第2話
昼休みになれば、いつも通りに一人でランチを取る。
私以外にオフィスに男性はいないので、孤立している状態だ。
食堂では、右を見ても左を見ても女性ばかりで、居心地が悪い。
「あの人、まだこんなところで働いてるのかしら?」
「三十歳過ぎてるからでしょ」
「ほんと見てるだけで気分が悪くなるわ。女の敵よね」
周囲の女性たちからすれば役目を果たさなかった社会のお荷物として、女性の尊厳を蔑ろにしたと認識されているのだろう。
鈴木一は至極真面目な人間で、多少は内向的ではあるが普通の男性だった。
だが、女性に対して恐怖心を持っており、ズルズルと拒否を続けている間に、三十歳を迎えてしまった。
確かに情けない男だ。
その不甲斐なさから、私のような男に体を乗っ取られてしまったのだろう。
それにしても私のことをまるで虫けらのように扱ってくる女性たちには、恐怖しか感じない。
いくら女性を求めていても、彼女たちのような人に、自分のテントがバレて仕舞えばどうなるのか? 不安でしかない。
午後も仕事に戻ると、同じオフィスの女性たちまでひそひそと話しをしていた。
耳に入ってきた内容は、誰かと私を比べる話題だった。
居心地の悪さはサラリーマンとして辛いところだ。
「見た目は悪くないのに」
「だけどね。もうお歳だから」
最近になって社長の息子さんがお披露目されて、かなりのイケメンだと噂になっていた。
若い男性はチヤホヤとされて良いご身分だ。
これから特権階級として、国から支援されて美しい女性と結ばれるのだろう。
一夫多妻制も認められているので、イケメンな社長の息子は数名の妻を娶るのかもしれない。
彼らはそうやってチヤホヤされて、国の監視下に置かれる。
だが、三十歳を超えると誰も男に興味を示すことはない。
国も人権としては登録しているが、監視対象から外れるので、街中を歩いていても誰も見向きもしなくなる。
♢
夜の帰り道……。
若い男性ならば、痴女に遭遇する危険もあるが、私のような三十五歳を痴女であっても見向きもしない。
「キャっ!」
遠い眼差しを星空に向けて大通りを渡ろうとしていると、女性の声が聞こえてきて振り返る。
高校生ぐらいの女の子が地面に倒れていた。
運悪く信号が青に変わるのに合わせて、突っ込んできた車が見える。
私は咄嗟に彼女を抱き上げて、反対の歩道に連れていく。
「あっ、ありがとうございます!」
「いや、無事で何よりだ」
車の運転手は、こちらに罵声を飛ばすように走り去って行ってしまう。
「おっ、男の方ですか?!」
「ああ。だが、私は三十歳を超えているから……」
「そんなことは関係ありません! 助けていただきありがとうございます! 男性って力強いんですね」
そう言って礼儀正しく頭を下げてくれる女子高生に感動してしまう。
貞操逆転世界にやってきても女性からは、蔑んだ目で見られ続けてきた。
だが、こんなにも純粋な眼差しで見てくれるなんていつぶりだろう。
「いや、君の命が無事なら何よりだ」
「お優しいのですね。オジ様」
「おっ、オジ様!」
黒髪ロングの女子高生にオジ様呼ばわりされて胸がドキドキしてしまう。
いかん! 愛棒が反応してしまうじゃないか!
何よりも慌てて気づいていなかったが、とてつもない美少女じゃないか、この子!
「ふふ、助けていただいた恩人ですから。あっ! ズボン破れてしまいましたね」
どうやら助け出す際に、太ももの部分が大きく破けてしまったようだ。
「いや、気にしなくていい。もう古くなっていたんだろ」
「どうかお礼をさせてください」
「お礼?」
「はい! 母も、私の命を救ってくれた方に、何もお礼をしないなんて許さないと思うのです!」
どこか良い家のお嬢さんなのだろうか? 礼儀正しくお礼がしたいなんて。
だが、俺のような三十歳オーバーを連れて帰っては、彼女が親に怒られてしまうかもしれない。
「いや、本当に大丈夫だから、そろそろ夜も遅い。君も気をつけて帰りなさい」
「わかりました! それではお名刺をいただくことはできませんか?」
上目遣いにウルウルとした瞳で、年下の女子高生に言われて断ることができなかった。
「これでいいかい?」
根負けした私は名刺を差し出して、その場を離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます