第6話
槙野と荻野が入籍してから約五か月。養育状況に問題がないと判断され、家庭裁判所に養子縁組の申請をした。それから家庭裁判所による調査が行われ、審判を受けた。槙野は教師の仕事を続け、荻野はとりあえず試験養育機関の六か月間だけ、育児休暇を取ることにした。
そして十月二十二日。養親となる二人が、養子となる類以を観護する初日を迎えた。これから六か月間の長い闘いが始まることに、夫婦は心躍らせていた。
シェアハウス内部は子育てしやすいように少し改造された。荻野が使用していた部屋は夫婦と類以の寝室へ、槙野が使用していた部屋には、二人が使用している家具を置くかたちへ変更となった。そこには業者の手だけでなく、金子の手も加わっていた。幸せなかたちのままシェアハウスの形が変わっていくことに、飯田も少なからず喜びを感じていた。
観護の期間は二人にとっても、金子や飯田にとっても怒涛の半年間だった。弟や妹を育ててきた金子も、仕事が休みのときはサポートしたり、荻野の悩みを訊いたりしていた。しかし、子育ての経験が全くない飯田は、類以に何もすることができなかった。金子が積極的に動く姿を見て、思わぬ形で自分の存在を恥じることになった。
*
桜が咲き始めた三月中旬。審判が確定し、特別養子縁組が成立。槙野と荻野は二人で役所へ向かい、届け出を行った。これにより、正式に類以は二人の子供になった。飯田はこのとき、そろそろシェアハウスを出て行く頃だと思い始めていた。
槙野と荻野は結婚を機に類以を連れてシェアハウスを出て、家族三人で暮らす家を探すつもりでいたが、飯田がオーナーと話し合い、類以が小学校へ入学する年齢まで、シェアハウスで生活することが許された。夫婦からは感謝されたが、飯田自身、気を利かせたつもりは無かった。自分が出て行こうとしているこのタイミングで、槙野と荻野にまで出て行かれるのは、金子も困るだろうと思っての行動だった。
それからというもの、金子は持ち前の器用さと美大で培ってきた技術を生かし、類以用の遊び場をリビングに制作。オレンジ色のラグが敷かれた遊び場には、類以が何に興味を示すのか、未知の領域であるために男の子が好きそうな動物のぬいぐるみやおもちゃを一通り並べていた。そこには、飯田がプレゼントしたサメのぬいぐるみもある。飯田は、いつかサメのぬいぐるみが類以のお気に入りになることを、秘かに願っていた。
あと十日で四月を迎える中、飯田はプロポーズの準備を進めていた。プロポーズが成功すれば飯田は一週間ほどでシェアハウスを出て行く算段でいる。飯田が出て行けば、成人男性一人と成人女性二人、そして生後一年に満たない男児だけになる。こうなれば、シェアハウスというよりは夫婦の妹とその子供が暮らす家みたいな、そんな雰囲気になるだろう。それはそれで面白いのかもしれない。そんなことを思いながら、飯田は自室の荷物を思い出とともに段ボールへ詰めていった。
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