第4話

 里親。金子は自分の心の中でその言葉だけを繰り返し呟く。荻野の耳元で何かをささやく槙野。二人は時折目配せし合い、そして微笑む。


「え、里親?」飯田が発言者の目を見て訊く。すると「あぁ」と小さく声を漏らしたその人は、ゆっくりと瞬きをした。


 里親という言葉自体、芸術にしか興味がない金子ですら知っていた。ただ、里親がどんな制度なのかとか、条件とか、そんなことは一切知らない。今まで結婚だの子育てだの、そういうことを考えずに生きてきた。そろそろ自分の将来についても考えなければいけないかもしれない。


「えっと、この中の誰かがこの子の里親になって・・・、それで引き取る・・・ってことですか?」


荻野が疑問を含めた言い方をした。そんな荻野に対し、「まぁそういうことだな」と軽く発言を流す。


槙野は、「でも、誰がこの子の里親になるんでしょうか?」と、当然とも言える質問を投げかける。すると飯田は発言者を指し、「誰って、そりゃあ発言者の柄本だろ」と、尤ものことを言う。まるで獲物を捕らえた猛獣のような目をしていた。


「何で俺が」

「いや、まぁ、そりゃあ柄本が発言者としての自覚を持ってないとだろ、なぁ?」


飯田の唐突なる投げかけに、槙野と荻野はスッと視線を逸らし、俯く。


 金子はポケットに入れておいたスマートフォンを立ち上げ、里親の二文字を入れて検索。すると、画面には里親に関する情報サイトや制度についてのサイトなど、数多く並んでいた。


「でも、里親だと親権は実親ですよ」今知ったことを、あたかも以前から知っていたかのような顔をして言う金子。ふふっと笑う荻野の前で、飯田は「そうなんだよな」と頭を抱えた。


「親権のことを考えれば、じゃあ別の―」


金子が言いかけている途中、荻野は何か閃いたのか、あっと声をあげた。


「荻野先生、どうしたんですか?」

「今思い出したんですけど、確か養子縁組なら、養親が子供の親権者になれるはずです。なので、里親というよりは養子縁組のほうが良いんじゃないでしょうか」

「確かに、そうですね」


「この手紙を読んだ感じだと、ご両親はもう類以君に会うつもりが無いみたいですもんね」金子がそう口にすると、荻野は「可哀想だけどね」と言って子供に視線を移す。


「飯田さん。もう一度、その子の親が書いた手紙を読みたいので、渡してもらってもいいですか?」

「あぁ、別にいいけど。ってか、再三読んだところで何も変わらないと思うけどな」


 小馬鹿にするような言い方をする飯田のことを無視し、槙野は受け取った手紙を熟読し始める。


「自分で産んだ子供をこんなところに置いて行くなんて、どんな気分なんだろうな。俺なら、自分との間に生まれた子供のことを愛せる自信しかないけど」


腕を組み自信満々な様子で言いきる飯田。柄本は鼻で笑い、飯田の発言を軽くあしらう。


「でも、その愛するってことが難しい親御さんだって世の中にはいらっしゃるんです。だから子育ては難しいんですよ」荻野は子育てを経験したことがあるかのような落ち着きぶりを見せる。論破された飯田は、口を真一文字に結んだ。


「類以君と養子縁組を組むんだとしたら、結局のところ誰が養親になるんですか?」金子はそう言って、自然と飯田の顔に視線を送る。このとき金子自身、熱男タイプで正義感の強い飯田が一番に名乗り出ると思っていた。が、まるでこのことから逃げるような言い方で飯田は断った。そんな飯田に相乗りする形で柄本が「俺も断る」と、まっすぐな瞳で答える。


「おいおい、何で柄本まで断ってんだよ」飯田は自分の発言を棚に上げたかのような態度で柄本に絡む。すると柄本は「育てる自信がないので」と、空気の流れを一刀両断する。


「そんな理由で断ります?」と金子が訊くと、「別にいいだろ」と、ぶっきらぼうに答えた柄本。呆れる飯田と金子だったが、まだ言い足りないことでもあったのか、皿に口を開く。


「別にいいだろ。飯田さんは彼女と結婚する予定があるから断った。今は彼女いないけど、俺にだってそういう未来が待ってるかもしれないからな。だから俺にも養親になることを断る理由はあるんだ」

「え、そこで未来のお話しちゃうんですか?」


嘲笑うように言う金子に、柄本は飄々としている。手紙を読み終えた槙野が、「柄本さん。それ以外にも何か断る理由がありますよね?」と訊くと、柄本はまた鼻で笑い、こう伝える。


「俺がどんな理由で断ろうが、誰にも関係ない話だ。それに、そもそも俺は子供のことが苦手なんで、極力かかわりたくないんだよ。どこで泣き騒ぐか分からないし、怒るかも分からない。そういう子供の相手は、一生俺にはできそうにない。だから、誰に何を言われようとも、とにかく断る」


 この発言を聴いた住民は怒りの感情を抱くも、柄本の面倒な性格に絡みたくない金子、荻野、槙野の三人は黙った。しかし、最年長の飯田だけは違っていた。


「おい、柄本。それは流石に言い過ぎじゃないか? 俺は養親にはならないと言ったが、この子を育てないとは一言も言ってない。警察に届け出たうえで、本当にこの中の誰かが養子縁組を組んで、このシェアハウスで子供を育てるんなら、俺は全力でサポートする。この子を一緒に育てていく気が無いなら、今すぐ出て行ったほうがいい。これは、柄本のためを思って言ってることだから、そこだけは履き違えんなよ」


飯田の燃え滾る闘志は、ここにいる誰も消し去ることができなかった。そして、柄本のことも、誰ひとり引き留めることができなかった。

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