③新世紀世界解放軍

細長い駅舎とそれを囲む商業店の数々。どこも錆びつき崩れかかっているものの栄えてた名残が残っている。

幅員の狭まった道路と逆に、歩道の幅と商店の前は広く、ひときわ目立つのは波の形を模したような奇怪なオブジェ。

曲線のアルミ板が繋ぎ合わされ積まれた瓦礫の頂点に突き刺さっていて、一種それが芸術を醸す。

ショッピングモールの外壁に飾られていたのだろうが、その箱側の建物は焼け落ち鉄骨と太い柱を残すだけ。


地理的にはおそらく二子玉辺り。静謐な廃墟都市圏の南西部。

多摩川を流れる水の音が風に紛れて聞こえてくるが、東京市街に入った時と同様、大河川の時間は動いているらしい。


丘のように積もった瓦礫の山に登り、仁王立ちしながら先を見つめる明音。

その下には、地面にしゃがみこんだ秋灯がぜぇぜぇ息を吐いている。


ぴょんと跳ねるように明音が降りてくる。


「多分渡れるわ」

「はぁはぁ‥‥‥そう、ですか」


秋灯の前に着地し、見えた橋が無事なことを伝える。

ここにくるまで多摩川に架かる首都高ないし幹線道路の高架橋は崩され、寸断されていた。

やっと人が渡れるくらいに無事な橋を見つけたが、明音の顔には少し怪訝さが浮かんでいる。


「ただ橋の上に人がいるのよね。十人くらい」

試練者プレイヤーですよね。渡っている最中ってことですか?」

「いやなんか、固まってるだけで動いてないのよ」

「そんなところで何してるんですかね?橋を占拠しているとか?」


考えられるのは他の試練者プレイヤーへの妨害行為。

落橋している橋が多いため、神奈川方面に移動するならその数がだいぶ限られる。


「分かんないけど、そんな雰囲気でもないのよ。なんか演説?って感じだったし」

「あんまり他の試練者プレイヤーには関わりたくないですけど」

「でも他に渡れそうな橋がないわよ」


既に多摩川近辺でもたついてしまっている。

流石に後ろには白いマネキンの気配はないが、それでも東京市街にいるのは怖い。


「うーん。人型機械アルフ・オートマタも怖いですけど、他の試練者プレイヤーも何するか分かりませんし」

「ここに来るまで、お互い避けてたし大丈夫じゃない?襲ってきたら殴ればいいし」

「いや、そんな脳筋な」


試練が始まってまだ一日目。

普通の人間なら他の試練者プレイヤーを害する度胸は無いと思うが。


「東京にいるほうが危ないわよ」

「まぁ、そうですね」


諦め、橋の方向へ進路を取る。

やや上り坂になっている路面を登り、瓦礫の脇を抜けた先。

多摩川の河川とその対岸に続く現代の街並みを視界に捉える。

廃墟と化した東京に滞在して一週間しか経っていないが、すごく懐かしく感じる。


そして橋の床板の上。ちょうど両岸から真ん中あたり。

明音の言う通り、時間の止まっていない動いている人間がいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ですから私はこんな世界だからこそっ!皆手を取り合って助け合い、相互扶助の精神でもって試練を乗り越えて行くべきなのです!」


街頭演説のような伸びのある声。

丈の長い白衣を纏い、黒い長髪を後ろに下ろし、顔に笑みを貼り付けたような顔の男性。

路面の上に積まれた廃材の上に立ち、拳を天に突きつけている。

周りには動いている十人程度の男女が扇の形に囲み、中心の男性に倣う様にして柏手を打つ。


「この凄惨たる都市の実情。我々人類の辿る末路がこんな廃墟の街であっていいはずがない。我々はもっと輝かしい世界をつくれるはずなのです!」


うすら寒い美辞麗句が橋梁の端にいても響いてきて、秋灯の頬が盛大に引き攣る。

なぜか周りの試練者プレイヤーたちは、その声に共感の言葉を示し、うっとりした顔をしている。


隣の明音と目配せしつつ橋の隅っこ、手すり際をそろりと進む。

出来る限り気配を消して、どうか気づていくれるなと祈って。


「あなた方もそうは思いませんか?」


滔々と語られていた演説が止まり、落とされた声音で尋ねてくる。

周りを囲っていた試練者プレイヤーもこちらに顔を向け、秋灯と明音が完全に見つかる。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥?」


一瞬黙殺した秋灯だが、右手の人差し指を自分の顔に向け「俺ですか?」みたいな顔をつくる。

後ろの明音は秋灯を盾に知らんぷりを決め込んだ。


「そうです。あなた方に聞いているのです。願いを抱く者のために開かれた試練。顕現なされた神ノ御柱。終末の世界が再現されたこの都市を見て、思う所はあるでしょう」

「ちょっと何言ってるか分かりません」


迂遠な言い回しに、雑に返す。

一応すぐにでも走り抜けられる準備をしつつ、奇怪な一団と距離を詰めていく。


「失礼、申し遅れました。私は真賀トシアキと言います。今この世界の趨勢について議論し、試練者プレイヤー間の交流を深めております。ぜひ我々と話をしていきませんか?」

「ちょっと急いでいまして、時間が無いです」

「こちらには軽食もご用意させてただいております。先を急ぐお気持ちは分かりますが、少しお時間をいただけませんか?」


真賀と名乗った人物の声と共に、取り巻きの男女が秋灯と明音それぞれに紙コップを手渡す。

中には温かいみそ汁が注がれていて、おそらくインスタントだろうが、朝から何も食べていないお腹がぐぅと鳴る。


つい飲んでしまいそうになる手を止めて、コップを突き返す。


「ここにいると危ないですよ。さっさと東京を離れたら、」

「ご忠告ありがとうございます。しかし、我々は課される試練を越えるため、志を同じくする同士を探す必要があるのです!この世界には我々のあずかり知りえぬ未知が転がっている。難解かつ奇特な終末の世界に対し、個々人の試練者プレイヤーが持つ力ではあまりに脆弱がすぎる。加えて試練の規定にもある通り、共に手を携え助け合うことは推奨されています」


秋灯の一の言葉に対し、十の言葉が返ってくる。


「えーとつまり、協力しあうグループを作りたいってことですか?」

「その通り!我々新世紀世界解放軍は試練を相互に助け合い乗り越えて行くことを目的にしています」

「しんせい?‥‥興味ないです」


既に名前も決まっているらしいどこかカルトじみた集団を、つい目を眇めて見てしまう。


「もちろん《新世紀世界解放軍》に入っていただけることのメリットは相互協力だけではございません。ふむ、一度お見せしたほうが早いでしょう」


言葉と共に、真賀が右の掌を空に向ける。

その上に奇怪な光の紋様が浮かび、そして中から淡い橙色の炎が灯る。


「は?」

「えっ⁉」


その現象に秋灯は目を見開き、後ろにいた明音は口をあんぐりと開けた。


「これは魔術と呼ばれる技術です。これまで世間から秘匿され、一部の魔術師と呼ばれる人間たちが占有していた現代の物理思想とは原理が異なる技術体系です。おそらくこの試練にも魔術師が紛れ込んでいるでしょう。魔術とは銃器以上の武力を個々人が平然と隠し持つことが出来るのです。それでは一般の人間は余りに無力、余りに不平等。我々新世紀世界解放軍ではこの技術を私の知りえる限りではありますが、お伝えさせていただいています」


人型機械アルフ・オートマタは現代の技術を越えた未来の世界の産物だ。

それでも今の世界から百年も進めば自立歩行の自動機械が出来るのは想像できる。

だが、今目の前で起きた現象は見知った常識から逸脱している。


「あなたはその魔術師‥‥というやつなんですか?」

「ええ、私も一応魔術師の端くれです。しかし本物の奇跡を扱う上位の術師に比べたら擬きも擬き。このように精々ライター替わりができるくらいです」


真賀のどこか自虐的な声。それと共に花の甘い香りがどこからか漂ってくる。

なぜか頭がぐらつき、すごくいい匂いで、視界がぼんやりと遠くなる。

まるで酔っているような、お酒を飲んだことは無いがそんな気分。


「どうです?我々と共に試練を進みませんか?」

「‥‥‥‥‥‥‥」


真賀の右手が差し出される。

あれだけ薄ら寒かった言葉が、今は心地よい鈴音のようでとても心地よくて。

その手をつい取ってしまいそうで。


秋灯が自分の右手を見つめ迷うようなそぶり。

目の前の真賀はそれをしたり顔で見下ろし尚も手を差し出してくるが。

後ろからずいと人影が割り込む。


「あんた馬鹿じゃないの?この試練はお互い競い合って神を決める。徒党を組んでもいずれ戦うことになるわ」

「それはお連れの方も同じではありませんか?」

「これは例外よ」


鋭利な刃先のような醒めた声が耳に届く。

ぐらついた意識が戻り、秋灯は勢いよく首を振る。


「無理強いはしません。ですが、いずれ後悔することになりますよ。この世界には我々の常識から外れる真なる化け物がいる。人の形をすれど、根本から作りが違うのです。弱者は徒党を組まねば太刀打ちできない」

「ふん。その時はぶん殴ればいいのよ」


真賀は呆れたように右腕を下ろし、道を開ける。

明音は未だ呆けている秋灯の腕を雑に掴み橋の先へ進んでいく。


後ろに佇む真賀の一団は何もせず、ただ不気味にこちらに目線を向けたまま。

けれど苛ついた顔の明音は、一切振り返らなかった。

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