⑫名古屋まで徒然

昼食を取りつつ、伊扇に話を聞く。


彼女曰く、魔術師は古くから日本の霊的防衛を担ってきた職業らしい。

元々陰陽師や祈祷師など時代によって名前を変え、今は魔術師と言う名称が一般化している。

魔術師のほとんどが土着の土地を持ち、生涯その地域の霊的守護を行う。

霊的守護とは、怪異や妖怪など人の悪意を元に形を成した穢れを祓い清め、時には退治すること。

【汚穢ノ世界】で見た泥人形も魔術師が相手にする穢れの一種とのこと。


また魔術師は世襲制であり、親から子、孫へ術式と呼ばれる魔術を発現させる回路のようなものを継承していく。

東日本で六家、西日本で四家の大家と呼ばれる権力を持った家が存在し、魔術師を多く輩出しているのだとか。

魔術師の資格の発行や管理、仕事の斡旋などは日本魔術師協会なる組織が行っており東京と大阪に拠点がある。

政府に認められている歴とした機関とのことだが、日本が魔術の存在を認めていることに驚いた。


ただ、魔術師の世界でも本家と分家の確執や東京近郊の術師程、協会と癒着があったりとやっていることは旧家や財閥と変わらないらしい。歴史を持っていると権力闘争や世襲、相続など問題が溜まっていくのだろう。


伊扇は分家の血筋だが、魔力量が多く本家で修練させられ魔術の基礎を学んだとか。

結局魔力の制御ができず教官を何度も吹き飛ばして匙を投げられたらしい。


「それで!私でも魔術は使えるの?」


伊扇がたどたどしくも頑張って説明してくれる。

うんうん聞いていた明音だが、いよいよ堪えきれなくなったらしい。


「えとえと、魔術は使い方が二つあって。一つは術師の家系じゃないとできなくて。もう一つは自分で術式を構築して発現するんですけど。その‥‥‥私はどっちもできなくて。やり方もよくわかんなくて」

「そう。それだと魔術は使えないのね」

「で、でも白峰さんは魔力を纏ってるみたいで。魔力の使い方なら私も少しはできるから‥‥」

「私、魔術を使っていたの?」

「い、いえ。魔術じゃなくて魔力です。魔力は人の身体にあるエネルギーみたいなもので、魔術の使用だったり身体の機能を強くしたりするのに使えて」


横から「私は魔法少女だったのね」と呟きが聞こえてくる。

少女という響きに疑問が湧いたが、殴られそうなのでやめておく。


「最近、先輩が体力お化けになっていたのはそういう理由ですか?」

「ひぇっ!‥‥‥た、多分そうだと思います。私も試練が始まってからなんとなく魔力の量が増えてて。他の試練者プレイヤーの方でも急に魔力が使える人が出てるらしくて」


試練の規定の五項目にそれとなく意味深な文言があった。

今の止まった世界が身体に何か影響を及ぼしているのかもしれない。


「魔力がガソリンみたいなもので、術式が車だったりバイクというようなイメージですか?」

「えと、はい。そういう感じです。その例え分かりやすいです」


魔力はだいぶ便利みたいだ。

明音がすでに持っているみたいだし、ぜひ使えるようになってもらいたい。


「魔術を使うための、術式でしたっけ。覚えるのは難しいでしょうか?」

「えとえと、術式は魔術師の学校で教えてもらうみたいで。でも私は途中で辞めてしまったので‥‥」


昔を思い出したのか、伊扇の顔が曇る。

ここまで質問攻めにしてしまったが、会話が苦手そうな彼女に無理をさせてしまった。


「伊扇さん。一つ提案なのですが、いいでしょうか?」

「えっとえと、はい。なんでしょうか」


まだ、会ったばかりの少女にこんな提案をするのは気が引けるが、試練に勝ち進んでいくために。

【機工ノ世界】でも【汚穢ノ世界】で逃げ惑うしかできない現状を変えるために。

明音に魔力について学んでもらう、この機会を逃す手はない。


「伊扇さんは道中物資に困っていて食料の調達や寝床の確保が難しい。ここまでくるのも大変だったと思います。逆に我々は物資には余裕があり時間解凍の回数に余分があります。ただ、魔術、魔力に関係する知識が乏しい」

「はぁ、」


胡散臭そうな喋りになる秋灯。

初めて伊扇の顔が怯えから不可解といった顔に変わる。


「そこでなのですが第一試練の間だけでいいので四国まで一緒に行きませんか?我々は食料と寝床を伊扇さんに提供します。毎日布団ないしベッドで寝られます。硬すぎる地面の上で睡眠を取ることはないとお約束します。また、夕食はガスコンロを携帯しているので暖かい料理を作れます。俺が責任を持って料理をします。その代わり伊扇さんには教えても構わない知識でいいので魔力、魔術について教えていただきたい」

「ひぇっっ。ちょっと突然すぎて‥‥」


長々と売り文句を喋る秋灯。

マルチ商法の勧誘をしているような罪悪感があるが気にしていられない。

伊扇の表情には再度怯えが戻ってしまった。


「すごい急な話ね。あんた時々ぐいぐいいくわよね」

「魔術について知ってる試練者プレイヤーは少なそうですから」

「まぁ、それもそうね」


少し引いた顔をしていた明音だが、伊扇に向き直る。


「伊扇さん、急だけど私からもお願いさせて。魔術の話をもっと聞きたいってのもあるんだけど、同性の子が一緒にいてくれると私も安心するし。秋灯には変なことはさせないからその辺は安心してね」


そもそも変なことは何もしていない。

夜、身体を拭くときは別室にいるし、薄着の寝巻きを横目で見るくらいしかしたことがない。


「えとえと、お話しはありがたいのですが、私は魔術について教えられることが本当に少なくて‥‥‥魔力の制御もできないし、ずっと役立たずで。他のちゃんとした魔術師の方にお話を聞いた方が‥‥」

「そんなことないわ。私たちが出会った最初の魔術師はあなただもの。あなたの話を聞いてすごくワクワクしたわ。奇跡みたいな力を使えるあなたはすごいのよ!」


明音の中で真賀の一件はカウントされていないらしい。

それに伊扇と知り合ってまだ一時間も経っていないが、相手の人間性や経験など全く知らずそれでも言い切る。


「えっと、その。少し、考えさせてください」

「うん、ぜひ考えてみて!」


終始押し切る形で会話が終わる。

食料に関して押し入れにあった缶詰めだけでは足りなかったので、スーパーが見つかるまで一緒に進むことにする。

とりあえず今日一日共にして、また改めて伊扇の回答を聞く流れとなった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、」

「‥‥‥‥伊扇さん大丈夫?」

「はい、大丈夫、はぁ‥‥です」


昼食を終えてから、だいたい五時間。頂点にあった太陽が西に傾き、空は薄く橙色が目立つ。

止まった世界に響く荒い呼吸音。

秋灯の遥か後方。明音に介抱されつつ、道路の上で四つん這いになっている伊扇の姿。


地図で今日の行程を確認し、少し遠めに大型のショッピングモールがあった。

魔力を持っている伊扇は体力もあるだろうと歩く速度を速めたが、どうやら違ったらしい。


最初こそ明音と軽快に話していたものの次第に口数が減り、今に至る。

できるだけ多くの食事やら物資やらを振舞おうと考えていたが、裏目に出てしまった。


とりあえず今日の目的地には着いたので、二人を待ちつつ《時間解凍》の準備を始める。

建物が大きくて構造を把握するのに骨が折れそうだ。


大体十分。後ろの二人がようやく追いついてくる。

明音の背中には疲れ切った伊扇がおんぶされていた。


「ご、ご迷惑おかけしてしまってすみません」

「いいわよこれくらい。私達こそごめんね。ちょっと早かったわよね。秋灯も先に進みすぎよ」

「いや、先輩が今日はここがいいって言ったからじゃないですか。食料とか寝具とか色々揃っているからって」

「だってここなら伊扇さんの物が揃うでしょ。ただこんな遠いって思わなかったのよ。秋灯が先にスタスタ行っちゃうから変にプレッシャーがあったのよ」


秋灯と明音。

二人がやんや言いながら責任を擦り付け合うが、伊扇が居た堪れなさそうな顔をする。


「私、体力に自信がなくて。‥‥お二人はその、いつもこれくらいのペースなんですか?」

「いえ、いつもはもう少し遅いですよ。今日は早く歩き過ぎました。本当申し訳ないです」


頭を下げつつ、早口に返す。

実際のところはどっかの先輩が体力を持て余して、走ることもあったりするが。


「とりあえず今日の宿はここで。一階がスーパーになってたんで、俺は料理の準備をしてきます。明音先輩と伊扇さんはどこで寝るか決めておいてください。二階の南側に家具売り場があったので、その辺の確認をお願いします」

「えとえと‥‥この大きさの建物を解凍したんですか?」


背にあるショッピングモールを見やり驚いた伊扇の声。

敷地面積は学校のグラウンド程度。三階建ての鉄筋構造で吹き抜け部分が目立つ。

出入り口が十箇所、エレベーター、エスカレータ、空調設備などなど。

アパレルショップや雑貨屋、入っているテナントも解凍済み。

流石に頭が千切れそうだったので、もうやりたくない。


「結構かかりましたが、おそらくできてるはずです。もしかしたら屋上とか電源設備とかは止まったままかもしれませんが」

「ほぇぇぇぇーーーーー」

「また解凍の範囲が広くなったわね。お疲れ様」


明音が労いのつもりか頭をポンポン撫でてくる。

時々こうして歳下扱いしてくるが悪い気はしない。


「それじゃあ私達は二階に行ってくるわね。ほら伊扇さんいくわよ」


放心状態の伊扇を連れて、明音が建物の中へ入っていく。

秋灯は伊扇の後ろ姿を見ながら彼女について考える。


今日の姿を見る限り、昼間遭遇した場所まで先に到達していたことがおかしい。

魔力を使えば身体の機能を底上げできるみたいだが、使うそぶりを見せなかった。

隠しておきたかったのか、それとも別に理由があるのか。


人畜無害そうな見た目だが、彼女も試練者プレイヤーだ。

明音と同様に世界を変えたいほどの願いを持ち、分不相応な想いを抱えているはず。

まだ出会って半日。彼女の人となりの判断はできない。


「‥‥それでも、悪い子ではなさそうかな」


誰にも聞こえないよう、独り感想を漏らした。

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