第14話
槙野は五人が座ったことを確認し、緊張した面持ちのままに「いただきます」と言う。いつもみたいに「いただきます」と手を合わせる荻野と金子。一方の百井はどこまでも給食感が漂うこの雰囲気に戸惑い、口にはせず手を合わせるのみだった。
今日のメニューはうどんと野菜中心の天ぷら。完成してから時間が経ってしまったために衣はしんなりとしていたが、味は格別だった。
「茉菜の作る料理は本当に美味しいよね。あっ、もちろん金子ちゃんの料理も美味しいよ」
「えっ、なんか今、私のこと付け足したみたいな感じで言いましたよね?」
「ん? まぁほら、麺が伸びないうちに食べよう」
「あー! 今話変えようとしましたよね!」
金子が天ぷらに齧りつく手を止める。「そんなことないよ」と槙野は弁解しようとするも、「猛、女性は具体的に褒めらたい生き物なんだよ。百井さんもそう思いませんか?」と聞く耳を持たず、荻野は同情を求める。すると百井は少し照れ笑いしながら「そうですね」と言う。
槙野は頭を掻き、髪をぐしゃぐしゃにした。まるで行き詰った作家のような立ち振る舞いだった。
「具体的に、か。難しいな」
「じゃあ、私の手料理と金子ちゃんの手料理の違うところは?」
問い質すような言い方をする荻野。気になることがあればすぐに質問する、好奇心旺盛なその性格に、来たばかりの百井は少し引き気味だった。そのことに金子が気付いたときには、もう手遅れだった。
言い訳をしてその場から逃げようとする槙野だったが、一向に許そうとしない荻野。
「茉菜のは母の味って感じで、金子ちゃんのは父の味って感じ」
「ん? どういうこと?」
「うちは母さんが会社勤めで、親父は自営業やってるからさ、どっちかって言うと親父の味付けで育ってきて。どこか無骨な感じなんだけどそれが好きだった。でも、仕事が休みのときに母さんが作ってくれる、優しい味付けの料理も好きだった。だからどっちの味付けも選べないくらい、それぐらい二人の料理も好きってこと」
苦し紛れに、それっぽい感じの理由を述べる槙野。しかし、そんな発言にニヤニヤが止まらない女性三人。荻野は類以にうどんを食べさせながら「平和な終わり方を導いたね」と微笑んだ。すると金子も「槙野さんって毎回そのやり方で場をまとめようとしますよね」と呟く。
「争いごととか、そういうのが嫌いだから」
一瞬の間があったのち、百井が「見た通りって感じですね」と笑いながら言う。荻野も「そうそう」と頷きながら笑っていた。槙野はこれから先、しばらくは女性三人に振り回されるんだ、と想像するだけで頭が痛くなったが、シェアハウスならではのことだと思うだけで、少しは気持ちが楽になっていた。
その後も繰り広げられた夫婦の会話。金子が時に合いの手を入れるだけで、百井は一切話に加わろうとしなかった。その辺の積極性は乏しいみたいだった。
「皆さん明るくて、しかも柔和でいいですよね。前からこんな感じだったんですか?」
「俺とか茉菜が来た当時は全然。引っ越した住人二人がいた頃は、ある一人にリードされる形だったし、もう一人とはプライベートまであまり介入しなかったですし。今ほどの関係性ではなかったですよ」
荻野が頷きながら、自分が作った天ぷらを口いっぱいに頬張る。皿に山盛りになっていた天ぷらは、残り二つだけになっていた。
「へぇ、意外ですね」
「意外、ですか?」
「はい。勝手に、出会われた頃から仲が良かったのかと思ってました」
「どうしてそう思われたんですか?」
「だって、お二人は夫婦なわけだし、ミサちゃんに至っては、引っ越してきてすぐに住人たちと打ち解けたって感じがしたので」
「夫婦だからって、昔から仲がいいとは限らないと思いますよ」百井の発言に一刀両断する荻野。すると百井は「え=、そうなんですかぁ?」と、興味がないのに質問したという顔で訊く。
「私の友達夫婦は、最初は仲が悪くて喧嘩ばかりしていたのに、今は温和に仲良く暮らしているんです。だから、夫婦だからって最初から仲がいいとは限らないかと。百井さんも、あまりそういうことに関しては訊き過ぎないほうがいいですよ」
軽く注意をする意味合いを含めた言い方をすると、百井は口先を尖らせながら、「あの、いま、私って荻野さんに怒られてるんですか~?」と恍ける。このとき、荻野の眉は吊り上がり、明らかに怒っていた。しかしながら、自分には悪気がないといった態度で座っている百井は、荻野の言葉に無反応だった。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてよ」
二人を宥めるべく槙野がそう言った瞬間に、荻野と金子が槙野に視線を向ける。それは冷徹そのものだった。
「私は荻野さんと違って落ち着いてますよっ」
また前髪を指でカールしながら言う百井。本当に悪気が無いのだと、先住人たちはつくづく実感した。「ごめん」槙野は金子と荻野にだけ謝った。すると荻野はフフッと笑って、小さな声で「いいよ」と囁く。百井はまだ前髪を触り続ける。類以は大人たちのやり取りを俯瞰した感じで聞きながら、荻野の手も借りながら黙々とうどんを食べていた。
正直言って、初日の雰囲気は今までで一番最悪だった。類以の機嫌はここ一週間の中で一番安定していたのに、百井が来たことによって、逆に荻野や牧野、金子の機嫌が悪くなった。しかし、類以のように言葉が発せないわけでもなく、意思が通らないからといって泣くわけでもない。大人な三人は、百井に干渉することなく、日々平穏に暮らすことだけを夢見た。
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