⑩一夜明けて

灰色ののっぺりした平たい屋根に寝転がり夜空を見上げる。

空には分厚い雲がかかり、月と星の灯りを隠している。

背には結局解凍しなかった水門の操作室であるコンクリートの躯体。

最近は柔らかいベッドや布団の上で寝ていたので、この硬さも久しぶりに感じる。


その下、堤防の天端の上には夥しい数の泥人形がうようよと蠢ている。

生きている人間を察知しているのか堰柱に手を伸ばし、けれど滑らかな壁面を登ることはできずずり落ちる。

泥の塊が積み重なり多少真上に延びるが、それでも堰柱の上まで到達する程の数はいない。


一先ず安心し、少しだけ休もうと横になった。

緊張が解けて身体の疲れから瞼が重くなって、意識が遠くなっていった。

ほんの十分程度の仮眠のつもりで目を閉じたが。


起きてみると夜中の十一時。

reデバイスに表示されている残り時間は『09:12:15』。


だいたい二時間ほど寝ていたらしい。

幸いなことに周りの状況に変化はなく、下から泥人形の呻きが聞こえるだけ。

ただなぜか自分の脇腹辺りが重い。


まだ半分意識が微睡んだまま首をもたげて確認すると、明音が自分の脇腹に顔を埋めていた。


「‥‥‥‥‥‥‥‥ん?」


一瞬、なんでこんな近い距離にいるのか不思議で、何も考えず長い黒髪の後頭部に手を伸ばし。

ただ、すんでのところで腕を止める。


意識が急速に起き出し、脇腹から人の熱と細かな息を感じ取る。

顔が見えないため寝ているのか起きているのか良く分からない。

震えを隠すように、ぴったりと身体をくっつけ、なんなら腰を締め上げられていて痛い。


「‥‥‥‥先輩?」

「‥‥‥‥‥」


小さく声を掛けるが、返事はない。

ただほんの僅かに背中が動いた気がした。


――これは、どういうことだ?


秋灯は視線を直上に戻し、曇っている夜空を眺める。

プライドが高く普段弱味を見せなそうな人が後輩に抱き着いている。

動けないほど怖かったのは分かるが、でも。


「ふぅ‥‥‥‥」


密着している明音にも聞こえないほど細くため息をつく。


秋灯は十七の健全な高校生男子だ。

高校生男子とは、クラスの女子に落ちた消しゴムを拾ってもらっただけで、自分のことを好きなのではと勘繰り。移動教室でたまたま隣に座った女子に、自分に気があるのではと勘繰り。「今日の掃除当番変わってくれない?」と女子に話しかけられ、なんならうまく使われているのだろうなとも思いつつ、それを断ることもできず、結局、自分に気があるのではと勘繰るような。思春期的誇大妄想をするのが高校生男子だ。


普段クールを気取り、これまで先輩と行動を共にしながらも全く動揺しているそぶりを見せて来なかった。

朝の眠そうな顔で「おあよぅ」と言われたことにドキリとしたり、夜に「じゃおやすみ。こっち入ってきたら殺すから」と言われただけで同棲しているみたいだなとドキリとしたり。


けれどそんな思考などおくびにも出してこなかった。


だが、これは。


――どれが、正解だ?


学校で一番の美女が自分の隣でくっつき、なんなら抱きしめられながら眠っている。

脇を締め上げる力はちょっと可愛くないが。


こういう時は黙って頭を撫でた方がいいのだろうか。

「大丈夫ですよ」と背中でも摩ったほうがいいのだろうか。

軽く抱きしめて耳元で「もう怖くないですよ」とか囁いた方がいいのだろうか。


いや全部殴られる気がする。グーで。


秋灯は悶々と思考を続ける。

すでに泥人形のこととかどうでも良くなっていたが。

一旦下の監視でもしていようと身体を起こそうとする。


「あのー先輩?」

「‥‥‥‥‥‥」

「明音先ぱ「話しかけないで」

「あう‥‥」


冷気を孕む拒絶の声が被せられる。

下手に抱きしめていたら鳩尾に本気殴りを決められていたことだろう。

色々と突っ込みたいが、動いてくれる気はなさそうだ。


秋灯は諦めて真っ暗な夜空を眺める。

今日は素数を数えながら朝を迎えることにする。


「黙って抱きつかせなさいよ」


明音が小さくつぶやいた言葉を聞き、自分は抱き枕だと思うことにした。



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ここの文章(主に秋灯の感情について)どうですか?

微妙だったら是非教えてほしいです。

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