①第一試練開始

時計の長針と短針が頂点で重なり零時を告げる。

ブーブーという、低いバイヴ音。


キャンプマットの上ではみ出すように寝ていた秋灯の身体がびくつく。

瞼が半開きのままデスクの上の携帯をバシバシ叩いてアラームを無理やり止める。


同時に左腕で小刻みに振動していたreデバイスを確認する。

【参加】のボタンを押して以降、操作を受け付けなくなっていたが、ようやく試練について通知が送られてきたらしい。

眠気を晴らすように一度大きく頭を振り、点けた画面の文章を読みだす。


――――――――――――――――――――

神ノ試練参加者様 

この度、参加のご決断誠に喜ばしく存じます。

日本地区参加者は総勢1万2215名で試練を執り行わせていただきます。


第一試練の実施に伴い、参加者様の呼称を試練者プレイヤーと変更をさせていただきました。

また、試練者プレイヤー様の権限が更新されたましたので下記をご参照ください。


第一試練終末紀行は日本に点在しております終末再現都市を廻り四国鳴門市を目指していただきます。

終末再現都市とは、東京都二三区に存置されております【機工ノ世界】と同じく、各終末起因により都市圏域が滅んだ状態を再現しております。時間停止は施行されておりますが、例外もございますので滞在の際はくれぐれもご注意ください。

試練の期限は本連絡のあった期日より一カ月となります。

別途詳細な内容については、下記をご参照ください。


皆様の絢爛、御神にお示しください。


――――――――――――――――――――


【第一試練 終末紀行】


合否事項:

1. 東京皇居近郊から、終末再現都市を経由し徳島県鳴門市に入ること。

2. 各終末再現都市の内、四つ以上に滞在すること。

3. 各終末再現都市に入り、二四時間経過しなければ滞在とはみなされない。

4. 東京都二三区【機工ノ世界】は滞在地としてみなされない。

※鳴門市に入りましたら、こちらからご案内差し上げます


試練期間:

1. 周知があった期日より一カ月間(二〇三五年十月八日~二〇三五年十一月七日)


終末再現都市:

1. 東京都二三区に再現された【機工ノ世界】と同じく、人類の終末が収束した世界。

2. 指定された各都市圏域に終末の世界が再現されている。

3. 終末再現都市圏域でも時間は停止しているが、物質に寄与しない存在は停止していない。


《終末再現都市》

⓪東京都 二三区  【機工ノ世界】

①北海道 札幌市  【滅火ノ世界】

②宮城県 仙台市  【破約ノ世界】

③神奈川県 横浜市 【悪天ノ世界】

④静岡県 浜松市  【汚穢ノ世界】

⑤愛知県 名古屋市 【星骸ノ世界】

⑥京都府 京都市  【微睡ノ世界】

⑦大阪府 大阪市  【逆態ノ世界】

⑧兵庫県 神戸市  【巨獣ノ世界】

⑨福岡県 福岡市  【飢餓ノ世界】

(各終末再現都市の詳細は情報は別途記載)


試練規定:

第1項 - 乗用規定

1. 人を移動させることを想定して作られた乗り物による移動を禁止する。

2. 使用が確認された場合、即時失格とする。以下に禁止例を示す。

自動車、自転車、自動二輪、三輪車、一輪車、産業機械類、建設機械類、農業機械類、雪上車、スノーモービル、スノーバイク、ロープウェイ、リフト、ゴンドラ、水陸両用車、戦車、鉄道車両、路面電車、ケーブルカー、モノレール、航空機、気球、飛行船、ヘリコプター、リアカー、船舶、ボート、ローラースケート等。


第2項 - 行動規定

1. 試練実施において時間停止が実行された世界が活用されるが、その財産を悪意でもって傷つけてはならない。

2. 試練者は善意的行動および模範的行動を心がけることが推奨される。

3. 試練者同士の友好的な接触が奨励される。

4. 試練者は他試練者への悪意ある行動は推奨されない。

5. 拘束力がある規定は破ることが不可とされる。


第3項 - 能力規定

1. 自身の能力の使用を認める。

2. 魔術、魔力、異能、権限、武具、神具、魔具等使用を認める。

3. 己の所有している異能であれば制限を課さない。

4. なお、”第2項 行動規定”が優先される。


第4項 - reデバイスの機能追加に関する規定

1. 試練期間中は基本的に日本国内、時間停止した世界で実施されるため、物資の補給等のため時間固定解除機能を追加。

2. 時間解凍。reデバイスから半径一・五メートル以内の時間固定を解除する。なお一日につき三回使用可能。別途使用方法は自由。(改訂済)


第5項 - 禁制の解放に関する規定

1. 地球全土における禁制の段階的解放。

2. 時間経過、場所、空間を要因として比率で解放。


――――――――――――――――――――

《終末再現都市》附帯情報

⓪東京都 二三区 【機工ノ世界】

①北海道 札幌市  【滅火ノ世界】

②宮城県 仙台市  【破約ノ世界】

③神奈川県 横浜市 【悪天ノ世界】

④静岡県 浜松市  【汚穢ノ世界】

⑤愛知県 名古屋市 【星骸ノ世界】

⑥京都府 京都市  【微睡ノ世界】

⑦大阪府 大阪市  【逆態ノ世界】

⑧兵庫県 神戸市  【巨獣ノ世界】

⑨福岡県 福岡市  【飢餓ノ世界】




――――――――――――――――――――


送られてきた文章について目を通していく。

試練の内容は東京から四国の徳島県鳴門市まで移動すること。

また、その間に各地方都市。東京と同じく終末が再現された都市圏を経由する必要がある。


規定には禁止されている乗り物がつらつらと書かれているが、要は自分の足で辿り着けということだろう。

正直予想していた内容より随分穏便で、かつ期間も一カ月と長くて。

もっと試練者プレイヤー同士を競わせるような、殺伐としたバトルロイヤル展開を想像していた。


「これは、歩いて本州を横断しろってことですよね」

「みたいね。なんか試練としては拍子抜けだけど、一カ月で歩けるのかしら?」


半身を寝袋に入れたまま、目を擦りつつ規定を確認している明音。

同じような感想を抱いているらしい。


「東京まで大体二日で着きましたから、それを当てはめると‥‥‥」


宙に視線を上げて、少し考える。

通っていた高校から東京までだいたい五十キロ前後として。

リアカーを引きつつそれを二日で走破したから一日に移動できる距離は三十キロ程度。

東京から京都まで伸びる東海道の長さが五百キロなので、そこから鳴門市までの長さを凡そで足して。


「三週間と少しあれば、たぶん着くか‥‥?」


少し自信なさげに言葉尻がしぼむ。

正確な数字は分からないが、概算して出した結果は不可能ではなさそう。


「あんたなんで四国までの距離を知ってるのよ?」

「四国までは知らないですけど、京都までなら知ってたので。学校の授業で調べたことがありまして」

「ふぅーん。意外と博識なのね」


暗がりに潜む明音から意外そうな声が漏れる。

学校の授業は真面目に受けていたし、成績も悪くない。

小さい頃とかは日本地図とかよく眺めていたので地理は得意だ。


「それよりも問題は終末再現都市とやらですね。東京みたいに壊れている街を廻らないと」

「次のページすごいわよ。どれもSFチックな文章で現実味がないわ」


reデバイスの画面をスライドさせ、次ページの文章を読む。

東京を含めた各都市の滅んだ原因と、それに至る歴史が記載されている。


「札幌が核戦争で滅んだ世界。宮城が魔術と交わった世界。東京は人工知能が反乱して、横浜は天変地異。‥‥‥‥どれもすごいですね」

「こんな世界がありえたかもしれないのよね」

「みたいですね。ちょっと信じられないですけど」


どれも往々にしてSF小説の設定のようで、今の世界からでも一応辿りそうな終末もあるが。

それ以上に突拍子がない世界が多い。


今の東京で再現されている【機工ノ世界】は後の100年後に必ず起きる終末らしい。

ただ他の再現されている都市は、未来にあったかもしれない可能性。

確率がそれぞれ記載されているが【巨獣ノ世界】なんかはすごく確率が低い。


「札幌と宮城。それと福岡は地理的に行けないので、道順の六ケ所から選びますか」

「徒歩を強制するくせに、なんで北海道と九州があるのよ」


経路的な条件だと近畿地方に固まっている京都、大阪、兵庫は選びやすい。

ただ、明音の言葉通りなぜ遠方の場所が、それも四国とは反対方向の都市があるのか。

明らかに徒歩以外の別の手段を想定している気がしてならない。


「京都の【微睡ノ世界】はあんまり厳しめじゃないわね」

「ですね。逆に兵庫の【巨獣ノ世界】と大阪の【逆態ノ世界】は正直通りたくないです」


それぞれ、記載されている文章を読んで辿る地点を吟味していく。


未だ外は暗く、夜闇に支配された滅んだ東京市街。

壊れかけのビルの中、小さな明かりが二つ灯り、明け方まで相談が続けられた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


東の空が僅かに白み、静謐が支配する時間が止まった廃墟の街。

一種幻想的な光景で、橙色の光が反射して街の輪郭が鮮明になっていく。

道路脇には家屋だったはずの瓦礫が積み重なり、黒い路面のアスファルトには大きな弾痕のような陥没。

焼け落ちて鉄筋だけが残されたビルの壁には、巨大な円筒上の鋼色の球体が収まっている。


終わった世界の中、瓦礫を避けるように進む二人の人影。

こそこそと足音を消しつつ、軽いジョギング程度の速さで廃墟を進む。

前を走る少女は溌剌に、後ろを追随する少年は重そうな瞼を擦りながら。

二人ともバックパックを背負い、それ以外は何も持たず身軽な装いで廃墟群を走っていく。


「先輩‥‥‥ちょっと早いんですけど」

「早くしないと他の試練者プレイヤーと出くわすわよ」


小声で伝えるが、前を行く少女は軽く振り返っただけですぐに走り出す。

少年の息が朝の冷え切った空気に落とされ、ほんの少し白く変わる。

ほとんど寝ていないのにこの人元気だなと、少年は諦めたような感想を抱く。


試練の周知があってから僅か四、五時間。

夜通し相談を続け、辿る行程の内容を詰めた。

《終末再現都市》の内容については、文章を読んだだけではどの程度危険か分からなかった。

結局着いてみない事には分からないので各都市の危険度よりも、他の試練者プレイヤーと不用意に遭遇する危険の方が高いと判断した。


規定の中には『試練者同士の友好的な接触が奨励される』という記載があったものの、この一文にどれだけ強制力があるのか分からない。昨日までは他の人間へ危害を加えることが禁止されているようだったが、おそらくそれはもう無くなっている。


これまで平々と暮らしていた試練者プレイヤーが、すぐさま他の試練者プレイヤーと対立し危害を加えられるとも思わないが、今の世界には市民をも守ってくれる警察も市民が守るべき法律もない。

もしも周りに平気で人を殺せるように人間がいた場合、東京圏内の治安は劇的に悪化する。

今できることは不用意な争いを避けて、東京から一刻も早く出ること。


明音も同様の意見だったらしく、特に反論もなく東京都市圏からいち早く抜けることを決めた。

最初の目的地については、神奈川県横浜市にある【悪天ノ世界】か、それを抜かし静岡県浜松市の【汚穢ノ世界】にするか。だいぶ迷ったが、結局多くの試練者プレイヤーが横浜を目指すことを予想し、【悪天ノ世界】をスキップすることにした。


【悪天ノ世界】の紹介文には、雷雨・豪雨・豪雪・天日・竜巻・濃霧その他、あらゆる異常気象が明記されており、時間が停止していても気候の状態が残されている可能性がある。人が滅んでしまうほどの悪天で二四時間滞在するのは、だいぶ厳しい。


一番初めが、静岡浜松市の【汚穢ノ世界】。

その次で愛知の【星骸ノ世界】と密集している京都、大阪、兵庫のどこかで二つ。

合格条件の四つは回れそうだが、この判断が正しいかどうかは行ってみない事には分からない。


秋灯は荒い呼吸を整えつつ、まだ薄く白んだ市街に目を向ける。

道路の脇に瓦礫が山と積まれ、近くの商業施設は一階が鉄骨だけを残しギリギリ建物の様相を保つ。

地面に横たわってる電柱と、今にも倒壊しそうな斜めに傾いたビル。


この廃墟の街は人類が機械に抗った闘争の跡地。

【機工ノ世界】の説明文は日曜の昼下がりに放映されているような名前も知らないB映画のような設定で、正直他人事的な感想しか抱けなかった。


ただ、その世界を改めて見てみると。

人が抗いけれど滅ぼされた世界の有様を思い知らされるようで、背筋に冷たいものが伝う。

多くの人が死に絶え、人類と言う種族が存続できなくなった終末の世界。

こんな世界を試練者プレイヤーに見せて神様は何を考えているのか。


「‥‥‥まだバトロワ展開のが良かったかな」

「ちょっと、何か聞こえるわ」


ため息のような小言を漏らすが、先を行く明音が振り返る。

口元に人差し指を当てていて、目線は道路の先へ。

秋灯も耳に意識を向けるが、微かにモーターの駆動音のような音が聞こえる。

音は次第に大きくなり、加えて錆びついたブリキを軋ませるような不快な音と、瓦礫の地面を踏む音が混ざる。


「他の試練者プレイヤーですかね?」

「いいから、こっち」


明音は身を屈め、道路先のビルに身を潜める。

こちらに向かって顎をくいっと縦に動かすが、秋灯は首を傾げる。

一瞬苛っとした表情が浮かび、今度は勢いよく手招きしてくる。


明音に倣い、太い角張った柱の横にしゃがみ込む。


「‥‥あんまり近づきたくないんですけど」

「気になるでしょ」


朝焼けに満ちた静謐な廃墟の中に人工の音が反響する。

背中を丸め音の先に近づいていく先輩と、その後ろを嫌そうな顔で着いていく後輩。

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