第9話

 ・side花井杏樹


 私は幼い頃から女性ばかりの生活をしてきました。


 みんなが男性に憧れて、男性とお付き合いするために頑張る中で、私はどこか男性はテレビの中で見るような存在だと思うようになってしました。


 動物や珍獣を愛でるような、そんな気分。


 他の子達が男子がいる高校を目指して頑張るなかで、私はどこでもいいから入れるところに入りました。


 私は元々あまり頭が良い方ではなくて、きっと男性を奪い合うような女の戦いをしても勝てないのです。


 最初から諦めるような枯れている女性と言われる枯女だと友達に言われています。


 枯女にはもう一つ意味があって、もう枯れてしまった男性のことを好きとかいう意味もあるそうです。


 まぁ、みんな男性なら誰でもいいのかなって思う今日この頃。


 私がバイトしているスーパーにその人が現れました。


「あっ、あのポイントカードをお願いします」

「はい」


 最初は気づいていない中、カードの名前に鈴木一という文字で男性なんだと視線を向ければ、優しそうな顔をした年上男性がカードを受け取りました。


 テレビでしか見たことがない男性が目の前に現れるって、正直テンパリますよね。


 私も案外ミーハーだったのです。


 鈴木さんを見て満面の笑みで微笑んでしまいました。


「あっ、ありがとうございます」


 そんな私に優しく微笑みを返してくれた鈴木さん。


 初めて会った男性はスーツを着た紳士でした。


「ねぇ、花井さん。あの人はやめておきなさい。三十歳を超えているのよ」


 バイト終わりに、私に声をかけてくれたのは、何かと世話好きで噂好きなオバちゃんでした。


 悪い人ではないと思うのですが、何かとおせっかいを焼きたがるので、良い時もあれば悪い時もあります。


「そうなんですね〜。私、男性をテレビ以外で、初めて見たので、ドキッとしちゃいました」

「初めて見る男か〜それは特別かもね。だけど、子供が産めない男性だから深入りはダメよ」

「ありがとうございます。ちゃんとお客様と従業員で接します」

「それがいいね」

 

 それから二日に一度のペースでやってくる鈴木さんを見るのが私の楽しみになりました。


 それに鈴木一さんって名前を知っただけで親しみが湧いてしまっています。


 ♢


 そんなある日……。


 雨が降っていて、急いで帰ろうとしていると、スーパーの駐車場で傘を持ったまま屈んでいる鈴木さんがいました。


「何をしているんだろう?」


 鈴木さんの手元に目を向けると、そこには真っ黒で小さな子猫ちゃんが、ダンボールに入れられて捨てられていました。


「あっあの、鈴木さん」

「えっ? ああ、レジの」

「花井杏樹です」

「花井さん。どうされました?」

「その、子猫ちゃん」

「ああ、どうやら捨てられていて、雨に打たれていたので、どうしたものかと思いまして」


 男性と黒い子猫……尊い!


 何これ、胸の辺りがズキューン! って撃ち抜かれた気がする。


「飼ってあげないんですか?」

「三十四歳、独身男の部屋に子猫……。おかしくないですか?」

「全然ですよ! むしろ、一人なら子猫ちゃんが凄く癒しになってくれますよ!」

「それもそうですね」


 そう言って黒猫ちゃんを抱き上げる鈴木さん。


 オジ様と子猫……いい!


「あっ、あの、私もミミって白猫を飼っているんです! 何かわからないことがあったら聞いてください!」

「それは助かります」

「まずは、名前を決めてあげてくださいね」

「名前ですか?」

「クウクウ」


 手の中に収まった黒猫ちゃんが、声にならない声を出す。

 とても可愛くて鈴木さんに甘えているように見える。


「クウクウ鳴くので、クゥにします。安易ですが、覚えやすいので」

「ふふ、いいと思いますよ」


 もうダメ。


 鈴木さんが三十歳オーバーでも私はファンになってしまいました。

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