第5話 ダンジョンダイブと彼女の心
結局その日、朝以外に蓮司と都香沙が会話する事は無かった。
というのも、蓮司が話を切り出すのを迷ったのか、都香沙に近寄ろうともせず、また都香沙も授業の度に奇行が目立ってしまい(主に自身の妄想のせい)その都度職員室に呼び出される事になってしまったのだ。最終的には叱るというよりかなり深刻な様子で心配されてしまい、放課後は
「は、配信あるから!」
と逃げるように教室を後にしてしまった。
(あ、そうか。今日は金曜日だ……)
明日は学校が休み。友達でも誘って遊びに行こうかとも思ったが、あいにく誰も予定が空いてはいなかった。
(……明日休みだし、気晴らしにダンジョン行こっかな。)
どうあれ、自身の中のもやもやに区切りを付けるためにも刀を振って頭をすっきりさせたいと思った蓮司は、一度自宅に戻り、装備を整えてダンジョンへと向かう。
(……そういえば、夜凪さんは今日どこのダンジョンで配信してるんだろ。俺、同じとこばっか挑んでるから、あんまり他のとこ詳しく無いんだよな……)
蓮司は、今まさに配信してる途中であろうクラスメイトの事を考えながら、行きつけのダンジョンへと向かうのだった。
「こんばんは皆、今日も私の配信に来てくれてありがとう。」
落ち着いた声で都香沙はカメラへと向かって語りかける。
場所はダンジョン入口。
都香沙は今、ダンジョン配信をしていた。
「感度は良好、電波も特に問題なし。音声はどうかしら?聞こえてる?」
左腕に固定されたパネルから映像が宙に映し出される。
そこには配信上での自分の姿があった。
『聞こえてまーす!』
『こんよなー!音声バッチしでーす!』
『こんよなー!大丈夫!』
「よし、大丈夫ね。」
ラグも特に無く動く自分の姿とコメント欄の言葉で配信が問題なく行われている事に安堵する。
ちなみに、こんよなー、とはこのチャンネル特有の挨拶で、都香沙の苗字である夜凪から来ている。
「よし!それじゃあ皆改めてこんばんは。いつも見てくれてありがとうね!今日は私も初めて潜るランクAダンジョンに来ているわ!」
『うぉぉぉ!初見ダンジョンキタ!』
『1人でAランク!?大丈夫なの!?』
『よなぎちゃん今日も美しい……それはそれとしてAランクとな!?』
都香沙の発言にコメントが一気に色めき立つ。
ダンジョンには等級、いわゆる危険度が存在する。
最も低いDから始まり、一番危険なSまでの計五段階。今回都香沙が潜るのは上から二番目の危険度が示されているAランクダンジョン。
いままでの都香沙の経験の中で、最も危険なダンジョンだ。
「心配してくれてありがとう。でも安心して。ダンジョンの等級は総合的な危険度で決まる。このダンジョンは全部で地下五階層のダンジョンだけど、地下三階からがAランクで、上の2階はBランクなの。流石の私も1人でランクAダンジョンを突破出来るなんて自惚れては居ないわ。だから今日探索するのは上の2階だけね。」
『ホッ……』
『なるほどやで』
『一安心だわ……』
『流石よなぎちゃん、冷静だわ』
都香沙の言葉に落ち着きを取り戻すコメント欄。
そんなコメントに、心配してくれてありがとう、と、声をかけ、右手のブレスレットに意識を集中する。
「
呟いた直後、都香沙の全身を光が覆う。
そして、光が収まると、先程までのボーイッシュな私服から服装が変化していた。
サファイアを思わせるほど鮮やかなブレザーに
ミニスカート、そして黒いタイツ。
どこか騎士を思わせる装飾に、それを助長するかのような鮮やかな西洋剣。
(ホント、いつ見ても不思議な光景よね……)
魔装。
ダンジョンから取れた素材を加工や制作に特化した異能者が作り上げた装備。
装備者のイメージや特徴によって、最も適した形へと姿を変えるという、今やダンジョンに入る際には欠かせない代物だ。
(異能者の体内を巡る未知のエネルギー、通称『魔力』。その波長を装備自身が学習する事で更に装備は変化する……んだったかしら。つまりこれは、自身の成長を写す鏡のような役割も果たしてる訳ね。)
やっぱり不思議な技術だ、と装備様子をチェックしながら都香沙は思う。
しかしこれが無ければ高ランクのダンジョンには潜れない。理屈はどうあれ、最も頼りになる命綱には違いない。こういった便利な道具は他にも多く存在する。
傷を治すポーションや、毒を治すキュアポーションもそれに含まれる。
『変身キター!』
『やっぱりいつ見てもカッコイイ!』
『美しい……』
『エッッッ!』
都香沙の装備を見て、コメントが再び盛り上がりを見せる。
毎回見せているが飽きないのだろうか、と都香沙はたまに疑問に思ったりもする。
(まぁ、盛り上がってるならいいか。)
そう思い、都香沙は再び視聴者に語りかける。
「さて、準備完了、行きましょ……ん?」
いざ出発、とその時、いくつかのとあるコメントが都香沙の目に止まる。
『はじめまして、初見です!美人ですけど彼氏いますか!?』
『自分もダンジョン配信してるんですが、コラボしませんか!』
『綺麗ですね、付き合いたいです!』
他にも様々書いてあるが、ほとんどが初めて来た人のコメントだ。内容もコラボの申し出や交際、 彼氏の有無などだ。
『あ〜、またでた』
『初見あるあるだわ。』
『ネタだろ、そっとしとくべ。』
『本気っぽいの紛れてんよ』
『本気の奴はこの後洗礼受けるからw』
『たしかにw』
「まずは初見の方、配信に来てくれてありがとう。ひとまずコラボは考えてないわ。それに交際はごめんなさい。彼氏はいないけど……」
と、そこで都香沙は言葉を区切る。
『来るぞ……』
『来るぞ』
『久々だなこの流れw』
『ザワザワ……』
『え、何、どゆこと?』
『彼女がいるって事……!?』
様々なリアクションが書かれるコメント欄に、彼女はとても艶やかな笑顔を向けて告げる。
「片思いをしてる人は、いるのよ。」
『キター!』
『久しぶりに聞いた!』
『配信始めたての頃から言ってたもんなw』
『この一言乗り越えられるかどうかで変わって来るもんなw』
『つかまだ落とせてないのー?』
『マジすか……うぅ、ショック……』
『は?なんそれ、見んのやめます』
『お、俺はワンチャンに賭けて見続けるぞ!』
落ち着いた様子の常連コメントと落胆したような新規のコメントが入り乱れる。
しかし都香沙は穏やかに笑って
「ごめんなさい、自分の心には嘘を付けないの。それじゃ、ダンジョンに入って行くわよ!」
と、地下への階段を降りていくのだった。
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