第55話

 ・side: 鈴木一


 今日は、初めてのライブ配信に挑戦する。


 これは俺にとって一つのケジメであり、決意表明を表すために必要な儀式だ。

 カメラの前に立ち、深呼吸をして心を落ち着けます。


「皆さん、こんにちは。『ハジメの部屋』へようこそ。初めてのライブ配信です。ただ、コメントを全て読むことはできないと思います。今日は私が皆さんにどうしても伝えたい話があってライブ配信という形にしました」


 少し静かなトーンで話し始めます。

 今回はライブなので、花井さんに協力してもらうことはありません。


 夜に配信を開始したのも、動画として残すので、それほど視聴者がいない方が良いと思ったからです。


 宣伝も何もしていないのに、ライブ配信を始めるとすぐに同接1万人ほどになりました。


「今日は、私自身の話をしたいと思います。それはこのチャンネルを始めるきっかけとなったことなので、人生の中で最も大きな影響を与えた話です」


 カメラに向かって真剣な表情を見せる。

  

 コメント欄を見れば、「……」、「頑張って!」、「何〜!?」などのコメントが流れていきています。

 

「実は、私はとても内向的な人間でした。人とコミュニケーションを取るのが苦手で、男性が少ないこの世界で、周りの女性たちにどう接していいかわからず、いつも一人で過ごしていました」


 それは私であり、鈴木一という人物の話です。


「そんな私にも、たった一人の男性の親友がいました」


 鈴木一と転生前の自分自身。


 二人は異なる人物でありながら、こうやって体で繋がり、私は彼の人生を代わりに歩んでいます。


「彼は、誰よりも臆病で、女性を愛することができませんでした。だから、私は彼の分まで女性を愛する心を持ちたいと思って、動画の撮影をすることにしました」


 男性が少ないことで、コメント欄には男性に対する同情のコメントが寄せられている。


 鈴木一という人物が惜しまれる光景は、他人事でありながら嬉しく感じてしまいます。


「彼がいたからこそ今の私がいます。今の私は彼のためにも少しずつ自分を開放できるようになりたいと思っています。ただ、この世界で流されるような生き方をしていくよりも、たくさんの女性を愛し、大切に思い、私を知ってもらうことを選びたい」


 鈴木一の魂は死に、自分自身の肉体は死んだ。


 だから、鈴木一という恥ずかしがりやな友人がいたことを知って欲しい。

 そして、転生者として、やってきた自分自身を知ってほしい。


「ある日突然、彼は命を落としました。彼がいなくなったことで、私は別人になったのです」


 一瞬の沈黙、コメント欄には何もない。


 きっと何を言っているのかわからないのだろう。


「彼という存在にやっと向き合い、彼の死を受け入れることができました」


 カメラに向かって微笑む。


「その後、私は新しい人生を始めることを決意しました。新しい環境で新しい自分を見つけるために、いろいろなことに挑戦します。今日はそのための決意表明をライブでしようと話をさせていただきました」


 コメント欄には、「頑張って」、「辛くてもあなたを応援してます」、「親友の分まで生きて」とコメントがなされた。


「ありがとうございます」


 ただ、静かにお礼を伝え、カメラに視線を合わせました。


「今の私は、女性が多くて、男性が少ない世界で生きています。女性を支えられるような男性になりたいと思っています」


 社会を構築するのは女性であるからこそ、私の言葉を理解してくれると思います。


「彼が教えてくれたのは、人を愛することの大切さです。女性を愛することができる人になりたいと強く思うようになりました。だから、今の私は、年齢を重ねても女性を愛したいという気持ちが強くなりました」


 少し演出で音楽を流す。


「皆さんも、自分の大切な人を見つけて、その人と一緒に素晴らしい時間を過ごしてください。そして、私のように変わりたいと思うなら、ぜひ自分を信じて、一歩を踏み出してください」


 カメラに向かって優しく微笑みながら、最後の言葉を伝える。


「どうしても、辛いなら私の動画が癒しになってくれると嬉しいです。本日はありがとうございました」


 カメラの停止して、私は自分の鈴木一という奥手で流されやすい男から、前世から転生してきた新たな鈴木一として、生活をする宣言を終える。

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