序章④ 東京崩壊

17号線を進み、埼京線の高架橋をくぐる。

緩やかな上り坂でリアカーの取っ手が重くなるが、脚に力を入れる。

少しふくらはぎに筋肉痛を感じながら、今日はまだ余力が残っている。

硬すぎるアスファルトのせいで足首に違和感があるが、今朝入念にストレッチをしたので痛みはほとんど感じない。


赤信号で止まった車を脇に出て躱すが、昨日より数が減っている気がする。この場所を知らないため普段の交通量がこの程度なのかもしれないが、これなら浦和周辺のほうがよっぽどゴミゴミしていた。


両側に聳えていた騒音防止用の高い高欄が無くなり、視界が開けてくる。

県境である荒川と、長い箱桁の道路橋。

川の流れは止まっておらず、停止した世界でも動いている。

左側には東北新幹線の鉄道橋が。右側には遮るものはなく荒川と東京の街並みが一望できる。


が、その光景に違和感がある。


「なによあれ‥‥‥‥⁉」


明音が動揺を含んだ声を漏らす。

対岸の河川敷。その奥に見えるマンションやビル群が廃墟の様に崩れている。

まだ遠くはっきりと見えないが、大きな集荷場のような建物は鉄筋がむき出しになっている。


「東京、ですよねあれ‥‥‥‥」


自体が呑み込めず、うまく言葉が出てこない。

東京の街並みが廃墟に変わっている。

何があったのか、ここと同じように時間が止まってるはずなのに。


出てくる疑問を一旦抑え、再度リアカーを引く。

路面が整備された真っすぐ伸びる橋を進むが、街の詳細な姿が近づいてくる。


橋の終端近くの通信会社のビルは看板がさび付き、ほぼ全ての窓ガラスが割れている。

その横の白いマンションは厚手のモルタル壁が崩れ、外装は砲弾でも撃ち込まれたのか、大きく窪んでいる。

堤防近くの立体駐車場は骨組みだけが残され、焼けたように黒くくすんでいる。


他の建物もだいたい同じような見た目で。

赤黒く錆びて崩れかかっている街並み。全面を草に覆われている建物もある。


「‥‥なんでよ。時間が止まってるはずでしょ」


足元に転がる瓦礫に躓きそうになりながら、絞り出すように疑問を口にする明音。

周りを囲む廃墟の街並みに目を奪われている。


だが、秋灯の視線はそれよりも異質な物に釘付けになる。

視界のずっと先。


見た目廃墟の街並みの中、東京のシンボルとして立っている世界で一番高い電波塔。

頂点の細いアンテナ用鉄塔は折れかけているが、トラスに編まれた太い鉄骨部分はしっかり残されている。

そのスカイツリーの更に右奥の方角。


「金色の‥‥柱?」


どれくらい距離があるのか分からないが、光り輝き空に向かって伸びている太い何か。

黄金の柱ともいうべき異様な建造物が廃墟の世界に聳え立っている。


昨日までの東京には絶対になかった。

正直、神の試練と言う名称に胡散臭さを感じていたが、本当に神みたいな存在はいるらしい。


黄金の柱はその頂点から何か光の環を吐き出しており、それが波紋のように空に広がっている。

まるで可視化された電波のようだ。


周りのビル群や折れたスカイツリーより高く、見続けていると目がくらくらしてくる。

太さも相当なはずだが、金色の柱の輪郭に自分の視線を合わせづらい。

距離的には橋を渡る前にも見えていたはずだが、なぜか気づけなかった。


今も明音は廃墟だけを見ていて、なぜか柱に気づいていない。


「‥‥気味が悪いな」


神々しいはずの柱だが、廃墟の街並みと相まって。

ただ、不気味だった。

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