第2話
玄関のドアが轟音を響かせて開けられた。こんな音を立てて開け閉めするのはあの人しかいない。荻野と金子は目配せした。
「おい! 大変だ! 誰か来てくれ!!」飯田のよく通る声が玄関からリビングに届く。「今行きます」そう言って二人はリビングを飛び出す。ただ、金子は半分呆れモードになっている。
風呂場があるドアを開けて出てきた槙野は、脱ぎかけだったと思われるシャツのボタンを締めながらやって来た。状況が分からない荻野は「どうしたんですか。そんなに慌てて」と飯田に尋ねる。すると飯田は息を切らしながらに、「あ、赤ん坊が、シェアハウスの敷地内に」と三人に身振り手振りで伝える。
「捨てられていたんですか?」
慌てる飯田とは反対に、淡々と言葉を発した槙野。その発言を聴いて、荻野はあんぐりと口を開ける。飯田は槙野の発言に大きく頷いた。
「警察に電話したほうがよさそうですね」
「そうですね」
「じゃあ、私が―」
「柄本も、荻野ちゃんも、金子ちゃんも、ちょっと待って」
「え」
「死んだ状態で捨てられてるわけじゃないから」
三人は拍子抜けする。荻野は「槙野先生、これはある意味で事件に発展しそうですね」と訊くと、槙野は「確実に罪に問われるでしょうし、事件に発展することに違いはないでしょうね」と、興趣が尽きないといった顔で答える。金子からしてみれば、教師二人の少し狂気じみた興奮冷めやらぬ雰囲気は、恐ろしいものだった。
「ほら、柄本。その子も中に入れてやれ」と、顎で柄本に指示を出す。そんな飯田に促されるかたちで柄本が玄関へと入って来る。両手に籠を抱えた状態だった。
「この手紙とともに、ネーブルオレンジの木の下に置かれてた」
柄本が籠を大事そうに、丁寧に玄関ホールに置く。中にはオレンジ色の封筒から顔を覗かせる白い便箋と、白い布に身体が包まれた小さな子供が、目をうっすらと開いた状態で入っていた。ふさふさの髪の毛に、パッチリな二重幅の目。そして少しだけ赤らんだ頬。この時点では、子の性別が五人ともに分からなかった。
まるでお人形のような佇まいでいる子供に、槙野と荻野は一瞬にして心奪われていた。金子は自分の妹や弟が産まれた頃を思い出し、一人懐かしむ。飯田は唸りながら顎髭を頻りに触り、柄本は視線のやり場に困っていた。
産まれたばかりと思われる子供を目の前に、五人の大人は手も足も出ない状態だった。そんな中、一番に口を開いたのが金子だった。
「あの、少しいいですか?」
籠の中の子供は
「どうしたの?」
「何か気になる点でもあるのか?」
「あの、言い方が正しいか分からないので、言及は控えたいんですけど、これって、つまり・・・。そういうことですよね・・・?」
一見何も伝わっていないような金子の発言に、息を呑む飯田。柄本は首を傾けていた。
「あぁ、ここを施設だと勘違いした人がいたんだろうな。預けられる年齢でもないのによ」
飯田の発言を聴いた柄本は、小さな声で「嘘だろ」といい、愕然とする。
「やっぱりそうか」
「こんなこと、実際に起きるんですね」
「これは、本格的にマズイことになりそうですね」
「そうですね」
リビングに置かれた鳩時計が二十一時を告げる。金子含め、この場にいる好奇な目付きの住人たちは、籠の中にいる小さな子供に興味津々だった。
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