第7話彼女の危機とイレギュラー

「あっという間に階段ね。」

最初の戦闘から1時間と少し。

都香沙は2階層への階段の前にいた。

あれから何度か戦闘を重ねたが、出てきたモンスターは全てオーク。一度に遭遇する数も少なく、危なげなくここまで到達できていた。


『オークばっかりだったね』

『よなぎちゃん大体極太ビームで処理するからなんかシュールな画が続いたしな』

『しかも素材とか落とさないから旨みもそんなに無いという……』


コメントもすっかり落ち着いてしまった。

しかしそれでも気を抜く事が出来ないのがダンジョンである。

「1階はこんなものよね。問題は2階。Aランクエリアと隣接してるから、ごく稀にモンスターが階層を越えてやってくる、いわゆるイレギュラーなんかにも警戒しないと。」


『確かに』

『それはそれで配信映えするのでは?』

『よなぎちゃんが死んだら意味ないからね!』

『頼むから無事に終わってくれよ…』


都香沙の言葉にコメント欄に再び緊張が走る。

「よし、それじゃ行きましょうか!」

そう言って地下への1歩を踏み出す────

「!?」

直後に、正面からの鋭い突きが都香沙を襲った。

「っ、ぐぅ!?」

凌げたのは本当に偶然だった。

おそらく僅かでも反応が遅れたら重症どころか即死だったに違いない。

(間一髪!剣でのガードが間に合った……けど)

恐るべきはその威力。

ガード越しだというのに一瞬呼吸が苦しくなった程だ。

(なんて馬鹿力…!距離が空いたのは幸いだけど、階段から一気に10m近く吹き飛ばされた!おまけに腕もちょっと痺れてる!)

拳を開閉し、手の調子を戻す。

何だ。何が来た。

すぐに立ち上がり、目の前の脅威を視認しようと向き直る。


『ファッ!?』

『何今の!?』

『よなぎちゃん大丈夫!?』

『ものすげぇ吹き飛んだぞ今!』


コメントが凄まじい速度で流れるが確認する余裕は無い。

都香沙の目は間もなく迫り来る脅威を捉えようとしていた。

そこに居たのは……

「リビングアーマー……!?」

黒い鎧に黒塗りの剣と盾。そして何より特筆すべきはその頭部。

無いのだ。

頭部も、鎧の中身も。

どう動いているかも不明だが、その耐久と高い戦闘能力から脅威度ランクAに割り当てられる程の怪物。それが今、都香沙の前に現れていた。

「2階層も飛び越して来てんじゃないわよ、この怪物め……」

ふざけた話だ。1階層を飛び越えるだけでも稀なのに、目の前の怪物は階層を2つも越えている。

(今の私では、多分勝てない……そこまでの力を私はまだ持ってない……)

戦えば負ける。どころか死ぬ。

ダンジョンに絶対は無い。絶対は無いがいざ目の前にすると足が竦む。

これが、死の恐怖か。


『よなぎちゃん逃げて!』

『推定ランクAモンスターだ!急いで逃げろ!』

『逃げてくださいお願いします!』

『お願い死なないで!』

『もうすぐ着くから諦めないで』

『おい、誰かコレ見てる奴で助けに行ける奴居ねぇのかよ!』

『お願いです逃げてください!』


コメントが視界の端で高速で流れる。

おそらくは自分の事を心配してくれてるのだろう。

だが、それでも。

「ごめんなさいみんな、心配してくれてるんだろうけど、逃げる訳には行かないわ。」


『なんで!?』

『どゆことよ!』

『このままじゃほんとに死んじゃうって!お願いだから逃げて!』


「ちゃんと理由はあるの。基本的にモンスターは階層を越える事も、迷宮から出ることもない。でも、その基本から外れた例外がイレギュラーによるダンジョントラブルよ。そしてアイツは、その中でも特に例外、階層を2つも越えてる。このまま行ったらアイツはおそらく、迷宮の外に出る。」

都香沙の推測に、コメント欄は更にどよめく。


『嘘だろ……』

『そんな事ないだろ……?』

『いや、前例は何個かあるからあながち無い話でもない……ダンジョン島の件もあるし……』

『だとしてもよなぎちゃんじゃ無理だ、死んじゃうよ!』


「無謀な戦いは承知の上よ。でも、ここで少しでも時間を稼いで、応援を待つわ。」

剣を握る手に力を込める。

震えを押さえ付け、恐怖を払う。

(お母さん、お父さん、美琴……そして柊君、力を貸して!)

思い浮かべるは帰るべき場所。

生きる為の活力。

準備は、出来た。

「行くわよ!」

全力の踏み込み。先刻オークを屠ったそれよりも数段速い突貫。

(左側はガードが硬いけど、盾がある以上、剣の間合いの死角になる!このまま押し込んで、階層の階段から叩き落とす!)

狙いは撃破では無く撃退。更に言えば時間稼ぎだ。通報してくれた視聴者か、或いは今頃はSNSなどでも話題になっているだろう。いや、家族がもう既に動いているかもしれない。どうあれ、耐えれば援軍は必ず来る状況にある。

ならばこそ、下手に退く訳には行かない。

(モンスターである以上、こいつは必ず、私よりも速くこの階層を駆け抜けることが出来る。オークが本能的にこいつを避けるから一切妨害も無い!迂闊に下がればこいつはそのまま外に出る!)

故に。

(そうなる前に、こいつを何としてもここで押し留める!!)

剣と盾がぶつかり合う。

都香沙は内心で歓喜する。位置取り、体勢、全てが自分のイメージ通りだったからだ。

このままここで止める、否

「押し、込む!!!!」

更に足に力を込める。地面が割れるほどの踏み込み。加速。


『ここで押し込むつもりだ!』

『うぉぉ、頑張ってよなぎちゃん!』

『頑張れ、頑張れ!』

『早く誰か助けに来てくれ!』


都香沙への応援コメントが流れ続ける。

(行ける、このまま押し勝てる!)

僅かに、鎧の足が下がったのを都香沙は視認する。

それは都香沙の目論見が成功した証。

未だ剣の攻撃は来ず、体勢を入れ替える素振りもない。

そして。


そんな希望を砕くかのように、都香沙の全身を尋常じゃない衝撃が襲った。


「っが……!?」

シールドバッシュ。

リビングアーマーは剣での攻撃が不可能と見るやいなや、盾で相手を押し返す選択を取ったのだ。

「がっ、ぐぅっ!?」


『よなぎちゃん!』

『よなぎちゃんダメだ逃げて!』

『とんでもない吹き飛び方したぞ!?』


形勢逆転。

彼女の全力の突撃は、最悪の形で失敗した。

「くっ…まだ……っ!?」

それでも尚立ち上がろうとした都香沙に、リビングアーマーが追撃する。

(速っ……!?)

5m近い距離をほとんど一瞬で詰め、剣を振り下ろすリビングアーマー。

どうにか転がるように回避したが、地面に叩きつけられた剣は、容易くダンジョンの床にクレーターを作る。

(なんて威力……!まともに受けたらタダじゃ済まない!)

すぐさま立ち上がり、体勢を整える。

だが、リビングアーマーの方が僅かに速い。

この怪物はすでに、二撃目を放っていた。

「しまっ……」

斜め下からの斬り上げによって、都香沙の剣が弾かれる。

そして。

二度目のシールドバッシュが、都香沙の体に直撃する。

「──────!!!?」

ほとんど声も出せず、天井や地面に何度もバウンドしながら吹き飛ばされる都香沙。


『よなぎちゃん!』

『逃げてくれ、頼む!』

『もうダメだ……』

『助けはまだ来ないのかよ!』

『よなぎちゃん死なないで!』


死ぬ。

都香沙も視聴者の脳裏にも、その未来が浮かぶ。

(だ、めだ、勝てない……)

鎧の足音が遠くから響いてくる。

勝利を確信したのだろう。急ぐ様子も見受けられない。

(負ける……死ぬ……死……)

意識が朦朧とする中、走馬灯のように記憶が脳内を巡る。

それは

『大事な話があるんだけど……』


「っ、あぁぁぁ!!」

思い浮かんだのは憧れの姿。

誰より何より、焦がれた人。

(死にたくない、死ねない!だってまだ、彼に何も伝えてない!)

淡い恋心、所では無い。

それは確かに、少女の魂を震わせる炎だ。

「まだ……諦めない!」



『よなぎちゃん!』

『頑張れ!負けるな!』

『絶対死なないで!』

『もう追いつく』

『諦めるな!生きて!』

『これからもよなぎちゃんの配信見せてくれ!』

『彼に告白するまで死ぬなぁ!』


膝が震え、意識が揺れる中で、ようやく画面を見る余裕が出来た。

みんなが自分の無事を願ってくれている。

まして、彼のことまで引き合いに出されては。

「倒れてなんて、居られないわね……!」

死にかけの瞳に、獰猛な光が再び宿る。

例え、あと数秒の命でも。

諦めるなんて、有り得ない。

ガシャン。と。

リビングアーマーが盾を構える。

足を止め、迎撃の構えだ。

(……ん?盾を構えた?)

おかしい。目に見えてわかる死に体の自分の、何を警戒するのか。

いや違う。よく見ると奴が体を向けているのは都香沙の更に後ろだ。

(何……?一体何が……)


『止まった……?』

『何、どゆこと?』

『なんかあったの?』

『なぁ、今のうちにちょっと気になった事言っていいか?』

『何?』

『打開策か!?』








『さっきから、もうすぐ着くとか、もう追いつくとかってコメント……誰が打ってんだ?』






「夜凪さん。」



有り得ない、声がした。



「……え?」

思わず、振り向いてしまう。

そこには、彼が立っていた。

左手には納刀状態の刀を。

右手にはスマートフォンを。

全力で走って来たのか、肩で息をしているが、それでも頼りなさは無い。

そこには、そこに居たのは。

「ひ、柊……くん……!」

彼女の想い人。

柊蓮司が、そこに居た。


「交代だ夜凪さん。もう、傷つけさせたりしないから。」

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