②人型機械《アルフ・オートマタ》
廃墟のビルの吹き曝した一階を素通りし、その先の潰れた民家を越えた先。
一人は日に焼けた小麦色の肌と明るい茶髪の男性。髪色に似合わないビジネススーツを着込んでいる。
隣の女性は派手な金髪と同じく小麦色の肌。こちらも服装はレディースのジャケットを羽織り、オフィスカジュアルのような見た目をしている。
秋灯と明音は、後ろからこっそり廃材の陰に隠れて様子を観察する。
二人の男女はその先の瓦礫を見下ろし言い争っているみたいだが、背中で隠れて奥が見えない。
「ちょっと⁉これやばくない?」
「いいんだよ。時間解凍?ってやつを試したいし、それにこの人形が使えたら一石二鳥だろ」
両者とも軽薄そうに喋っているが、なんとく物の言い方がぎこちなく。
まるでワザと振舞っているように聞こえてしまう。
「秋灯。あれ、足元にあるやつ‥‥人形みたい」
「人形って‥‥それ、説明文にあった人型機械の」
すぐ隣にいる明音が耳元で囁き、その言葉に頬が引きつる。
秋灯は首を更に出して奥を見やるが、男女の足元には確かにのっぺりした白地のマネキンが瓦礫に埋もれるように置かれている。
数時間前に送られてきた通知の中に、現在東京に再現されている終末世界の文章もあった。
人工知能の反乱と、それに伴う人と機械の抗争。電子機器全般に人工知能が搭載されていた未来の人類は機械文明を奪われ、あっけなく滅んだ。
その中で、人類掃討のために用いられた
見た目、出来損ないのマネキンにような白くのっぺりとした外見と、それに似つかわしくなり両腕、腰、背中に搭載された自動小銃や短機関銃の数々。
都内の各所、潰れた廃屋や瓦礫の中に混じり、
まさかそんなものに関わろうとする
「ほ、ほら見ろよ。腕についてるの銃だぜ。これだけ引っぺがせば、他の試練者をぶっ殺せる」
「ちょ、ちょっと。ほんとに怖いんだけど‥‥」
瓦礫に埋もれる
相変わらずモーターの駆動音が喧しく鳴り響いているが、一旦それが弱まり。
錆びれた鉄材を引っ掻くような甲高い異音が響く。
見ると
「こ、これやばいって」
「いや、流石に壊れてるっしょ」
「わ、私は逃げるからねっ!」
女性は後ずさりし距離を取るが、男性は
が、
『敵性体検知。起動命令文load。掃討Reboot』
「はっ⁉」
バチバチと火花が漏れ、ひと際大きな砲音。
目の前にいた男性の身体が後ろに大きくのけぞり、更に続けて何十発もの弾丸が射出。
男性の身体がハチの巣のように撃ち抜かれていく。
「きゃぁぁぁぁあぁあああぁっぁぁあああああ!!!!!」
女性の甲高い叫び声。
目の前で起きた出来事が呑み込めないのか、地面の上でただ震えているだけ。
「うそっ‥‥‥‥」
人一人が今、目の前で死んだ。
隣にいる明音もそれを呆然と見つめるが、秋灯は即座に立ち上がる。
明音の腕を無理やり引いて立たせ、
足場の悪い地面を必死に、他の
ただ全力で走った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
――アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。アレはやばい。
頭の中で警報が鳴り響き、脚を全力で動かす。
一瞬後ろを振り返るが、強引に立たせた明音も今は自力で走っている。
「建物。どっか、入りやすい場所‥‥‥‥」
両脇の廃墟群を見やるが、どれも崩れかけか瓦礫の山。
もしくは一、二階部分が焼け落ち太い鉄筋の柱だけを残して中が伽藍洞になっている建物が多い。
あれでは立て籠るには不十分だ。
足元に注意しつつ忙しなく視線を振り、道路の先の方まで確認する。
一つ、壁を覆う窓ガラスが割れずに残り、エントランスが開いている高層ビルを見つける。
色はくすんでいるが低階層も建物としての面影を残し、だいぶ損壊が少ない。
秋灯は後ろを振り返り、明音に目で着いてくるよう伝える。全面ガラス張りの入り口と、三、四階まで吹き抜けになっている高い天井。開放感のあるエントランスの中に駆け込み、壁側に掛けられた案内看板を一瞥しつつ、埃と煤でくすんだタイル張りの床を進む。
どうやら低階層がショッピングモール、中階層から上は企業用のオフィスになっているらしい。
奥に配されたエスカレーター、――階段を巻き上げる中のモーターが露わになり段差のいくつかが抜け落ちている――を注意して登り、入り口が見下ろせる中二階にようやく腰を落ち着かせる。
荒くなった息を整えつつ、くすんだ大理石の壁に背中を預ける。
大した距離を走ったわけではないのにどっと疲れた。
「な、なんなのよアレ。さっき、人が。‥‥‥‥うぷっ」
「終末の世界‥‥本当にヤバい場所ですね」
さっきの光景を思い出してか、明音が身体を抱くようにして縮こまり小刻みに震えている。
真っ青な顔で終始嘔吐きをこらえ、けれど耐え切れず近くの壁際に胃の中の物をぶちまけた。
「うぅぅ‥‥あんた、なんでそんなに落ち着いていられるのよ」
「いや、俺も焦ってますよ。でもちょっと、整理できてなくて‥‥」
背中をさすりつつ答えるが、秋灯も人が殺される瞬間を見たのは勿論初めてだ。
一週間前の、時間が動ていた世界でも凄惨な出来事は数多くあった。戦争もテロも事件も事故も、毎日人は亡くなっていたが。それは自分と関係のない遠い場所の出来事だった。
人が一人目の前で死んだ。
弾丸で身体をハチの巣にされて、濃いドロドロした血と肉片をまき散らして。
泥と煤に塗れる瓦礫が積もった道路の上で、壊れた世界に似つかわしい死体となって。
その事実が今は受け入れづらく。けれど今の世界がもう見知った世界とは違うことを見せつけられたみたいだ。
秋灯は一瞬、男性のすぐ近くで叫び声を上げていた女性を思い出す。
顔も名前も知らない、なんなら後ろ姿しか知らないが。
見捨ててしまったことに、ちくりと心が荒ぶ。
「さっさと東京を出ましょ。他の
「賛成です。また誰かが時間解凍を使わないと限りませんし、」
明音が口元を拭いこちらを振り返る。顔色はいくらかましになった。
今の
『時間解凍。reデバイスから半径一‥五メートル以内の時間固定を解除する。なお一日につき三回使用可能。別途使用方法は自由(第4項 - reデバイスの機能追加に関する規定)』
《終末再現都市》の説明文に目が行きがちだったが、規定の文章の中にreデバイスの機能追加の一文がまぎれていた。
範囲はそれほど広くないみたいだが、人型機械一体分くらいなら収められる。
先に廃墟の街を出てから。
食料やら衣類やら物資の補給も兼ねて使用を確かめてみるはずだったが。
ウィーーーーーーン。
東京を出るために最短の経路はどれか考えていると、遠くから既視感のあるモーター音が響いてくる。
「‥‥なんか聞こえたわね」
「ですね」
明音と視線を交錯させ、階下に目線を映す。
一階のエントランスと開かれたままの自動ドアの先から僅かに響いてくる。
音が次第に近づき、瓦礫の街を踏む音と、鉄材が錆びつき軋む甲高い機械音も聞こえてしまう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「に、逃げるわよ!」
「はいっ」
立ち上がり、登ってきたエスカレーターに近づくが。
すでにガラス壁の先に、仄白いマネキンの姿が映る。
一旦足を止めた秋灯だが、その首根っこを即座に明音が掴む。
「ぐぇえっ!」
後ろ襟を締め上げられて呻きが漏れて、ほとんどされるがまま白タイルの上を引きずられる。
「ちょ、明音先輩。そっちは、」
「逃げるの、逃げるのよっ!死ぬわよ、ほんとにっ!」
焦りからか必死の形相で、こちらの話を聞いてくれない。
瓦礫と混在になっているが、両脇にはショッピングモールの店舗の面影が残り。
それらを背に薄汚れたタイルの上を走る。
フロアの突き当り。全面複層のガラス窓が取り付けられ、埃と煤でくすんでいるが眼下には廃墟の街が見下ろせる。
明音が勢いそのままに躊躇なくガラス窓を殴りつける。
加えて、淑女らしからぬ豪快さで跳び蹴りを見舞う。
が、時間が止まっているためびくともしない。
「どうして⁉どうして、割れないのよっ!!」
再度ガラス窓に拳を叩きつけるが、指の先がじんわり赤くなるだけ。
「死にたくない。私はこんな所で死にたくないのよっ!!」
「少し待ってください」
パニックになっている明音の肩を軽く制す。
腕に着けられた黒いアームバンドとそこに収められたreデバイスの画面を点ける。
数回タップし、機能を選択。デバイスの先から、赤い光点が浮かびそれを中心に薄赤の球体が投影される。
まるで近未来的なホログラム。人一人はすっぽり収まるほどの球体を、先のガラス窓にかざし再度画面をタップ。
「時間解凍‥‥‥実行」
声と共に、一瞬光の格子が辺りに飛び散るゲームに似たエフェクトが発生。
すぐに霧散するが、それよりも今はガラス窓の時間が動いているかどうか。
秋灯は着ていた服の袖を伸ばし拳を覆い、思い切りガラスを殴りつける。
想像以上に硬くて手がじーんと痛む。
高層ビルに使われる外壁用の複層ガラスは、雨風を凌げるよう高硬度に設計されている。
廃墟の街並みの中でも都市として風貌を残していることから、殊更硬いのだろう。
今度は助走を加え思い切り蹴りつけ、僅かにガラスの中にヒビが入る。
「よし動いている。これなら‥‥」
ガラス窓の時間は正常に動き出した。
が、後ろから機械の矯音が響く。振り返った先には薄汚れたマネキンの姿。
機械仕掛けの関節部分から火花を漏らし、外装が剥がれ内部の鉄製の筋繊維が見て取れる。
がしゃんがしゃんと身体を揺らし白タイルの上を走って近づいてくる。
すでに右腕の自動小銃のシリンダーが回転しており、その砲身をこちらに向けている。
「どきなさいっ!!」
明音の怒号。もたついた秋灯を制し、地面を勢いよく跳ぶ。
身体を捻り、ぐりんと半回転。全体重と勢いをのせた踵の先がガラス窓に叩きつけられる。
バリンッ!!
盛大に窓ガラスが割れ、ギリギリ人が通れる穴が開く。
そのまま秋灯の首根っこを掴み、明音が躊躇なく階下に飛び込む。
「ちょちょちょちょっ!!」
無様に叫び声を漏らしながら、ほんの一瞬の滞空時間。
四、五メートルの高さから、瓦礫が山と積まれた道路の上に受け身も取れずに落ちる。
背中を盛大に打ち付けて痛みから空の息が漏れるが、見上げた中二階のビルのフロア。
割れた窓ガラスの先から、自動小銃の銃弾が幾重にも飛ぶ音を聞いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一心不乱に廃墟の街を走りだいたい一時間。陸上の長距離選手のような綺麗なフォームをした明音の後ろを走り、
脚に乳酸が溜まり、精神の疲労もあってから身体がずっしりと重く。
それでも今止まってしまうと、
尾を引く不安が二人の足を進めた。
首都高らしき高架橋が地面に横たわり、太い円柱の橋脚だけが屹立と残されている。
四車線の幅の広い道路の上は焼け落ちた車の残骸やおそらく戦車らしき箱型の機械がぽつぽつと置かれ、現代のそれより丸みを帯びていてスマートな形をしている。
複雑に絡み合った交差点の真ん中には、これまで見た中で一番高い瓦礫の山。
その中にマネキンのような腕や脚の壊れた部品がちらりと見える。
一瞬ぞっとするも時間は止まっているので動いていない。
視界の端にちらほら
おそらく今は世田谷区あたり。
あと少しで東京の境の多摩川が見えてくる。
千代田区や渋谷区辺りの高層ビル群や大型の商業施設はどこも焼け落ち崩壊しかかっていた。
全壊している家屋も多くどこも損壊具合が酷かったが、こちらはまだ外観を残している建物が多い。
市街を横目にしつつ、荒い呼吸の秋灯が擦れた声を漏らす。
「先輩!明音先輩っ!」
ここまで全く速度を落とさず、むしろ地面の瓦礫が少なくなったことでスピードを上げた明音。
すでに十メートル以上距離を開けられていて、流石に呼び止める。
「ふぅ、どうしたのよ。早く行かないと」
「すみません。流石に、限界‥‥」
振り返り軽いジョグで近寄ってきた明音は顔に疑問を浮かべるている。
まだ体力に余裕があるらしい。
「あと少しなんだから頑張りなさいよ」
「いや、ほんと。早すぎですって、」
膝に手をついて、ぜぇぜぇと息を吐く。
通っていた高校では部活に入っていないものの秋灯の運動神経は悪くない。
何なら毎日筋トレとランニングを日課にしているので、そこらの運動部にも負けない自信はあった。
それなのに、これほど体力に差を感じたのは初めてだ。
「仕方ないわね。でも、あのマネキンが追ってきてるかもしれないんだから、息を整えなさい」
「流石にもう諦めたんじゃ」
「馬鹿ね。ああいう機械は大抵しつこいのよ。ターミ〇ーターだってそうでしょ」
明音が突き放すように言う。
確かに超合金と金属骨格でできたターミ〇ーターは執拗に主人公を追うが、今映画の話をされても頷きづらい。
それに
「でも、どうして追って‥‥」
ふと疑問が漏れ、さっきの出来事を思い返す。
それなのに、まるでこちらの居場所が最初から分かっていたかのような動き。走りづらい瓦礫の中を、あれほど正確に追ってきて。まさか、人感センサーやら探知機の類でも積まれていたりするのだろうか。
秋灯の背中に嫌な汗が伝う。
「‥‥走りますか」
一瞬身震いした後、再度脚に力を入れる。
横を連れ立って走る明音は一応速度を落としてくれるが、そこそこに辛い。
割と必死目に呼吸を整えていると、明音がぽつぽつ声を掛けてくる。
「さっきは、その‥‥悪かったわね」
罰が悪そうな顔で、視線は明後日の方角へ向けて。
正直、会話を出来るほどの余裕はあまりない。
「何が、ですか?」
「私が不用意に近づかなかったら、こんな目にあってなかったわ。それにビルの中でも無駄にパニクって」
「あれだけ変な音が鳴ってたら、誰でも気になりますよ。それに命の危険があったら、慌てるのは当たり前です」
「でも、あんたが時間解凍を使ってなかったら私たちは今頃‥‥」
名前も知らない男性と同じように、ハチの巣になっていた。
九死に一生、と言う状況ではあった。
「俺一人だけでも、ガラスを割れませんでしたし、お互い様ですよ」
「そもそもあんた。‥‥なんであんな冷静だったのよ。普通もっとパニックになるでしょ」
「日々のシュミレーションの差、ですね。高校生男子はあれくらいの状況なら、妄想したことがあります」
おどけたように返すが、自分の命が危ぶまれる状況にまだ実感が持てていないだけだろう。
「ふっ、なによそれ」
「最近は漫画、アニメが義務教レベルのサブカルですから。想像力が豊かなんですよ」
ずっと表情が強張っていたが、ようやく明音の頬が緩む。
ただでさえ目つきが悪いのに、眉間に皺が寄っていると剣呑な雰囲気が強い。
「でも、初日でリタイアにならなくて、よかったです。流石に試練開始一日目で終わるのは、情けないですし」
「それもそうね。でも、私たちは絶対勝ち進むのよ」
自信に満ちたいつもの態度が戻りつつある。
言葉と共に明音の速度が上がるが、とりあえず秋灯はその背中を必死に追った。
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