第5話

 子供がシェアハウス内に置かれていたという、この前代未聞ともいえる一連の出来事について、年長者で第一発見者である飯田が責任をもって近くにある交番に届け出た。槙野が言っていた通りで、子供を置き去りにした人物には保護責任者遺棄罪が該当するとのことだった。届け出た時間が二十一時半を過ぎていたために、翌日に本部の刑事がシェアハウスを訪ね、直接住人らに話を訊くことになると説明を受け、飯田は交番を後にした。


 一方で、そのころ槙野と荻野は籠の中で眠っていた類以を抱き上げ、シェアハウスから徒歩十分の距離にある乳児院へ連れて行った。そこで事情を説明すると、類以に健康上の問題がないかを検査するため、一度病院へ入院させると言われ、職員に預けることになった。


他の職員らが手続きをしている間、対応に当たった職員は、「問題が指摘されなければ、養護施設に預けられることになります。そこで、養子縁組を組むなんてこともありますから、安心してください」と説明。口調は穏やかなのに、目が死んでいた。そんな職員を見て、荻野は息を凝らす。


「もし、養親や里親が現れない場合は、その子供はどうなるんですか?」槙野は太腿の上で拳を握りしめる。すると職員は、「子供は引き続き施設で育つことになります」と丁寧に言う。そう聞いた途端に槙野と荻野は目配せし、その職員に類以と特別養子縁組を組むことができないかと相談した。このとき、二人はどちらからともなく手をつないだ。確実に二人は愛を育んでいた。


 翌日。一人の刑事がシェアハウスの住人全員に聴取を行った。昨夜遅くに出て行った柄本に関しては、居場所を警察のほうが突き止め、同じ日に個別で話を訊いた。他の警察関係者らはシェアハウス周辺の防犯カメラ映像を解析したり、隣接する児童養護施設で働く職員らに聞き込みをするなどしたものの、捜査は難航。類以がいた庭先においては、足跡などの痕跡は何者かによって消され、犯人逮捕の手がかりはどこにもなく、手紙に付着した指紋などを照合しても住人以外の指紋は検出されず、事件に関する情報は何も得られないままだった。


 捜査が行われる中、類以は病院で検査を受け、そこでは問題を指摘されず、市の養護施設に預けられることになった。そのことを耳にした飯田はホッと息を吐く。そんな飯田に、槙野と荻野は施設に預けられた類以と特別養子縁組を組む方向性でいることを、昨日職員から訊いた説明を享受し、飯田と金子に伝える。金子は、二人が結婚して、類以を子供として迎え入れようとしていることに驚きを隠しきれなかった。


「二人は本当にそれでいいのか?」飯田の問いに二人は強く頷く。


「シェアハウス内での恋愛が禁止だということは、入居時にオーナーから聞いていました。駄目なことだと重々承知のうえで、私は槙野先生を、槙野先生は私を恋人として選びました」

「類以と特別養子縁組を組んで育てたいという想いは、二人とも強いんです。本当はもう少し恋人同士でいたかったですし、正式にプロポーズをしてから飯田さんと金子さんにお伝えするつもりでした。すいません」

「槙野が謝る必要はないよ」

「類以を育てるには、結婚しなければいけないんです。なので、俺と荻野先生との結婚をお二人に認めていただけませんか」


 鳩が扉から出てきて時刻を告げる。


「結婚することは、ご両親にはもう伝えたんか?」

「はい。両家とも、私と槙野先生が結婚することを認めてくれています」

「そうか」


静かになった環境で飯田は唸った。そして、しばらくして「分かった」と呟く。そう言ったものの、顎髭を撫でて恥ずかしそうにしている。「ありがとうございます」槙野が頭を深々と下げた。


「私も結婚に賛成です。槙野さんと荻野さんが幸せになるなら、私は二人のことを祝福します」そう言う金子の頬は自然と緩む。「金子ちゃん、ありがとう」荻野も笑みを浮かべる。極秘で付き合い始めてから一年。異例な形でのゴールインとなった。

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