序章⑦ 開会式前

半壊した街にも随分見慣れてきた。

東京駅の丸の内駅舎は積まれている赤レンガが黒く焦げ付き、屋根のドームや尖塔部分は完全に崩れていた。

駅舎を見下ろす周りのビル群はもっと酷く上階が崩れ折れ、無数の砲弾の痕。

今にも倒壊しそうで、時間が止まっていなければ近づくのも怖い。


逆に都心のビル群と違い、皇居周辺については比較的被害が少なかった。

外苑の芝生は所々剥げていて内堀の水は枯れていたりするが、精緻に積まれた石垣は残され二重橋や桜田門はしっかし原型を留めていた。内苑の建物や御所についても比較的原型を保っているらしい。


廃墟には見慣れてきた。

が、この光景にはまだ慣れない。


「やっぱり大きいな」


宙を見上げるが、首が痛くなるほど高い黄金の柱。

時折、空に向かって光の環を吐き出し、見ていると心がざわざわしてくる異質な建造物。

おそらく皇居の御所あたりに根元があるのだろうが、場所を探そうにもなぜか近づけない。


まるで空に虹がかかったとき、根元をいくら探しても見えないように。

近いのか、遠いのか。じっと見ていると遠近感を狂わされる。

廃墟となった東京に何があったのか分からないが、まだこの街並みのほうが人の常識の中にあるように感じる。


東京に着いて六日。

拠点にしているオフィスビルから何度か皇居まで通ったため、数人の動いている人と話しをすることが出来た。

基本的には明音に教えてもらった情報と大差なく、全員が世界の時間が止まったことに驚いていた。


詳しく話せた参加者は三人。

消えた少女と違って、逃げられることもなく普通に会話ができた。


一人目は、30代前半くらいのサラリーマン風の男性。名前は登美明彦。

ビジネスバッグによれたスーツ姿で皇居前に佇んでいて、若干やつれていた。

どうやら時間が停止するまで試練が行われることを信じていなかったらしい。


食料を渡すと、喜んで会話に応じてくれた。

内容は明音と変わらなかったが、やはり夢に神様が出てきて試練の参加の有無を聞かれたみたいだ。

正直まだ夢の中にいるようだと苦笑いしながら語っていた。


二人目に話せたのは大学生くらいの女性。

警戒心を解くため、明音が話したので名前は知らない。

こちらも話の内容はさほど変わらなかったが、停止した世界で心細かったのだろう。二時間くらい会話を続けていた。

身の上話から始まってお風呂に困るだとか、寝るとき周りが怖くて深く眠れないとか。

明音が真摯に話に付き合っていたことがちょっと意外だった。


三人目はロードバイクに乗った男性。

歳は二十の半あたりで、自分の事をリリーマンと呼んでくれと言っていた。

半笑いで再度本名を尋ねたが、頑なに喋らなかった。意味は忘れた。


大きなバックパックにヘルメット、サングラスと万全な準備をしていた。

彼は皇居前の芝生にテントを張ってそこを拠点にしており、会話にも一番積極的だった。

他の参加者には自分から声を掛けているみたいだったが、争いが禁止されているとはいえ、なかなか豪胆だ。


彼からの情報もほとんど変わらなかったが一つだけ気になる内容があった。

彼は群馬の前橋から東京まで自転車を漕いできたらしいが、一部道路の地形が変わっていたらしい。


基本的に主要な幹線道路か高速を使っていたが、途中道を断続的に横切る素肌の地面があった。

アスファルトで覆われた道路に突然現れた地面。そこだけ空間が切れているような違和感があったと語っていた。

面白い話だったが、男性自身も良くわかっていないみたいでそれ以上詳しい話は聞けなかった。


皇居周辺で見かける参加者は日を追うごとに増えていき、秋灯が一日でみかけた人数は最大で三十人。

大抵、皇居の周辺をうろうろしてどこかへ消えていく。

試練と聞いて皆警戒しているのだろう。考えることは同じらしい。


この東京には今どれくらいの人が動いているのか。


数百人か、もしくは千人を超えているのか。

想像以上に神の試練の参加者は多いみたいだ。


【閑話休題】


ようやく時刻が九時を回った。

開会式当日。一応日付が変わった時間から皇居外苑で待機していたが、特に何も起きずに朝を迎えた。


明音と交互に仮眠をとって備えていたが、なんだか拍子抜けだ。

お告げをするのなら日付だけじゃなく時間も教えておいて欲しかった。


芝生の上に敷かれたテントから明音がのそのそ起きてくる。

髪が乱れていて目が半開きだ。


「‥‥‥おはよ‥‥‥‥何か変わったことはある?」

「いえ、特に何も起きていません。他の参加者は増えてきましたが」


秋灯たちの周囲には確認できるだけで五十人程参加者が待機している。

皆牽制しあっていて一定の間隔を空けて近づいてこない。

ほとんど一人で行動している者が多いみたいだが、二、三人で集まっているグループもある。


秋灯は芝生の上に座り大手門の方向に目を向ける。

皇居の外周は広い。

ここでこれだけ人数が集まっているなら、中の東御苑や宮殿の方はもっと人が多いかもしれない。


「そろそろ移動しましょ。中に入ったら何かわかるかもしれないわ」

「わかりました。思ったより今日は時間がかかりそうですね」


今日を迎えたらすぐに試練の開会が起こると思っていたが、予想が外れた。

秋灯と明音は手早くテントを仕舞いバックパックを背負う。

リアカーは目立つので拠点にしていたビルに置いてきた。


ゴーーーーーーーーーーン、ゴーーーーーーーーーーン、ゴーーーーーーーーーーン


ちょうど支度を終えた段階で皇居の御所。黄金の柱が立っている方面から鐘楼のよう音が鳴る。

寺の鐘というよりは、教会や結婚式場で聞くような明るい音色に近い。


「‥‥始まるみたいね」

「やっとですね」


小走りで鐘の音の方へ向かう。

ようやく、神様とやらの姿を見れるかもしれない。

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