㉑鍛錬ダイジェスト
【座禅問答】
何処かの寺院。
中央に鎮座する荘厳な仏像に見下ろされ、板の間の上に座禅を組んだ少女が一人。
瞑目し深く息を吐く音だけが静謐な境内に響くが、徐々に首が上下に揺れ出す。
昼食前にコンビニ弁当三つ、賞味期限が切れそうな菓子パン四つ。
お昼に用意されたカツ丼二杯。お味噌汁三杯。茶請けで余っていた乾パン一缶。
至福の満腹感が眠気に置換され、意識が微睡の中に沈んでいく。
「喝っ!!」
――パンッ!!
勢いのある声と共に少女の肩を細長い警策(きょうさく)が打つ。
木の棒で叩かれた衝撃よりも、その音に身体がびくつく。
「眠気に支配さるとは片腹痛し。根性・忍耐・胆力不足っ!」
「す、すみませんっ」
袈裟を着た少年が少女を一喝。
板の間を擦るように歩き、続ける。
「魔力だろうと勉強だろう運動だろうと、結局心。全ては人の精神のあり方が結果を決める。意識を集中し、信念の深さを見つめ、自分を内観すれば、自ずと心は安定する」
「はいっ!」
「集中!」
「はいっ!」
「集中!」
「はいっ!」
「一々答えない!」
「はいっ!」
「返事はいらん!」
「っ!」
伊扇の魔力調節鍛錬を手伝うため袈裟を纏いスパルタメンタルコーチャーとなった秋灯。
今この瞬間は心を鬼にして、伊扇の肩を打つ。
魔力の調節の仕方なんぞ知らないが、精神修養に関してはちょっと一過言ある。
「人を人たらしめているのは、脳みそが発達したからでも、言語を介するからでも、合理を優先できるからでもない。己の底に根差す自分のあり方、原則を客観的に自覚できることこそ人が動物と一線を画す機能である!」
「はいっ」
「身に潜む己を造る願いを自覚するのだ!」
「はいっ」
自分の主張を通そうと突風を交えて脅してきた昨日と変わり、すごく素直な伊扇。
役に入り込んできて段々面白くなってきた秋灯。
「一に鍛錬。二に鍛錬。三四も鍛錬。五も鍛錬。心技体全ては鍛錬。人生は上り坂。停滞は転げ落ちるのみ」
「はいっ!」
「鍛錬は全てを解決する。鍛錬こそが人生の意義である!」
「は、はいっ!」
すごくしんどそうな人生観を声高に叫ぶ。
もし明音が起きていたら色々突っ込んでいただろうが、生憎今は夢の中にいる。
「あの‥‥‥‥瞑想の練習なんで返事しなくていいですよ。俺の声は無視してください」
「は、ひぃ。‥‥すみません」
一瞬素の状態に戻って小さく助言する。
身体を縮こまらせた伊扇が赤面するが、深く息を吸ってから再び目を瞑る。
秋灯の何でも鍛えればオールオッケー理論を元に伊扇の鍛錬は続いた。
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【未来都市の使い方】
《リアリス・システム》。それは人に見たい夢を見させる仮想空間を実現する根幹のシステム。
世界中の人を眠りに誘い、極端なまでの省力化によって人類を滅びに導いた終末的未来機械。
目元と頭を覆うVRヘッドギア、
その発展系、人の生活行動の一切を賄うベッド型VRギア、
現代から凡そ百年以上先の、未来の産物。
人類種と言う存在を貧弱、惰弱、脆弱にし、絶滅に追い込んだ幸福享受機械。
余りにオーバーテクノロジーで、本来なら触れることすら忌避するが。
そんな謎機械に挑む一人の男がいた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥さっぱり分からん」
床に紙束と電子ペーパー、ベッド横のモニターには設計書と思わしき図面。
それらを見つつ、口をあんぐり開けてうなだれる秋灯。
《リアリス・システム》の使い方を調べ出してから丸二日。
未だ仮想空間への入り方が分からない。
明音の意識は未だ眠ったままだから、現実の世界側から仮想空間に移す必要があるのだが、その方法がどこにも載っていない。
開いた説明書には、「仮想空間への入り方。①VRヘッドギアを頭に装着する。②仮想空間に入る意思を持つ」。
これだけ。その他詳細な説明が一切省かれ、「質問は仮想空間内にいる説明botが補助致します」と書かれている。
その仮想空間に入れないのだが。
そもVRヘッドギア以外に、スイッチとかコントローラーとかが全くない。
電源ボタンもないし、起動してるんだかしてないんだか。
機能が省力化、スマート化されすぎて百年前の人間には触り方すら分からない。
ガラケーみたいに文字を打つボタンをつけておいてほしい。
「あっ‥‥‥‥‥‥‥‥アホか俺は」
色々と詳細な説明資料に目を通していたが、不意に気づく。
仮想空間にいる説明bot、自由に質問できる相手がいるならそれに聞けばいい。
どの家にも
さっさと自分が仮想空間に入ってしまえばよかった。
力なく溜息をついた後、とぼとぼと隣の家に移る。
この後、VRヘッドギアを装着したまま「仮想空間に入る意思ってなんだよ!」と叫び、白無垢の天井に向かって「ダイブ!入れ!仮想空間GO!夢の中へ!ウェブダイバー!!」と叫び続け、その姿を伊扇に目撃されることになる。
伊扇が残念な物を見るような目をしていたことを、秋灯は知らない。
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【旅の不満】
――もしも明音が起きなかったら?
明音の意識が目覚めず、身体が重体のままだったらどうすべきか。
試練に興味が無く、神に成ることよりも明音の命を優先したい。
ただ、もし明音の意識と会話ができ、彼女がそれでも試練の達成を望んだら。
明音の命を担保したまま、残り一つの終末再現都市に滞在し、そして四国まで移動する必要がある。
先輩の如何なる要求にも対応できるよう、できる後輩を自称する秋灯は思考を巡らせる。
元より頭の中に重い描いていた計画。すでに人力送風機の目途が立った今それを検証の段階に移す。
窓から差し込む月明かりと、手元を照らすLED製のランタンだけが灯る簡素な室内。
大理石のような白タイルの上に胡坐を掻き、瞑目したまま身動き一つしない秋灯。
秋灯は思う。
なんで徒歩なんだと。
試練規定の第一項、乗用規定に記された乗り物の禁止。
「人を移動させることを想定して造られた乗り物による移動を禁止する」という謎めしい文章。
その下に禁止されている乗り物がつらつら書かれているが。
秋灯は思う。
車を使わせろと。
そも思う。
せめて自転車がいい。
キックボードでもいい。
この試練、日本各地に神によって造られた終末再現都市。そのうち四つを巡ることを課されているが。
それはなんとなく、試練が開催された理由や終末の世界を目にすることによって、自分に思い描く理想世界をより強固にするだとか、なんかそれっぽい理由がありそうな気がするが。
そもそもこの試練終末再現都市に滞在することより、よっぽど移動のほうが面倒くさいし時間がかかる。
なんでこの時代に全部徒歩移動しなければならないんだ。
今の時代は令和だ。新幹線は動いてないにせよ、車や少なくとも自転車は使っていいだろう。
ずっと溜まっていた不満、鬱憤、疑問を脳内で再生する。
神に対して、この時代に歩け歩け大会とかアホかと、心の底から思う。
列島縦断長距離徒歩移動。
それを解決するため秋灯は今、自身に与えられたreデバイス。
その機能の《時間解凍》を使い、時間の境界に挑戦する。
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VRヘッドギアは購入時に個人の生体データや、脳髄の電気配列、皮質意腎部の伝達の癖などを読み取らせる必要があります。すでに個々人のデータを読み込んだヘッドギアは他の人間の意思を読み取るのが難しく、百年先の滅んだ人間たちと現代人の脳みそ、思考の癖が異なっているため、意思が極端に読み込みづらくなっていました。
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