序章⑤ 未確認少女I

「まだ試練の開会まで五日あるわ。一旦泊まれる場所、あるか分からないけど、マシな場所を探しましょう」

「分かりました」


ようやく落ち着いてきた。正確には諦めたに近いが。

視界一杯に広がる廃墟。世界の時間が止まっているなら東京が終末の世界然としていても、なんでもあり得るのかもしれない。


黄金の柱について、秋灯が存在を伝えるまで明音は分からなかった。

本人は街に気を取られていたと言っているが、流石にあれに気づかないのはおかしい。

伝えた瞬間、口をあんぐり開けて叫んでいたし。


アスファルトの陥没を避けつつ、ゆっくりリアカーを引く。

建物の破片やガラスなど、瓦礫が多くてタイヤがパンクしそうだ。


「試練の参加者ってどれくらいいると思います?」


若干まだ暗さの残る雰囲気。

気持ちを切り替えるために明音に話題を振る。


「分からないわ。でも、私が選ばれるくらいだからたくさんいるんじゃない?」

「世界を変えたい願いを持ってる人なんて、そうそういないんじゃ」

「そうかしら?みんな誰だって思うでしょ。こんな世界だったらいいのにって」


確かに一度や二度くらいなら、世界を変えてやりたいと思うことはあるかもしれない。

でもそれはタラレバの妄想で、本気で願っているわけじゃない。


「なら、そろそろ動いてる人に会いたいですね」

「人に会っても最初は様子見よ。参加者同士の争いは禁止されてるけど、何があるか分からないわ」

「分かりました。ただ、できれば事情を聞いてみたいですが」

「同い年くらいとか、明らかに無害そうだったら声を掛けてもいいわね」


それはけっこう限定されそうだ。


回りの廃墟に目を向ける。

近くのオフィスビルは根元の柱に亀裂が入り、今にも倒壊しそうで。

隣の雑貨屋なんかは一階部分が完全に潰れきっていたりするが、この廃墟の街並みも時間が止まっていた。


足元に散らばる建物の破片も、ひび割れた壁もどれも嘘のように硬い。

もし時間が動いていたら、砂ぼこりと瓦礫のクズで移動どころではなかっただろう。


道行を確認しながら、慎重に歩を進めていくが。

その先から微かに人の声が鳴る。


「っ?! 白峰先輩!」

「ええ、聞こえたわ!」


先の建物。崩れかかっているスーパーマーケットの中から。

リアカーの車輪が道路を擦る音と違う、ここからでは言葉は聞き取れないが、まるで啜り泣いているような。


秋灯はリアカーの持ち手を下ろす。

明音を一瞥し頷き合い、前方のスーパーの入り口まで足音を殺して近づく。


「‥‥‥ううぅ、‥‥‥‥ひくっ。どうして東京が廃墟に。でも、やっぱり止まって、」


アルミサッシが歪んだ入り口から女性特有の高い声が響く。

どうやら食べ物を探しているらしい。


「やっと、缶詰見つけたのに、取れないぃ。‥‥‥‥うぅぅぅ、お腹空いたよぉぉ」


ガラスの破片が散乱した店内。

商品棚のほとんどが折り重なって倒れ、天上のパネルは崩落し中の配線が垂れ下がっている。

売り物はほとんどないようだが、腐った魚や肉が置かれていなくて良かったかもしれない。


入り口に並んでいるレジ裏に隠れ、声を発した人物を探す。

店内の中央。一番損壊が少ない場所で、その後ろ姿を見つける。


背中しか見えないが、中学生くらいの身長に学校の制服。

胸元まで垂らされた長い髪と背中には小さめのリュックサック。髪色が光の反射で暗い翠色に見える。


少女は無事な棚に陳列された鯖缶を掴むが、時間が止まっているため取ることが出来ない。

手の甲に血管が浮き出るほど力を込めているが、軽そうな見た目に反して全く微動だにしない。

一分後。流石に諦めたのか少女は変なうめき声をあげながらその場にペタンと座る。


見てはいけないものを見てしまった。


「うぅぅ‥‥あと五日もあるのにどうしよう。頑張って早く来たのに‥‥」


泣き言が止まらない。なんだか見ているこっちも辛い。

背中がどんどん丸まっていって、明らかに気落ちしている。


言葉の内容から明音と同じ参加者だと思うが、食べ物の準備をしていなかったみたいだ。

昨日の秋灯と同じく、時間が止まった世界に食べ物もなく放り出された状態。


「どうします先輩?」

「流石に大丈夫でしょ。見た感じまだ子供だと思うし」


気の毒なものを見るような目で明音が答える。

対して歳は変わらないと思うが。


「あれも演技かもしれませんよ。他の参加者の同情を引いて、食料を奪う算段かも」

「あんた思ったより容赦ないこと言うわね」


半泣きになり動こうとしない少女を見ながら相談する。

他の参加者とはタイミングが合えばどこかで話そうと考えていた。

明音以外からも夢のお告げの内容について聞きたかったし、試練について他の事情を知っている人がいるかも知れない。


目の前の少女は見るからに無害そうなので、話しかける相手として無難だろう。


「とりあえず俺が話を聞いてきます。まだ食料に余分がありましたよね。申し訳ないですけど、カロリーメート数本で交渉してきます」

「分かったわ。でも、あれだと困ってそうだからもっとあげて大丈夫よ。秋灯と私の二人でも一週間で食べきれない量があるから」


やはりというか、この人は結構甘い。

これから先、神の試練で競い合う相手なのに普通に少女の心配をしている。

食料に関しても、まだ会って一日しか経っていない後輩がいる前提で話を進めている。

神の試練が人を蹴落としあうデスゲームとかだったら、この人は大丈夫なんだろうか。


明音の言葉にこの先の心配が湧くが、とりあえず少女へ近づく。


「あのーすみません。大丈夫ですか?」


項垂れていた少女の背中がびくつく。

声を掛けられたことに驚いたのか、すごい速さでこちらに振り向く。


秋灯と少女の目が合い数秒。

丸々の目が大きくひん剥かれこちらを凝視してくる。


「試練のことについてちょっと話したい「きゃっっぁぁぁぁぁあああああ!!!」


言い終わらず、少女が悲鳴をあげる。

一瞬、身体から緑色の光を発し、目の前に風が吹き荒れる。

予想しなかった風圧を受けて、後ろへ吹っ飛ぶ秋灯。


硬すぎる後ろの商品棚に叩きつけられ、意識が飛びそうになる。

スーパーの中なのに小型のトラックに轢かれたみたいだ。


なんとか立ち上がり目の前を確認するが、その場に小さな木枯らしを残し忽然と少女が消えていた。

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