第15話 廃墟遊園地
結局、高校2年生という貴重な夏休みを、「廃墟巡り」に費やしていた、美希は9月に入って、久しぶりに登校すると、
(はあ。私、何やってんだろ。こんなことやるくらいなら、彼氏でも作るべきだった)
と、己の行動の浅はかさを激しく後悔していた。
田中美希もまた、年頃の女の子なので、彼氏と出かけたり、仲間と楽しいことや思い出に残ることを体験したいと思うのは当然だった。
ところが、彼女が関わったのは、やたらと「こじらせている」陰キャな山田万里香と、陽キャだけど、部類の廃墟好きの高橋菜々子だった。
美希は、内心では、
(もう廃墟なんて行くもんか)
とさえ思っていたが、そんな彼女の元に、意外な人物からショートメッセージが入る。
―田中さん。今度、良かったら栃木県に来ませんか? 私、行きたいところがあるんです―
その栃木県の鬼怒川温泉の廃墟巡りで知り合った、高橋菜々子だった。
いつも明るくて、可愛らしい彼女は、ショートメッセージでさえも、どこか可愛らしさを感じさせる文章だった。
溜め息を突きながら、美希は返信する。
―そういうのは、山田さんに言って。そもそも私、バイク持ってないし―
―あ、そっか。そうですね。すみません~―
結局、美希はそう返信した後、教室の自分の席に向かうが、入口近くの自分の席に座ってすぐ、真逆の教室の窓際の一番後ろの席に座っているはずの、山田万里香から狙ったようにショートメッセージが届いた。
―今度、高橋さんと栃木県の廃墟に行くんだけど、来る?―
(ああ、やっぱり来たか)
当然、すでに菜々子から万里香にショートメッセージが行ったのはわかる。内心、断ろう、断ろうと、思っていた美希だが、何故だろうか。
このまま断って、二人との関係が切れることも「恐れていた」し、実は彼女自身がバイクに興味を持ち始めていた。
もっとも、まだ免許を取りに行こうとは思っていなかったが。
―しょうがないな。ちょっとだけだよ―
何故だろうか。自分でも内心、「行きたくない」とすら思い始めたのに、結局、彼女は肯定の返事を返していた。
次の日曜日。
また、いつものように北高崎駅が待ち合わせ場所になる。
さすがに何度も父に送ってもらうのは、悪いと思ったのか、美希は今回も自転車でそこに向かった。
「お待たせ」
今回もまた、山田万里香が先に駅に着いており、今時珍しい、紙の文庫本を開いて、待っていた。
「うん」
いつものように、必要最低限しか会話を発しない、彼女に従って、美希はまたグロムの小さなシートに腰かける。まさにここが彼女の定位置になっていた。
今回もまた、わたらせ渓谷鉄道沿いの国道122号を通る、ルートで、かつて足尾銅山跡、鬼怒川温泉の廃墟、そして福島県浜通りの廃墟に行った時と、途中まで同じルートになった。
ただし、待ち合わせ場所が栃木県内なので、距離にして約100キロ、時間にして約2時間半くらいだった。
ようやく9月に入って、涼しくなると思いきや、9月前半は、まだまだ猛暑が続き、むしろ真夏と大して変わらない気候だった。
(暑い)
バイクのシートにまたがりながら、美希は頭上から容赦なく降り注ぐ陽光に目を細める。
その日も群馬県、栃木県両県共に「蒸し暑く」、「ゲリラ豪雨が降りそうな」天気だった。
待ち合わせ場所に着くと、そこはただの駅だった。ただ、木造の黒い駅舎がやたらとレトロ感を煽るように、妙に格好良く美希には見えた。
「新
「違う。新
もはや、美希が間違えて、万里香が訂正するのが、お約束のようになっていた。
「お疲れ様でーす」
相変わらず、可愛らしい声と共に、妙に楽しそうな笑顔で現れたのは、セローに乗る菜々子だった。
「菜々子ちゃん」
と、美希は彼女を下の名前で呼んでいたが、一方の万里香は、
「高橋さん。それでどこに行くの?」
年下にも関わらず、どこか他人行儀にも思える態度だった。
「ここからすぐのところです。ウェスタンヴィレッジっていう、昔の遊園地です」
「えっ。それって入れるの?」
と、万里香が聞いたのは、遊園地廃墟にありがちな問題が頭に浮かんだからだろう。
つまり、多くの遊園地廃墟は、建物が倒壊する恐れもあることから「立ち入り禁止」になっていることが多い。
「そうですね。多分、入れないと思います」
「それじゃ、外から眺めるだけ?」
「まあ、多分そうでしょう。それでも、隙間から見えますし、面白いですよ」
菜々子が、妙に張り切っていたのは、彼女が栃木県民だったからだった。
結局、新高徳駅からバイクで、鬼怒川の橋を渡って、すぐのところにそれはあった。
見るからに寂れた、門扉と「立ち入り禁止」の赤い文字で描かれた注意看板。
だが、よく見ると、門扉の脇の木柵に隙間があり、そこから中を覗くことが出来るのだった。
高橋菜々子は、喜んで、その穴に目を通す。というより、首を通すに近く、こっそり中を覗いていた。
「どうなの、菜々子ちゃん?」
美希が尋ねると、彼女は、嬉々として答えた。
「ここがウェスタンヴィレッジなんですねー。私は年代的に来たことないんですけど、兄が小さい頃に両親に連れて行ってもらったそうです」
それが彼女がここに来たかった理由だった。
「お兄さんって、いくつ?」
「25歳です」
彼女とは9歳も離れている。随分年が離れた兄妹だった。
だが、後で調べて知ったことだが、ここ「ウェスタンヴィレッジ」は文字通り、アメリカ西部開拓時代を模して造った、巨大なテーマパークで、アメリカ大統領の顔が刻まれた、本場のラシュモア山があったり、西部劇に出てくるようなサルーンや、回転ドアがあったり、西部劇さながらのガンマンショーやコスプレも出来たという。
しかし、バブル期に造られ、巨額の資金を投じたこのテーマパークは、日本中にある同時期に造られた、いわゆる「箱物」的なテーマパークと同じような運命をたどる。
最初こそ客の入りは、良かったが、次第に寂れ、経営が困難になり、終いには資金を融資していた、地元のメインバンクが国有化されたことで、資金繰りが出来なくなり、あえなく倒産。年代的には2006年頃に休業し、そのまま事実上の廃業となったという。
そして、そのまま巨大な建設物だけが残されたという。
一説には、ラシュモア山を模した物を造るだけで、25億円以上もの建設費がかかったと言われている。
まさに「バブル期」の勢いに乗って、観光地の鬼怒川温泉の好景気に乗っかった形で、造ったものの、後先考えずに造って、経営が破綻した、代表格のようなテーマパークだった。
ちなみに、すぐ近くには、日光を代表する時代村のようなテーマパークがあり、そちらは現在も営業している。
菜々子が、感嘆の声を上げ、なかなかその場から離れようとしなかった。
そのため、万里香と美希は、別のルートからこのテーマパークを見ることにした。
何のことはない。少し歩いて見ると、菜々子が見ているのと同じように、木柵に隙間が空いて、中が見渡せる場所があった。
そこに山田万里香と並んで、美希も顔を覗かせてみた。
確かに往時の面影というか、名残というか、いやもはやそれは「残骸」と言っていい枠組みだけが残されていた。
まるでゴーストタウンのような風景が広がっていた。
古びたというより、見捨てられたアメリカ西部開拓時代のような、木造の建築物に、西部劇に出てくるような回転扉を持つサルーン、銀行らしき建物、馬がつながれていたらしい納屋など。
軒先にぶら下がっている、「ようこそ」を意味する英語「Welcome」の文字の看板が、ものすごくもの悲しく見えた。
そこは、もう人が入ることもない、ただの廃墟。
一説には、ここは今は資材置き場になっているらしい。
結局、一通り見ただけで、その日はあっさりと高橋菜々子と別れ、群馬県に戻ることになったが。
別れ際に、彼女が、言い出したことに、美希は鋭く反応していた。
「そうだ。せっかくなので、次は病院の廃墟に行きましょう」
「病院!? 嫌だよ、私は」
「何でですか?」
「いや、だって、普通にホラーじゃん。呪われそう」
「大丈夫ですって。そこを何とか。お願いしまーす、美希センパイ」
どこで覚えたのか、とろけるような甘い声を上げて、おねだりしてくる菜々子は、妙に可愛らしいというか、艶めかしいとすら美希は思っていたが。
「奢ってくれたらいいよ」
渋々ながらも、勢いに押され、押しに弱い美希が折れかける。
「後輩に奢らせるなんて、鬼畜だね」
万里香が、涼しい顔で、美希を責め立ててくる。
「鬼畜じゃないよ」
「冗談だよ。まあ、何かあった時のために、人数は多い方がいいし」
万里香の目が、不気味に見えた。美希は一歩後ずさっていた。
「何かって何?」
「いや、まあ。昼間に行くから大丈夫だと思うけどさ。一応ね」
「だから一応って、何?」
「一応は一応。備えは必要」
結局、万里香にも菜々子にも丸め込まれる形で、美希は同行することになる。彼女にとっては、「不本意ではない」、廃病院への旅が始まろうとしていた。
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