第3章
第1話
飯田が彼女にプロポーズしてから丸二日。新居への引っ越しを五日後に控える中、このシェアハウスへの入居を希望している女性がいると、飯田のスマートフォンにオーナーから連絡が入った。その人が希望しているのは、柄本が暮らしていた二階の部屋で、飯田の部屋のはす向かいにある。
「なんの電話だったんですか?」金子が飯田に問う。
「入居希望者がいて、明日の十四時にオーナーと一緒に内見に来るっていう連絡」
「この時期に入居希望者ですか?」
「まぁ、引っ越し業者も落ち着く時期だから、それでじゃない?」
「あぁ、確かに。そうですね。」
金子は納得したように、数回首を縦に振った。
「内見あるなら時間までに掃除しないとな」
「そうですね。手分けしてやりましょうか」
「荻野さん、私が代わりにやりますよ」
「え、いいの?」
「はい。荻野さんは類以君の世話をしてあげてください」
「ありがとう。じゃあ、お願いね」
「はい。任せてください!」
柄本が暮らしていた部屋の扉を開ける。あの日以来誰も部屋に足を踏み入れていなかったためか、室内の空気はどことなく淀んでいて、小さな埃が無数に床に落ちていた。
「サクッと掃除しましょう」
「だな。終わらなければ明日続きやればいいし」
「ですね。あ、下から掃除機取ってきますね」
「頼んだ」
金子は一階にある洗面所から掃除機を運び、類以がお風呂に入っている間に操作。八畳の部屋は、二人の手によってあっという間に綺麗になっていく。掃除好きな二人は作業も早く、結局翌日に仕事を残すことなく、ものの一時間で掃除を終わらせた。
「エアコンに関しては他の部屋も合わせて、一気に夏前に業者頼めばいいから」
「分かりました」
部屋の電気を消し、扉を閉める。毎日荻野によって掃除されている廊下は、掃除したばかりの部屋よりも輝いていた。
「金子ちゃん、先に風呂入っちゃって。俺まだ自分の部屋の片づけ残ってるから」
「そうなんですね。じゃあ、お先に」
風呂から出た金子は、髪の毛をタオルで乾かしながら、ダイニングチェアーに腰かける。すると、三階にある部屋から降りてきた荻野。綺麗な黒髪を淡い紫色のヘアバンドで止めている。
「類以君、寝ました?」
「うん。今日はすんなりとね」
ガラスコップに水を注ぎ、錠剤を口に含む。
「良かったですね」
「多分、昼間に公園行ってきたから、遊び疲れたんだと思う」
「可愛い。でも、すぐ寝てくれるほうが荻野さんも自分の時間取れますもんね」
「そうなの。でも、金子ちゃんとか飯田さんとか、みんなが支えてくれるから、昼間でも一人の時間も充分満喫できてるんだ。ありがとね、金子ちゃん」
「いえいえ。気にしないでください。私も類以君の成長に携われて嬉しい限りです」
荻野は金子に微笑みながらソファに腰かけ、テレビの電源を入れる。
「槙野さんは?」
「類以と一緒に寝た。明日は部活の練習試合があるから今日は早く寝るって」
「そうなんですね。部活の顧問もやってると大変でしょうね」
「うん。だから猛はよくやってると思うよ。私も関心しちゃう」
「ですね」
リモコンを操作し、二人が好きな俳優が出ているドラマをリアルタイムで流す。
「明日、どんな人が来るんですかね」
「うーん、シェアハウスを希望してるんだから、人間観察が好きな人とか?」
「なるほど」
「それか、家賃が安いから的な理由で来るとか?」
「ですね。私も実際そうですから」
「そうなの?」
「居心地がいいのも理由の一つなんですけど、家賃も安いし、通勤するのも苦じゃないんで、それで残ったんですよ」
「そうだったんだ」
「はい」
CM明け、俳優陣のシリアスな演技と思いもよらぬ展開に、二人はハッと息を呑んだ。会話どころではなくなり、そして姿勢も自然と前のめりになり、テレビにかじりついていた。
明日、このシェアハウスへ内見に来る人は、このドラマに陰ながら出演している俳優の一人であることを、まだ知らなかった。
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