第18話 無謀なロングツーリング
彼女たちにとって、無謀とも思える、過去最大のロングツーリングが始まろうとしていた。
季節は10月中旬。
ちょうど、厳しい残暑が落ち着いて、気温、湿度ともにちょうどよくなった季節だったが、それは関東でのことで、目指す先の岩手県、東北はすでに「秋」が深まってきていた。
「雪が降る前に行かないと」
という、至極当然の万里香の提案により、10月中旬、土日、そして祝日を利用した2泊3日の弾丸ツーリング計画が練られた。
だが、当初からこれは想定以上に「難しい」ものだった。
それを、美希は痛感することになる。
待ち合わせ場所は、いつものように北高崎駅。
すでにそこが、指定場所になっているかのように、万里香はよくそこを待ち合わせ場所に指定したが、実は単純に彼女の家から近く、行きやすいという理由だった。
もっとも、美希の家からはそれなりに遠い。
そこに午前6時という、早い時間に待ち合わせることになり、美希は渋々ながらも、まだ夜が明けていない午前5時半頃に自宅を出発。
季節的に、ほとんどギリギリ夜が明けないか、明けるかくらいのタイミングだった。
薄っすらと東の空が明るくなり始める頃、自転車で出発した美希は、15分くらいかけて、北高崎駅に到着。
今回は、2泊3日ということで、リュックに小物やら着替え、お泊りセットの歯磨き粉や歯ブラシ、タオルを持参していた。
季節的に寒くなってきたのと、東北がさらに気温が低いことを想定し、厚いジャケットを羽織って、下はチノパン姿だった。
「お待たせ」
万里香は、いつものように早めに着いて、またもレトロな紙の文庫本を開いていた。
「何、読んでるの?」
気になって、美希が表紙を見ようと覗き込むと、彼女は、何故かそれを隠して、
「ただのラノベ」
とだけ返してきた。
隠す意味が分からない物の、美希は深く追求はしなかった。
いつものように、万里香のグロムで出発し、美希はタンデムツーリングを楽しむつもりではいたが。
その前に、
「どのくらいの時間かかりそう?」
聞いて、驚いていた。
「12時間くらい」
「12時間! 半日じゃん」
「まあ、この小型バイクじゃ、高速使えないし」
それはわかっていた、美希だが、想像以上に厳しい道のりに、早くも心が折れそうになっていた。
一応、軽く万里香から説明を聞くことにした。
彼女曰く。
今回は、初日は最短ルートで盛岡にある、24時間営業の健康ランドを目指すそうで、そのために、宇都宮まで行かず、途中の日光東照宮あたりで、宇都宮から来た、高橋菜々子と合流し、国道121号で会津若松から山形県に入り、山形県を縦断して、国道13号に入り、秋田県に入って、山道を通過して、ようやく岩手県の盛岡市に至るという、全長約550キロにも及び長大なコースになるという。
日光までは、今まで何度も使った、国道122号を使う、山越えルートだ。
だいぶ涼しくなってきて、山に入ると寒いくらいの気候だったが、それでも日光東照宮まで2時間以上もかかる。
まだ、観光地としては、営業時間前の8時台に、日光東照宮の玄関口に当たる、神橋に到着。
そこで、高橋菜々子のセローと合流。
あとはひたすら走るのだが。
(さすがにダルい。疲れた)
というのが、美希の正直な感想で、昼休憩に立ち寄った、福島県の道の駅で、彼女は愚痴っぽく呟いた。
「バイク乗りって、みんなバカなの?」
と。
すると、万里香は今さら何言ってるの、と言わんばかりの表情で、答えた。
「バカだよ、基本的に」
「やっぱり」
「そりゃ、バイクは夏は暑い、冬は寒い、雨が降れば大変、疲れやすいし、倒れたら起こすのも大変。車の方がはるかに楽だからね」
「じゃあ、何でわざわざバイクに乗るの?」
至極当然の美希の質問に、嬉々として答えたのは、年下の菜々子だった。
「それはですね、美希センパイ。バイクじゃなきゃ感じることが出来ない世界があるからですよ」
ドヤ顔のように、自信満々に言い放つ彼女。
「意味わかんない」
「まあ、そりゃ、運転したことがない奴にはわからんさ。所詮、『バカしかバイク乗りにはなれない』ってことだ。本当に賢い奴は、バイクなんて、不条理で非生産的な物には乗らないからな」
「それでも乗るの?」
「乗りますよ。五感すべてで、季節や風景を感じられる。そういうのはバイクしかないですからね」
「それなら、別に自転車でいいんじゃない?」
という美希の質問は、ある意味では正解だったが、万里香は不器用な笑顔で答えた。
「自転車でもいいが、遠くまで行けないし、それに私はあんなに足の筋肉はいらん」
それには、美希も菜々子も同意していた。
「まあ、そうだね」
「ですよねー。ロードバイク乗りなんて、すっごい筋肉してますからね。アスリートですよ、あれは。あんな筋肉ムキムキになりたくないです」
昼飯は、暖かい蕎麦を食べた、3人。
目指す先の盛岡市までは、まだまだ数百キロの距離があった。
(私も免許取ろうかな)
ようやく美希は、自動二輪免許に対して、前向きに検討を始めながら、万里香の後ろに座るのだった。
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