第3話
柄本が籠の中から封筒と便箋を取り出し、一番に金子に差し出す。それを、戸惑いつつも受け取った金子。
封筒の両面を見てみるも、何も書かれていない。ただのオレンジ色の封筒。その中には二枚の便箋が、半分に折られた状態で入っていた。綺麗な字で書かれてある手紙。一枚目には両親から子供に向けての内容が、二枚目には子供の名前と誕生日が書かれている。
「るいくん・・・」
「金子ちゃん、今何か言った?」
「この子の名前、類以って言うみたいですよ」
金子が指差す箇所を覗く荻野が「ほんとだ」と優しい声で呟く。
「誕生日が五月十七日―」
「十七って、つい二日前じゃないか」荻野の声にいち早く反応した飯田が驚きの声を漏らす。
「ということは、母親が病院じゃないところでこの子を産んで、あまり親と過ごせずに、そのままここに来たって感じですね」槙野は、まるで推理でもしているかのような口調で言う。「この子、どうなるんですかね」子供の寝顔を見ながら金子は訊いた。
「まぁ、この子のためを思えば、一番は乳児院とかの施設に預けることじゃないですか。ね、荻野先生?」
「そうですね。私もそう思います。それに、経緯を説明すれば分かってもらえるでしょうし」
槙野が全うな答えを出した。その場にいる全員が槙野の意見に納得するのかと思えば、飯田が待ったをかけた。
「いや、それはない」
「ちょっと飯田さん、この期に及んで何言っちゃってるんですか?」飯田の発言をただの冗談と受け取った荻野は笑いながらに言う。それに便乗するかたちで、金子は玄関ドアの前で棒立ちする柄本に視線を移す。すると柄本はわざとらしく視線を逸らした。
「柄本さんも、何か言ってくださいよ」
「何で俺が」
「いや、柄本さんだけ何も発言してないじゃないですか。意見聞かせてくださいよ」
軽く舌打ちをした柄本。そして、「俺は、飯田さんに賛成っすね」と、乾いた声で答えた。
「え、嘘でしょ」
その場にいる全員が柄本の発言に絶句した。その空気に耐えられなかったのか、柄本が「嘘じゃない。俺は本音を言っただけだ」とぴしゃりと言う。自分の発言に賛成派の人間がいることに、満更でもない顔をする飯田。勢いそのままに、「槙野はどんな意見を持ってる?」と尋ねる。すると槙野は両腕を組み、少し悩んだあとにこう答えた。
「俺は施設に預ける方法もあるかと思いました。でも、保護者の方が間違ってこのシェアハウスの前に置いて行ったかもしれないですけど、この子はそういう天命だったんじゃないかとも思うんです。まあ、勝手に育てることは許されてないですけどね」
飯田は二、三回深く頷く。
「荻野ちゃんはどう?」
「私は、住民全員で力を合わせてこの子を育てる、そんな役目が与えられたのかなって思ったんです。可哀想だからって自分たちで勝手に育てることはできないですけど、でも、施設に預けないで育てるという方法もあるんだろうなとは思いました」
「確かにそうだな。いいこと言うねぇ、荻野ちゃんも」
飯田の意見に納得する四人だったが、金子だけがまだその船に乗れていない。
「あの、一つ質問いいですか?」
「どうした?」
「このことが世に知れ渡ったら、私たち全員が警察に逮捕されたりするんじゃないですか?」
頭を掻きむしる飯田。そんな飯田のことを横目に、槙野が口を開く。
「まず、子供を置き去りにした保護者には、保護責任者遺棄罪が問われます。今回は、誘拐の可能性は極めて低いだろうけど、その可能性も捨てきれない。荻野先生の仰る通りで、可哀想だからといって、その子供を無断で育てることは決して許されません」
「だよな」頭を深く落とした飯田。何をすればいいのか分からない。あと一歩のところに足が踏み出せない状況だった。
一方で、柄本はボソボソと独り言を呟く。しかし、その内容は誰の耳にも届かない。そんな柄本のことを無視するように、荻野がどこか申し訳なさそうに手を挙げる。
「このこと、相談したほうが良いんじゃないですか?」
「相談?」
「はい」
「誰に?」
「施設の人か、もしくは警察の人とか」
「もしかして荻野ちゃん、そういう関係者の人が知り合いにいるのか?」
「施設で働く人も、警察で働く人もいないんですけど、私の叔母が確かそういう支援か何かをやってたみたいなんで、もしかしたら」
荻野の発言を聴いて、「それ本当か」とどこか疑いつつも、九割ほど信じている様子の飯田。荻野は首を縦に振った。
「警察には確実に通報したほうがいいと思います。あと、子供のことは荻野先生の叔母様に相談するという手もありそうですね」槙野が小さく頷きながら言うと、金子は両手を小さく叩き、「そうですね」と相づちを打った。
「でも、実際に訊いてみないと分からないので、明日電話してみます」
「助かります」
「よろしくな、荻野ちゃん」
一瞬だけ見えた希望の光。その光に皆が手を伸ばす。籠の中の子供は大人たちのことや自分が置かれている状況など知る由もなく、愛くるしい表情で眠っている。いつの間にか微睡みタイムが終了したようだった。
「警察に通報したとして、もし荻野さんの叔母さんに電話をしたとして、分からないってなったらどうします?」
金子が再び抱いた素朴な疑問に対し、再び一斉に沈黙する。希望の光は確かに見えたものの、それを確実には見つけたわけでもなく、掴めてもいない。いつか掴める日が来るのだろうかと不安感を覚え始めたその時、とある人物が何かを閃いたかのような表情で、こう口にした。
「この子の里親になるか」
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