序章⑧ 試練の宣誓
石垣だけが残され、今は芝生に覆われているかつての城の跡地。
遠目に居並ぶビルに見下ろされながら、周りの木々が自然を感じさせる。
東京の中心地にあるはずなのに、この場所だけ空間ごと切り離されているようだ。
鐘の音は黄金の柱がある西側、吹上御苑の方から鳴っていたが敷地にはなぜか入れなかった。
感覚的に、これ以上入ってはいけないという本能のような忌避感があって、足が動かなくなった。
今は江戸城本丸の跡地がある東御苑にいるが、ここに最も多くの参加者が集まっている。
満員電車程でないが、ごみごみした苑内。
まるで時間が動いていた世界に戻ったように感じる。
多くの人が空を眺めながら、心地いい鐘の音を聞き続けている。
その音にうっとりしている者もいれば、手を合わせ拝んでいる者、涙を流している者さえいるが、秋灯は既に飽きていた。
――早く始めてくれよ。
内心でうんざりしたような感想を漏らす。
上空の鐘の音はだいたい一時間、ひたすら同じ音色を響かせ続けている。
横で同じく待機している明音は、腕を組んで芝生の上に仁王立ちしている。
集中しているのか目を閉じていて話しかけるなオーラを醸しているため、雑談もできない。
人を集める手段として鐘を鳴らすのは良いが、一時間は長すぎる。十分でいい。
イヤホンか耳栓を持ってくればよかった。
割と罰当たりな感想を抱いていると、ようやく鐘の音が小さくなっていく。
ゴーーーーーーーン、ゴーーーーーーーンという音がさらに上空へ遠ざかっていき、それに伴い周りが静かになる。
談笑していたグループは会話を止め、しゃがみ込んでいた人が起き上がる。
皆それぞれが身なりを正し、不思議な緊張感が苑内を包んでいく。
そして、黄金の柱がひと際大きな光を放つ。
「は!?なんだよあれ!?」
「金色?柱?」
「な、なにあれ!?」
「神様なの?」
今更それが見えたのか、驚いている参加者が多い。
ずっと視界の中にあったのに。まさか見えてなかったのか。
周りが喧騒と熱狂に包まれるが、それを寒々と見てしまう。
目算の直系が二百メートル程度。確かスカイツリーの根元の直径が五十メートルくらいなのでその四倍はある。
見上げていると頂点が分からないほど高く、なんとなく神話のバベルの塔を彷彿とさせる。
「眩しいな」
視界を手で覆い、鬱陶しそうに零す。目が痛くなってきた。
柱全体が光っているが、それに加え周りにガラス片のような光が散らばる。
雪の結晶のような光の粒が降り注ぎ、苑内全体を包み込む。
神々しく幻想的な光景。けれど、周りの熱狂的な高揚感に一人だけついていけていない。
「神‥‥様?」
「なにあれ?」
「人のかたち?」
「本当に‥‥いたんだ」
光の中に何が見えたのか、多くの参加者が同じようなことを呟いている。
ただ、秋灯には柱と光の粒にしか見えず、神様っぽい姿はさっぱり確認できない。
周りをきょろきょろ見ていると、今度は頭の中に声が響いてくる。
『人の子らよ、よくぞ集まってくれた。我は今代の神の座に着く者』
神々しく、厳かで、優しくも冷たくもある声。
周りでは地面に跪く者、手を擦り合わせ祈り出す者が出てくる。
『永きに渡り星は運命の歯車に従い、命の営みが消えることなく巡り続けてきた。永続調和の契りの果て、我が神聖なる願いが人の子らに等しき才と英知の灯、そして、寄る辺なき進歩を与えた』
不思議と胸のあたりが熱くなる。
ただの言葉一つに、多くの重厚な想いが込められていて、感情を無理やり揺り動かされる。
ずっと他人事感のような薄ら寒さを感じていたのに、こんな感覚は生まれて初めてで、秋灯自身も意識が高揚してくる。
『だが、この世界は爛熟期を迎えつつある。我が与えた兆しは収束し、栄えた世はもはや枯れていくのみ。見よこの大都市を。人の手で作り上げられ、喝采と栄華を極めた摩天楼たるこの大地は、人自らの手で荒廃した。この光景は我が愛しき人類の百年後の姿である』
今の東京が百年後の姿。
驚きつつ、それ以上に神の言葉が胸を締め付ける。
込められた諦観や嫌悪、それ以上の哀しみ。感情の濁流が頭を通して一気に流れ込んでくる。
強制的な共感状態。これは、洗脳に近いかもしれない。
『果て無き荒野と、人の住めぬ不毛の大地。自ら生み出した英知を制御することもままならず。溢れかえる穢れに人は抗う術を持たず。困惑と混迷になすすべもなく流されていく。すでに終末は運命づけれられた』
胸の内からこぼれそうになる感情を必死に抑える。
神が言葉を発する度、苑内が狂乱状態になっていく。
『世界の永続進化。断点無き継続のため、神代の願いを次代へ継ぐ刻がきたようだ』
その言葉には期待と好奇が混じっているように感じて。
一拍おいて、言葉が続く。
『試練とは進化への挑戦である。新しき概念の降誕である。多くの困難に直面し、苦しみに喘ぎ、絶望し、それでも願いを抱き続ける者だけが生き残る。今より我が目は試練に挑みし者たちに向けられる。人の子よ試練の舞台に立つ覚悟があるか。厳しい道を歩み、深い闇に立ち向かう覚悟があるか。心と意志、その真摯なる姿勢こそが、この試練の成否を左右する鍵である』
抑えられない。頬を強く噛み、叫び出しそうになるのを無理やり止める。
目元が緩みそうになるが、それを必死に堪える。
映画とかで全く感動しない性格なのに、勝手に心が反応してしまう。
『願いを持つ子らよ。世界を先に進めたいと焦がれる者よ。胸に大義を抱き世界を自分の願いのまま変えたいという身の程を知らぬ愚か者たちよ。汝らの決して叶わぬその願い、今この刻をもって示すがいい』
爪が食い込むほど拳を強く握る。
噛んだ内の頬から血が出てくるが、限界だった。
『試練の刻、来たれり《Ars Moment of Truth》。ここに神ノ試練の始まりを宣言する』
「「「「「「うぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」」
割れんばかりの歓声が大地を揺らす。
一人一人が両手を挙げて絶叫している。
湧き上がる感情を抑えることを諦め、秋灯もそれに続く。
心の中を無理やり引きずり出される。これが神様という存在。
身に溜まった何かを吐き出すように雄叫びを上げる。
ただ、それでもどこか白けている自分がいた。
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