第17話 懐かしき小学校跡

 10月。


 いつも彼女からのショートメッセージは唐突に、美希の元へやって来る。


―次の行き先が決まった―


 まるで、何かのミッションのように、短文でメッセージが送られてきた。美希は休み時間にそれを受け取り、またも彼女の元へは向かわずに、メッセージを返す。


―どこ?―


―小学校跡―


(来たか)

 実は、美希は何となくだが、予想をしていた。


 今までの廃墟が「駅跡」、「鉱山跡」、「ホテル跡」、「廃墟の街並み」、「廃病院」と来ている。そろそろ廃校が来ると思っていたら、その通りになっていた。


―場所は?―


 どうせ遠いだろう、と予想していた美希だったが、これだけは外れていた。


―埼玉県小川町おがわまち


 今回は、近い。その上、栃木県に住む、菜々子にとっては、かなり遠回りになるので、彼女は参加しないという。


―わかった。待ち合わせは後で教えて―

 と返すと、すぐに、


―日曜日、午前9時。南高崎駅―

 と連絡があった。


(北高崎駅じゃないんだ)

 と、思う美希だったが、そもそも埼玉県は、群馬県の南にあるから、地理的な都合上、南高崎駅の方が便利なだけだろうと予想した。


 その後すぐにスマホの地図アプリから距離を調べたら、約45キロ弱。時間にして片道1時間半程度。


 これまでのロングツーリングに比べて格段に短い物だった。


(廃校か。廃病院ほどじゃないけど、やっぱりちょっと怖いよね)

 と、やはり乗り気ではなかった美希だったが、彼女の想像を大きく覆す風景が後に広がることになる。


 当日、日曜日。


 南高崎駅は、一応は信越本線の駅である、北高崎駅とは違い、上信電鉄というローカルな私鉄の小さな駅で、この路線は群馬県西部の下仁田しもにたまで伸びている。


 行ってみると、住宅街に囲まれた、何とも頼りない小さな駅のホームが、踏切付近にかろうじて立っていた。


 群馬県は、基本的に「車社会」なので、電車を利用する人は高齢者が圧倒的に多いのだ。

 従って、若者である美希が利用することはまずないし、通学範囲でもなかったから、訪れたのは初めてだった。


 駅前と言っても、非常に小さな駅舎の前に、申し訳程度に駐車スペースがあり、自転車が何台か置かれてあり、そこに早くも万里香のグロムが停まっていた。相変わらず自転車に紛れても目立たないくらい、こぢんまりとしたバイクだ。


「お待たせ」

「うん。じゃあ、乗って」

 いつも、会話が原稿用紙1行分にもならない万里香が、短く告げて、美希はシートにまたがってヘルメットをかぶる。


 そこからは、あっという間だった。


 高崎市街からは、幹線道路である倉賀野くらがのバイパス、国道17号を真っ直ぐ進み、烏川からすがわを越えて、藤岡市に入る。

 交通量はそこそこ多い。


 やがて、神流川かんながわを越えると、埼玉県に入る。


 一口に埼玉県と言っても、都心にほど近い、つまり「首都圏」の通勤範囲である、さいたま市や所沢市、川越市などと比べると、この辺りはほぼ群馬県の生活圏に近い。


 そのまま、県道131号に入り、国道254号に入る。その道をひたすら真っ直ぐ進むと、やがては東京都心に入って行くのだが、彼女たちの旅はそこまでは行かない。


 のどかな田園風景や、小さな住宅街をいくつも抜けて、荒川を越えると、「小川町」の看板が見えてくる。


 ちなみに東京都の都心に「小川町駅」という駅があり、検索に間違えると、この埼玉県に連れてこられるという、笑い事ではないエピソードがあるらしい。


 小川町の道の駅を過ぎて、右折し、小さな川を渡って、左折した先。


 そこには、美希が想像していたのとは全く異なる、「ノスタルジック」な風景が広がっていた。


 木造平屋の校舎に、赤茶けた三角屋根。校庭に置かれたゴムタイヤとシーソーとブランコ。


 そして、校舎を彩るように咲き誇る、周囲の花。


「綺麗だね」

「ああ」

 そこには、「廃校」なんて、表現が似合わない風景が広がっていたのだ。


 バイクを降りて、万里香は校舎に向かって歩いて行く。美希が続く。

「ここは、明治初年に建てられた古い小学校なんだが、昭和何年かに今の校舎を新築して、確か結局、2011年だったかに廃校になってる」

「へえ。つまり平成何年かだね」

 美希は、とっさに計算できなかったが、平成23年になる。


「ただ、今はNPO法人が管理しているらしく、たまにイベントをやったり、カフェもやったりしてるらしい」

「そっか。有効活用してるんだね」


「そうだ。廃校になっても、そこを綺麗に整備して、きちんと使えるようにしているところもある、というのを見せたくてな」

 校舎の玄関口に到着する二人。


 その学校の名前は。


 旧小川町立小川小学校下里しもざと分校。


 ちなみに、イベントなどをやっている時は、別だが、通常は校舎内は立ち入り禁止になっている。


 二人は仕方がないので、外側からこの校舎の内部を見て行く。

 だが、外側と言っても、玄関口や窓際から結構中を見ることは出来る。


 そこに展開されていたのは、彼女たちの世代では経験すらしていない、古き昭和から平成初期にかけての小学校の姿だった。


 小さな椅子、机。そして今ではその多くがホワイトボードになってしまった、懐かしい黒板にチョークと黒板消し。今は誰も通ることがない板張りの廊下。


 木造平屋の造りだが、外観や縦長の窓は、どこか和洋折衷の洋風建築にも見える。そして、何よりも整備されているのか、レトロながらも、美しい様式美のような雰囲気が漂っていた。


 彼女たちの世代では、経験していないが、それでも不思議と「懐かしさ」を感じずにはいられないような、レトロながらも、美しい光景だった。


 二人は、その美しい内装を見ながら、会話をする。

「他にもこういう場所って、あるの?」

「あるよ」


「千葉県には、旧小学校を改装した道の駅があって、そこに泊まることもできる」

「へえ。学校に泊まるのって、何だかワクワクするね」


「ただ」

「ただ?」


「まあ、こうして綺麗に整備するにも金がかかるからな。こうして残っている建物は少ない方だ。廃校になった学校の多くが、その後、見る影もなく寂れて、朽ちている」

「そう考えると、悲しいし、ここは貴重だね」

 万里香に従って、美希もまた、ここではたくさん写真を撮っていた。


 何よりも、「朽ちて」いる廃墟とは違い、ここはまだ「息吹」が感じられるくらいの、綺麗に整備された、レトロな建造物だ。


 中は入れない物の、この何とも言えない美しい光景に、彼女たちは魅了されたと言っていい。


 帰る頃になって、万里香は唐突に呟いた。


「そういえば」

「何?」


 聞くと、先日、宇都宮に住む高橋菜々子から、山田万里香にショートメッセージが来たらしい。


 それによると、彼女は、とある場所に行きたいと言っているらしいのだが、その場所が問題だった。


「松尾銅山? どこ?」

「岩手県だって」


「い、岩手県!」

 さすがに、飛び上がるくらい驚いていたのは、美希だった。


(群馬県から栃木県、福島県。ついに岩手県か。いずれは北海道にでも行くつもりかな?)

 さすがに東北地方の北部になると、遠すぎる。


 いくら何でも高速道路を使えない、125ccのバイクでは無理があるのでは、と美希は難色を示すが、

「そこは日本最大の廃墟って言われてるらしいんだ」

 万里香は、早くも目を輝かせていた。


(これは、絶対行く気だなあ)

 万里香の目を見て、美希は諦めに似た、溜め息を突いていた。


 いよいよ彼女たちの旅の中で、最大の旅が始まろうとしていた。

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