香沙の父で、夜凪 康一こういちです。娘を助けてくれて、本当にありがとう!」

メガネをかけた穏やかそうな男性が、深く頭を下げる。

「夜凪 琴音ことねです!お姉ちゃんを助けてくれて、本当にありがとうございます!!」

最後に、ツインテールの小柄な少女が頭を下げた。

(夜凪さんがそのまま幼くなったみたいだ…)

お母さんの遺伝子が強いんだなぁ、とぼんやりと考えながら、蓮司も頭を下げる。

「えと、柊 蓮司です。夜凪さんを助けられたのは本当に偶然なので、どうか頭を上げてくださ

い」

「そういう訳にもいかないわ。大切な家族の命の恩人なんだもの、何かお礼をさせて欲しいの。」

そう言って、和美は都香沙をちらりと見る。

「それこそ……娘さんを下さい、なんていうのも全然アリよ?」

「えっ」

「母さん!?」

「家族が増えるね!」

パチン、といたずらっぽくウィンクしながらとんでもない事を言い出す和美に驚く蓮司。

康一もいきなりの話に困惑し、妹の琴音に関してはぶっ飛んでいる。

そして、肝心要の都香沙はというと……

「すべてを捧げるわ。」

「夜凪さん!?」

当然の如くノリノリであった。

と、その時。

「夜凪さん、失礼しますよー?」

白衣を着た職員が2人、入ってくる。

「お待たせして申し訳ありません、検査の結果、多少骨にヒビが入ってはいましたが、臓器や脳には特にこれといったダメージはみられませんでした。」

にこやかに告げる職員の言葉に、安堵する一行。

「これなら入院は必要なさそうですね。職員の異能による治療だけで問題はないでしょう。早速、始めますか?」

「お願いします。」

わかりました、と答えると職員は都香沙の包帯を外し、両手を翳す。

「ヒール。」

直後に、2人の職員のてから緑色の魔力が放たれ、都香沙を包み込む。

(異能による治療……確か、魔力を生命エネルギーに変えて、細胞をノーリスクで活性、修復する……だっけか。)

自身、あるいは他者への治療に特化した異能者というのはそれなりに存在する。

魔力という様々な物に代替可能なエネルギーは、施設や機械的な動力のみならず、人体にも恩恵をもたらす存在なのだ。

「終わりましたよ、もう動いても問題ありませんからね。」

などと考えている内に、治療が終わったようだ。

見ると、確かに先程まであった傷やアザが綺麗に無くなっている。

「ありがとうございます、いつ見ても、なんだか魔法みたいですね。」

「あんなに凄い力を使う人に言われても、なんだかピンと来ないわね。」

感心する都香沙ににこやかに返す職員。

「でも確かに、ヒール、なんて唱えて、ゲームの魔法みたいだった!」

無邪気に反応したのは妹の琴音だ。

素直な反応に職員の目が、微笑ましい物をみるそれに変わる。

「ありがとう、嬉しいわ?本当は、熟練の治癒士なら、さっきみたいな単純な回復に詠唱は要らないんだけどね。」

「そうなんですか?」

「えぇ、詠唱はあくまでイメージの補強に過ぎないからね。言葉と頭の中のイメージを結びつけることで、異能のコントロールをより精密にするの。」

覚えておくと便利よ?

と職員は告げると席を立つ。

一行も続くように病室を出ると、そのまま受付をして、施設を後にするのだった。




「それじゃぁ柊君、今日は本当にありがとう。」

ミネルヴァからでると、改めて都香沙が頭を下げる。

「あ、あんまり気にしないでよ、俺だってこれから相談に乗って貰うんだしさ。」

とりあえず、必要な機材とか買わないと……

と呟く蓮司。

その言葉を、都香沙は聞き逃さなかった。

「それなんだけど、良ければ一緒に買いに行かない?お礼もしたいし…」

「え、いいの!?凄い助かるよ、ありがとう!」

思わぬ申し出に笑顔になる蓮司。

それを見た瞬間、都香沙は心の中で踊っていた。

(くぁー!!ありがとう頂きました!!)

「えと、それじゃぁ都合のいい日、後で教えてもらえ……」

「明日。」

「えっ?」

「明日よ。明日しかないわ。もちろん、柊君がいいならだけど。」

被せるように言う都香沙に、気圧される蓮司。

「いや、うん、大丈夫だけど、でも夜凪さん病み上がり……」

「病み上がり?私は1度たりとも病んだ事は無いわ!安心して!」

「何故そんなあからさまな嘘を……」

「それじゃぁ明日ね!10時にここに集合で!」

それじゃっ!とどこか顔を赤くしてシュバッ!っと立ち去る都香沙。

「我が娘ながら強引だなぁ……」

康一はそう呟くとちらりと和美を見る。

(いや、これは母親譲りか……)

「何かしら?」

「何でもないよ。柊君、娘が強引で済まないね、気を悪くしないでくれ。」

「悪くなんて、する筈ないですよ!真剣に相談に乗って貰えて、凄く助かります!」

嬉しそうに言葉を返す蓮司を見て、思わず康一も笑みがこぼれる。

「これからも、娘をよろしく頼むよ。」

「…?こちらこそ、よろしくお願いします!」

(まさかこんなに早く、こんな事を言う事になるとはなぁ…)

しみじみと、娘が去っていった方へ歩きながら、そう思うのだった。




一方、都香沙の内心もまた穏やかでは無かった。

(誘っちゃった誘っちゃった!これって、もしかしなくてもデートよね!?)

バクバクと心臓がうるさい。それでも、悪い気はしなかった。

(……夢みたい。)

おかしな1日だった。

ダンジョンのイレギュラーで死にかけたかと思えば、大好きな人に命を助けられ、挙句明日は買い物デートと来た。

(ずっと、もどかしい距離だった。近くに居るのに、なんだか遠かった。)

でも、今は違う。

もう、届かない距離じゃない。

「……えへへ!」

そう思ったら、笑みがこぼれた。

それは大人びた彼女にしては珍しい、とても幼く、年相応の。

(ああ、私は彼に、どうしようもなく恋をしてる。)

乙女のような、笑顔だった。




「お、お姉ちゃんが珍しく可愛い!」

「失礼ね!?」

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