序章⑥ 深夜の考察
スーパーマーケットの珍事の後、秋灯と明音は無事に泊まれそうなビルを見つけた。
見た目、周りの建物より損傷が少なく中も廃墟手前くらいの状態。
錆びついた案内板に書かれた社名から、どこかのコンサル会社の受付の部屋。
窓ガラスは当然のように割れていて、天井のパネルも剝がれている。
何十年と使われていないのか、ソファや椅子には厚みのある埃が積もっていて喘息になりそうだ。
ただ、空気以外の時間が止まっているため見た目以外そこまで問題にならない。
比較的平らな床、ここを選んだ一番の理由だが、それでも非常に硬い。
持っていたテントを張り、キャンプマットを中で拡げる。
寝袋と毛布の厚みも加え、これで硬さを和らげる。
登ってきた階段に簡易的なバリケードを作り――持っていた荷物を置いただけ――動いている人間に一応備える。
生きものの雑音が消えた廃墟の街並みは驚くほど静かだ。
人の足音、服の擦れる音。吐く息の音でさえ聞こえる。
寝ていても音だけで気づくと思うが、心理的にこっちの方が落ち着く。
さっき棚に叩きつけられた衝撃でまだ背中がズキズキ痛む。骨は折れていないと思うが、大きく腫れていた。
明音が持ってきていた荷物。キャンプグッズや食料など充実していたが、応急キットとかは別になかった。
あの消えてしまった少女以降、人には出会えなかった。
参加者の数が少ないのか、お互い警戒しているのか。
もしくは、まだ東京に集まっていないとも考えられる。
東京は意外と広い。昼間の少女から話を聞けなかったのは勿体なかったかもしれない。
「寝た?」
ソファの向こう側から、声量を落とした明音の声。
寝袋に包まれ、テント越しに話してるからくぐもって聞こえる。
「起きてますよ」
短く返す。
すでに寝入っていると思ったので、少しびっくりした。
身体は疲れていたが、消えた少女の事を悶々と考え続けていた。
「‥‥‥今の状況って、タイムスリップでもしてるのかしら?」
「この廃墟ですか?」
「ええ。建物が崩れてて、まるで地震とか戦争があったみたい」
明音はこの街について考えていたらしい。
「なくはないですけど。でも、東京以外は普通に時間が止まってるだけでしたし」
普通の定義がおかしい気がするが。
自分で言っておきながら、少しだけ笑えてくる。
「橋を渡ったときに未来に移動したとか?」
「渡る前から見えてましたよ」
「橋がタイムマシンなのよ」
「乗り物のほうが使いやすそうですね」
時間跳躍の推論を推しているらしいが、正直東京の街については考えることを諦めていた。
明らかに、今のこの街の状態は人の出来る範疇を超えている。
橋を渡った直後は悲壮感を漂わせていた明音だが、今更興奮してきたらしい。
「時間停止とか、街がボロボロになってるとか。明らかに神様が関係していそうなんで。考えても分かんないですよ」
「むぅ‥‥‥まぁ、そうね」
人の手が及ばない理外の事象より、今は考えることがある。
少女が纏っていた緑色の光。あれには少しだけ心当たりがある。
「それより先輩は見えましたか?あの女の子が消えるとこ」
「はっきり見えなかったけど、出口に向かってすごい風が吹いてったわね」
「あんな動き、人に出来ると思います?」
「うーん。頑張ればなんとか‥‥?」
出来るわけないだろう、と突っ込みたかったが。
静かな夜で声を上げるのもどうかと思ったので、飲み込んだ。
人の視界から消える速度を出せれば、オリンピックで余裕で金メダルを取れてしまう。
「私たちより小さい子もいるのね」
「そうですね。でも、そこまで変わらないんじゃ?」
「中学か小学生ぐらいじゃない?」
「いや、流石に小学生じゃ厳しいでしょう」
そのまま雑談を続ける。
興奮気味の明音に付き合いつつ、次第に交わす言葉が少なくなっていく。
「‥‥‥‥タイムスリップに超能力少女。面白いわね」
それは強がりなのか、もしくは本当に喜んでいるのか。
微かに呟かれた声から、感情までは分からなかった。
高校生男子を吹っ飛ばし、一瞬で視界から消える系女子。
明音と同じ正規の参加者なので、これから先もしかしたら戦うことがあるかもしれない。
この世界はいつから不思議ファンタジーの存在が許されるようになったんだろうと秋灯は思った。
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