腐れ縁の初恋~あいつのことが、ずっと好きだったのに~
よこづなパンダ
腐れ縁の初恋~あいつのことが、ずっと好きだったのに~
「……これは女子目線からして、って意味で訊きたいんだけどさ」
登校中に信号待ちをしていたあいつをたまたま見かけたので声を掛けたら、そのまま一緒に学校へと向かう流れになり、こうして始まった雑談の最中にふと質問される。
涼平とは中1のときに知り合って以降、同じオンラインゲームをやっていたことがきっかけで、よく話す仲になった。それから偶然同じクラスになることが続いたこともあり、違うクラスになった今でも、何かと話す機会の多い男子だ。
成績優秀、運動抜群、容姿端麗……とまでは言わないけど、私は小さい頃から比較的何でもそつなくこなしてきたからか、いつも周りには多くの人が集まってくる。
ただ涼平は、そんな私の周囲の人たちの中でもどこか特別というか、数少ない、自然体で話せる相手というか……余計な遠慮はいらずに思ったことを言い合える、そんな友達。
こういうやつのことを、いわゆる腐れ縁、とでもいうのだろうか。
そんなあいつから、こうして女子の一般論とかこつけた恋愛相談のようなものをされるようになったのは、かれこれ一ヶ月ほど前からだ。
出会ってから初めて別々のクラスとなった高2の学生生活も早3ヶ月が経過し、いつかの日に「可愛い彼女が欲しい」だなんて、冗談交じりに言っていたあいつもようやく、本気になったということなのかな。
ところで、私はと言えば実のところ、異性からの告白も3回ほどされたことがある。だから、よく知らない先輩とかでも良いのであれば、恋人を作ろうと思えばすぐにできないこともないだろう。
涼平には言ったことはないけど……まあ、私にその気があればの話。
「その、男子ってもっとこう……香水とかつけて気を遣った方が良いかな?」
「私は、今のままで別に良いと思うけど」
さて今日も今日とて、何を今更と思いつつも、私は思っていることをそのままストレートに返す。
こんな質問に対しても最初は少し驚いたけど……今は可愛いとしか思わない。
色々訊いたところで、私が何も気づかないとでも思っているのであろう。でもそんなところがまた、微笑ましい。
時折「私で参考になるの?」なんて訊いたら、「晴夏は女子じゃん?」とか、「客観的に見て美人じゃん?」とか言われたりして、そんな言葉を聞くたびに、私は少しだけドキッとしたのだけど、あいつからそんな評価であることがちょっぴり誇らしいというか、それがまた自信となっていた。
「そっか……ありがとな!でも体育の後はもうちょい気をつけるようにするわ!」
「あー、たしかにこの前なんか……」
「……え、マジ?」
「ウソウソ、冗談だよっ!」
たまに少しからかいつつも、他クラスになってからもそんな風に話していると、自然と良い気分になる自分がいた。
あいつに初めての彼女ができる日も、そろそろ近いのかもしれない。
♢♢♢
昼休み。
喉が渇いたので自販機にジュースでも買いに行こうかと、私は1人で教室を後にする。
たまには1人の時間も良い。
女子には友達とずっと一緒に群れていたいという子も少なくはないと思うけど、私自身はといえば、実のところそういった付き合いは少し苦手だったりもする。
仲の良い子と一緒の時間は楽しいけど、それを全てと考えて、あまり縛り付けてほしくはない。
クラスには話せる友達も多く、割と中心の方にいると自覚している私だけど、他クラスの生徒と週末の予定について話したりしているような、そんな賑やかな廊下を横目に見ながらこうして目的の場所へと向かう、そんな時間も悪くないと感じる。
楽しそうにしている様子を見ていると、こっちも気分が良くなるし。
案外、私は人間観察が好きなのかもしれない。
こうして散歩していると、ありのままの自分でいられるような気がして気持ちが良い。
いつの間にか目的の体育館横まで来てしまったが、次の授業が始まるまではまだ時間があることだし、もう少し歩きたい気分になったので、一旦校舎の外に出て、渡り廊下の横にある別の自販機まで向かうことにする。
あそこの自販機にはイチゴミルクが売っていて、実は密かなお気に入りだったりする。
私のキャラじゃないからちょっぴり恥ずかしくて、普段人前では飲まないけど、今日は折角1人なんだし、それを飲むことにしようかな。
なんて考えながら渡り廊下の傍まで辿り着いた私は、ゴトンとした音とともに落ちてきた紙パックを取り出す際、自販機の横のちょっとした裏庭のような空間に、見知った背中を目撃する。
この場所は一見すると目立つようでありながら、渡り廊下からはちょうど木の陰に隠れてよく見えないようになっていて、知る人ぞ知る空間となっている。
何故か人通りが少ないにもかかわらず、最近になって設置されたと思われる新しめのベンチがあるのが特徴で、私はそこで時折イチゴミルクを1人で飲んだりしていたのだった。
そんな場所であいつはいったい何を……と思ったが。
「す、好きですっ!」
―――彼の様子を見て、すぐに察しがついた。
これは、告白の練習ってやつかな。
ちょっと面白そうだし、咄嗟に木の陰に隠れる私。
折角だから、あいつの努力してる姿を少しだけ見ていこう。
まったく、私が見ているとも知らずにそういうことをしちゃうあたり、あいつもついてないというか……。
あーあ。練習からそんなにテンパっちゃって、そんなんだと伝わる気持ちも伝わんないですよー。
でも、そんな姿もどこか健気で私は嫌いじゃない。
「……ふふっ」
少しだけ口元が緩む私だけど、別に今は私のことを誰も見ていないし、問題ない。
それにしても、本当にあいつは遠回しというか、何というか……
好きならとっとと告白しちゃえば良いのに、なんて思うけど、容姿や性格とか、一般的な女子ウケはどうか?なんて言い方で、私に色々尋ねちゃったりして。
俗に言う「これは友達の話なんだけど……」と大差ないような訊き方をしちゃうところがもうバレバレというか、そういうところはもっと気にした方が良いと思いますよ。
でも真面目なところがあいつの長所でもあるし、別に否定はしないけどね。
そんなどこか微笑ましいとも取れるあいつの告白に、一拍置いたのち、やがて返事がなされる。
「……は、ははは恥ずかしいでしゅっ!」
けれど、その練習相手はもっとテンパっていて、見ているこっちまでもっと恥ずかしくなってしまうような声を出していて……
……あれ?
練習相手……?
おそるおそる覗き込むと、あいつの視線の先にはもう1人、小柄で可愛らしい女の子がその身を更に縮めるようにして、カチコチになって立っていた。
え、うそ?
だってあいつは……
あれ……
どうしたんだろう。
急に世界が遠のいていく。
まるで私だけが透明になって、この世には存在しない傍観者であるみたい。
なのに胸のあたりはチクチクと痛くて……
呼吸が速くなっているのがわかる。
でもその理由には全く心当たりがなくて、それなのにあいつの照れくさそうに笑う横顔を見ていると、どうしようもなく胸が苦しくなった。
「はい、こちらこそよろしくお願いします……」
可愛い女の子の方から、そっとあいつの手を握る。
あいつはそんな彼女の小さな手をそっと握り返すと、まるで恋人のような距離感で肩を寄せ合いながらその場を去って行こうとしていた。
……何が起こったのか、理解できなかった。
私は今、何を見せられているのだろう。
普段、周囲の人間から面倒見が良いとか言われて、そんな私はいつだって冷静で、周りのことがよく見えている筈だった。
でも、今この瞬間、私は自分しか見えてなくて。
考えるよりも先に身体が動き出していた。
「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ、涼平!」
あいつは驚いた顔をしてこちらを振り返った。
隣には、華奢な女の子が彼の身体に隠れるようにして立っている。
「それ何のドッキリ?タチの悪いことするの、やめてよね!」
自分でも、何を言っているのか分からなくなってくる。
でも、言わずにはいられなかった。
私の言葉に暫く呆気にとられていた涼平だったが……やがてあいつの表情は少しずつ強張っていく。
今までの付き合いで一度も向けられたことのない、ひどく冷たい目をしていた。
「え?ドッキリだなんて、失礼だな晴夏は。今、折角俺たち付き合い始めたところなのに、ムードを壊すようなことを言うのはやめてくれよ」
「だって……」
言葉に詰まる。
今まで一度だって、こんなことはなかった。
そっか、私は……
今、話しかけるべきじゃなかった。
そんなこと、簡単に分かるはずなのに、どうして私は涼平に声を掛けてしまったんだろう。
明らかに混乱している。
何故だか涼平がずっと遠い存在に思える。
つい今朝までは、気の置けない友人であったあいつが、私の傍から手の届かないところへ行ってしまうように思えた。
木々を揺らす風の音が、いつもより不思議と大きく聞こえる。
「てか、いつからそこに居たんだ?ま、まさか、ずっと見て……いや、それはないか。でも俺だって、怒るときは怒るからな」
「え、あ……」
言葉にならない声を漏らすのが精一杯で、最早あいつの目さえもまともに見れない私に向かって、あいつは言った。
「人が本気で告白してるところを見て、からかうんじゃねえよ」
何も言い返せなかった。
普段バカなことを言い合って、そんな風に過ごしてきたあいつにかける言葉が見つからない。
遠ざかっていく彼ともう1つの背中を引き留める、そんな言葉が見つからない。
だって、私が……一方的におかしなことをしてるのだから。
告白。
それが本気のものだって、客観的に見てすぐに分かることだっただろう。
なのに、私はそれを……
なんて酷いことを言ってしまったのだろう。
頬が濡れる。
ドッキリだって、そう思いたかったというのは紛れもなく、私自身の願望だった。
こんなにあいつのことが好きだなんて、知らなかった。
私は自分の気持ちに気づいていなかった。
あんな言葉を投げかけてしまって、明日からどんな風に、あいつと接したら良いのだろう。
どうすればあいつと……
いや、違う。
もう、終わったんだ。
私はあいつの、一番にはなれなかったんだ……
「……あああっ、ああ……うっ」
こみ上げてくる感情を抑えきれずに、私はその場に崩れ落ちた。
どうして今まで気づかなかったんだろう。
私の傍に涼平がいて、そんな日常が当たり前だと思っていた。
恋愛なんて興味ないって、自分のことをそう思っていた。
だけど本当の私は、あいつの一番になりたかったんだ。
弱いところを見せたくなくて、いつも優位に立つような振る舞い方をしてきた。
頼られるのは好きだった。
あいつの忘れた宿題を見せてあげたときとか、渋々を装って、内心頼ってくれて嬉しいと感じていた。
でも、あいつがいないと駄目で、本当に支えてもらってたのは、私の方だったんだ……
制服のポケットから、振動したスマホが零れ落ちる。
震える手で拾い上げると、よりにもよって、あいつからの通知が届いていた。
『さっきは少し言い過ぎた。お前のアドバイスも役に立ったっていうのにさ……。詩織は見ての通り、ちょっぴり人見知りなんだ。まあ、俺も人のこと言えないけど……少し怖がってはいたけど、ちゃんとフォローしといたから。今後は詩織とも仲良くしてくれたら嬉しい』
涙で画面が濡れる。
涼平のバカ……
そんな言葉を聞きたいんじゃないよ……
悪いのは私の方なのに、こんな風に気遣われて、あいつの言葉が一層私を惨めにする。
どうして素直になれなかったんだろう。
どれだけ後悔しても後の祭りで、あいつと私はきっとこれから別々の青春を歩み、思い出を育んでいくのだろう。
そう思うと、それがどうしようもなく寂しいことに思えた。
普段はたくさんの友人に囲まれて、そんな気持ちになったことなんて一度もなかったのに。
スタイル良いねとか綺麗な髪だね、とか、あいつからの言葉じゃないと、意味ないよ……
今まで周りから掛けられた数々の褒め言葉の中から、あいつが言ってくれた言葉を思い出す。
「……美人、か……」
それはあいつの欲しがっていた『可愛い彼女』とは近いようで全然違っていて、まるで見てくれだけで可愛げのない内面を持つ私のことを、的確に表しているように思えた。
「ひうっ、可愛くなくて、ごめんなさい……」
涼平に伝えても何の意味のない謝罪は、駄目な自分自身に向けた言葉として、風に吹かれて消えていく。
憎らしいほどに可愛いパッケージのイチゴミルクは胸焼けするくらい甘くて、これ以上飲むことはできなかった。
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