第8話彼の実力とすれ違う思い?

『誰!?』

『助けか!?』

『知り合い?』

『ていうか装備軽装すぎない?』


「柊君、どうしてここが……」

突然現れた蓮司に思わず都香沙は問いかける。

「ここ、俺がいつも潜るダンジョンなんだ。それで、向かってる最中、そういえば夜凪さんは今日どこで配信してるのか気になって……そしたら見覚えのある場所で、危なそうだったから急いで来たんだ。」

「急いでって、入口からここまで1時間近くかかるんじゃ……」

「色々探索すればね。でも、階層の終わりまで最短最速で駆け抜ければそこまで時間はかからないよ。」

道覚えるくらい通ってて良かった、と蓮司はおどけたように笑う。

それはきっと彼なりの気遣いなのだろう。

その事に気付き、都香沙の頬が熱くなる。

「そっか……私の為に、急いでくれたんだ……」


『おっ?』

『まさかこれは……』

『あ〜、彼が『彼』か!』

『ついにこの時が……』

『メス顔ktkr』

『流れ変わったな』


思わず、今が配信中である事も、命の危機である事も忘れて、どこか蕩けた顔をしてしまう。

コメント欄も初めて見る都香沙の表情に、先程までの悲壮感も薄れていく。

「うん。一応コメントで応援もしたんだけど、さすがに見る余裕は無かったよね、無駄だとは分かってたんだけど、少しでも出来ることをと思って。」

「ううん、凄い嬉しい……」

弛緩する空気。

それを斬り裂くかのように、金属の擦れる音が響く。

「…………」

佇む黒い鎧は、頭部こそないが確かに2人を標的として捉えていた。


『あ』

『いたなそういえば……』

『リビングアーマーくん激おこ』

『言ってる場合か!?相手ランクAモンスターだぞ!?』

『ひいらぎ君だっけ!?よなぎちゃん連れて逃げて!』


リビングアーマーの動きにコメント欄も今が危機的状況だということを思い出す。

「っ、そうだった!柊君、来てくれたのは嬉しいけど、今は逃げましょう!アイツは……」

「大丈夫。」

「大丈夫って、柊君の装備、それ汎用品の軽装じゃない!」

基本的に、都香沙が使っている自身の異能に合わせた高額な装備はオーダーメイド、安価で汎用性こそあるが、性能はそれほどでも無いものが、今蓮司が着ている汎用型軽装だ。

「うん、動きやすいし、学ランみたいで好きなんだよね。うちの学校ブレザーだしさ」

「確かに似合ってて素敵……じゃなくて!そんな装備じゃあいつの攻撃を食らったら……!」

自分でさえ、盾で2発殴られただけでこれなのだ。更に防御の低い蓮司ではおそらく一撃で戦闘不能、場合によってはそのまま死に至る可能性すらある。

(いや!そんなの……私のせいで)

「大丈夫、刀を振れるならどうとでもなるよ。」

断ち切るように。

あるいは、穏やかに諭すように。

再度蓮司は告げる。

「すぐに終わらせる。だから待ってて。」


『い、いけるのか!?』

『やべぇちょっとかっこいい……』

『いや、でもあの装備じゃ』

『よなぎちゃん、ここは止めるべきじゃ!?』


蓮司の言葉にコメント欄の反応も様々だ。

しかし自分達のコメントが見れるの都香沙だけ。

だからこそ判断は彼女に委ねる他ない。

そして、その彼女は

「…………はい。」

潤んだ瞳で、背中を押した。


『うぉぉぉ!?』

『やばいメス顔きたァァ!!』

『こうなったら信じるぞ!?』

『頑張れひいらぎ君!』

『よなぎちゃんを助けてくれ!!』


「さて……」

「…………」

蓮司とリビングアーマーが改めて正面から向かい合う。

彼我の距離は5m前後。

あまりにも遠く、そして驚く程近い。

蓮司は鞘から刀を抜く。

日本刀。

しかしそれはあまりにも強大な存在感を放っていた。

それは、

(紅い……)

一言で言うならば真紅。

峰は黒く、刃は紅く。

波紋はどこか炎の揺らぎを思わせる。

「────行くぞ。」

カラン、と鞘が地に落ちる。

それはそのままゴングだった。

瞬間、あまりにも静かに、そして一瞬で蓮司の体がブレた。

「はや……!」

気付けば蓮司はリビングアーマーの後ろにいた。


『は!?』

『え、嘘!?』

『やば!なんだそれ!?』

『空間移動系の異能か!?』


「…………!?」

リビングアーマーが慌てて振り返る。

即座に盾を構えようとして、そして





その盾が、腕ごと落とされていることに気が付いた。

「…………!?!!?」

驚愕するリビングアーマー。

それでも剣を構え続けられるのは、やはり痛覚が無いからか。


『うそぉぉ!?』

『うぉぉぉぉー!!』

『すげぇー!』

『斬ったの!?今の一瞬で!?』


「なぁっ……!」

都香沙あの時、かろうじて何があったかを理解していた。

(壁に高速で着地して、盾を飛び越えるようにして肩ごと切り落とした……!)

驚くべきはその鮮やかさ。

あれほど高速で移動している中で、息を切らした様子もなく易々とあの鎧を斬り裂いたのだ。

「柊君……」

思わず、名を呟いてしまっていた。

もうそこに、一切の不安は無かった。

「…………!!」

リビングアーマーが蓮司に向かって走り出す。

右上からの袈裟斬り。

対して蓮司は腰だめに刀を構える。

「───フッ!!」

鋭い呼気と共に放たれた刃は、リビングアーマーの剣を一瞬で粉砕した。

「………!!」

「すぐに終わらせるって言ったからさ。」

静かに、蓮司は告げる。この戦いの幕引きを。

「だから……これで終わりだ。」

一閃。

紅い残光が剣戟の軌道をなぞる。

真一文字に、リビングアーマーが斬り裂かれる。

そしてそのまま。二度と動くことも無く、鎧は塵となって消え去った。


『うぉぉぉ!』

『やったァァァァ!!』

『すげぇぇぇぇぇ!!』

『斬ったァァァ!』

『助かったァァァァァァ!!』


「凄い……」

あまりにも鮮やかに。

一切の危なげない勝利に、惚けたようにそう呟く。

「夜凪さん。」

「はっ、はい!?」

惚けていた所に声をかけられ、思わず上ずった声を出してしまう都香沙。

しかし蓮司は気にした様子もなく、手を差し伸べる。

「帰ろっか。」

「……うん!」

そうして二人は、その場を後にするのだった。






ところで。

夜凪都香沙には一つ、片付けなければならない問題が存在する。

それは、今朝の事である。

(柊君の言う大事な話……。リビングアーマーを易々と倒した彼が、緊張するほどの大事な話って、やっぱり……!)

胸が高鳴る。

頬が紅潮する。

間違いない、これはもう間違なくそうだ。

(いや、落ち着いて。落ち着くのよ夜凪都香沙!ここで、焦れば、全てが台無しになる!)

呼吸を整える。深呼吸だ。精神を整えて臨まねばならない。この一世一代の大勝負に!

「夜凪さん、大丈夫?」

「ふぇっへ!?な、なんでかしら!?」

「呼吸が荒いから……やっぱりどこか折れてるんじゃ」

「全然!そんな事無いわよ!?無傷よ無傷!」

「流石にそれは無理があるんじゃ……」


『すげぇ声出たw』

『よなぎちゃんこんな顔もするんだな……』

『的確なツッコミw』

『鼻息荒かったもんな……』

『今更だけど、やっぱり彼って』

『間違いなく彼やろなぁ』

『ついにこの時が来ちまったか……』


「やっぱり肩を貸すよ」

「い、いいわよそんな無理しないで!?」

大慌てで蓮司の提案を断る都香沙。

しかし、蓮司はそんな都香沙の態度に少しムッとする。

「ダメだ。異能者の体が頑丈だって言っても、限度があるし、それに格上の攻撃を食らってボロボロなんだ、恥ずかしいかもしれないけど我慢してくれ。」

そういうと蓮司は強引に都香沙の肩を担ぐ。

「!?!!?」

「さっきの奴の影響で、オークは軒並み引っ込んでる。まっすぐ帰れば、戦闘は多分避けられるよ。」

もはや今の都香沙はそれどころでは無い。

会話をする脳すらパンク寸前だ。

「でも、本当に間に合って良かったよ。」

「え、えぇ、そうね!柊君には感謝してるわ!」

「クラスメイトのピンチだからね。友達が1人、減らずに済んだ。」

「友達……」

友達発言に若干頭が冷静になる都香沙。


『友達かぁー』

『いや、まだ負けてない!』

『こっからよこっから!』

『諦めんなー!』

『今なら行けるぞぉぉぉ!』


(友達……いや、柊君は控えめな人だもの!ボロボロの私を見て、強引に行くべきじゃないって思ってるんだわ!紳士!)

いよいよ思考が暴走寸前に陥る都香沙は、あの話題を切り出す。

「ねぇ、柊君。」

「どうしたの夜凪さん。出口なら、もうすぐ……」

「今朝の大事な話って、何?」


『お!?』

『まさか今日のいい事って!?』

『彼から切り出したの!?』

『流れ変わったな』


「夜凪さん、でも今は」

「お願い。今、聞きたいの。」

「……!」

都香沙の真剣な眼差しを受け、蓮司もまた覚悟を決める。

「分かった、夜凪さん……」

「はい……」

一瞬の静寂。

そして。

「俺に、配信のやり方を教えて欲しい!」

「はい!喜んで……配信?」


『そっちw』

『まさかのw』

『ウキウキだったのに一気にポカンとして草

『流れ変わってなかったわ』


「え……えと?」

「実は、色々あって配信を始めようと思うんだけど、やり方が分からなくて……」

「あ〜、そうなんだ……」

「だから、夜凪さんにやり方とか必要な物とか聞きたくて……」

(大事な話ってこれか〜!!)

内心ガックリと肩を落とす都香沙。

しかし他でもない蓮司の話だ、適当に返す訳にも行かない。

「お願いだ夜凪さん!ダンジョン配信のやり方教えて!このカメラ、どのボタンが安全だよとか!」

「君は配信機材をなんだと思ってるの?」

なんて、気の抜けた会話をしながら、2人はダンジョンから帰路につくのだった。







「所で、その画面ずっと動いてるけど大丈夫?」

「配信切るの忘れてた!!」

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