第14話 山田万里香の秘密
日本の小中高、そして大学の夏休み期間は長い。おおむね、8月いっぱいが休みであることが多い。一部、夏が短い北海道などでは、8月下旬には休みが終わるところもあるが、ここは群馬県。
そして、8月末のある平日の日。
いつものように、唐突に山田万里香にショートメッセージで誘われた、田中美希は、群馬県内のとある場所へとバイクのタンデムで向かった。
その場所とは。出発前に、万里香が説明したところによると。
「廃墟じゃない。けど、ちょっとレトロな雰囲気の場所」
とのことだった。
夏休みの前半に、散々長距離を走ったので、今回は、近場の県内、もちろん日帰りだった。
その場所へは、北高崎駅から割とすぐに到着。
午前10時頃だっただろうか。
「
不思議なネオンサインが輝く、沿道の脇にポツンと立つ、田舎のロードサイド店。
一見すると、昔のゲームセンターのような、はたまた古き良き「ドライブイン」のようにも見える、平屋の四角い建物の駐車場で、バイクを降りて、目の前に見える不思議な建物に、美希は声を上げた。
「そう。群馬県内にはたくさんある」
万里香がヘルメットを脱ぎ、先導するように店内に入る。
中は、平日の朝ということで、ほとんど
そんな中、古い自販機でハンバーガーを買って、座席に着いた万里香。自宅で朝食を食べたため、さすがにまだ空腹を覚えていなかった美希は、隣の自販機でジュースだけを購入していた。
そして、テーブルに着いた万里香が、怪訝な表情を浮かべて、近くにいた中年男性の方を凝視していたのが、美希は気になっていた。
その男性は、作業着のような黄土色のつなぎを着て、この暑いのに、熱いそばをすすっていた。
立ち上がり、つかつかと男性のところに歩み寄り、彼女は声をかけていた。
「お父さん。何してるの?」
「げっ。万里香!」
(えっ。お父さん?)
見た目には、確かに目元が万里香に似ていると思っていたが、年齢的には50がらみの冴えない風貌に見える短髪の男性。
ガテン系の仕事をしているように見える格好の割には、痩せていて、昔はそこそこイケメンだったと思われるような名残があった。
身長は175センチくらいか。
「サボってないで、仕事して」
「サ、サボってないぞ。ちょっと休憩だ」
などとやり取りをしている間に、男は、美希の姿に気づいた。
お互いに気まずそうに会釈を交わす。
仕方がないので、美希もまた彼女の方に歩いて行った。
聞くと、万里香の父、真一は群馬県内で、主に産業廃棄物を扱うトラックの運転手をしているそうだ。言わば、「産廃業者」と言える。
この手の仕事は、安月給で、おまけに危険が伴う。
大型トラックを扱うことから、神経も使うという。
万里香に紹介された、美希に対し、彼女の父親は、
「不愛想な子だけど、仲良くしてやってくれ」
と手を合わせて、懇願するように美希に訴えてきて、娘からは、
「やめて。恥ずかしい」
と止められていた。
そんな不思議な親子関係だったが、トイレのために万里香が中座した時だ。
美希は、思い切って、彼女の父親に聞いてみた。
それはかつて、美希が彼女を「万里香ちゃん」と読んだら、拒絶され、
「そう呼んでいいのは、母だけだから」
と言われたことに対してだ。何故、そんな態度を取るのか、美希はずっと引っ掛かっていた。
それに対し、彼女の父である真一さんは、溜め息混じりに説明してくれるのだった。
「そうか。まあ、万里香がそうなったのは、ある意味、俺のせいだな」
と。
「どういうことですか?」
聞くと、それは山田家にまつわる話だった。
万里香の母、
その離婚の仕方が問題だった。
喧嘩別れに近く、散々口論になって、真一が頭に来て、
「出ていけ!」
と叫び、激昂した美佐が家を出ていった。
それが、万里香が小学生の5年生の時だったという。つまり今から6年前になる。
「その影響だろうなあ。あの子は元々、明るくて活発な子だったんだ。子供ながらに自分も『捨てられる』ことを恐れたんだろう。防衛本能が働いたのか、それ以降、人と関わることを恐れるように、大人しい子になってしまって……」
「そんなことがあったんですね」
それは、美希にとっても衝撃的な内容だった。
だが、こればかりは、経験した者にしかわからないだろう。ましてや、多感な時期に両親が離婚したことを経験した者にしかわからないかもしれない。
「俺があいつを捨てるわけないんだけどな」
悲しそうに呟く、真一さんの姿が、美希には少しだけかわいそうに思えた。
その時だ。
「私がいない間に何話してるの、全く。さっさと仕事に戻って」
仁王立ちした、怖い表情の万里香がいつの間にか真一さんの前に立っていた。
一体、どこまで聞いていたのか、わからないまでも、美希は気まずい思いがしていた。
結局、
「じゃあ、万里香。田中さんも気をつけてな」
と挨拶をして、残りの汁をすすって、真一さんは足早に店を出ていった。
まもなく、大型トラックが発進するエンジン音が聞こえてきた。
万里香の溜め息が漏れていた。
「何を聞いたか知らないけど、どうせお母さんのことでしょ」
気持ちは察するが、美希もまた彼女には一言言っておきたいと思っていた。
「山田さん」
「何?」
「いいお父さんじゃない。心配しなくても、お父さんはあなたを捨てたりしないよ」
それを言いたかった美希だったが、万里香は安心した表情は浮かべなかった。
「そんなことはわかってる」
と。
「じゃあ、何で……」
と聞こうとした美希の言葉尻を遮って彼女は続けた。
「お母さん。いや、もう他人の美佐さんは今は別の家庭に入って、向こうの家族とよろしくやってるの。この気持ちがあなたにわかる?」
「ごめん。そんなつもりじゃ」
「まあ、いいけど。別にわかってもらおうなんて思ってないし」
そう、苦々しい表情で告げる万里香に、美希はたった一つだけ思うのだった。
(なかなかこじらせてるなあ。まあ、他人の家庭の事情は私にはわからない。でも、いつか万里香ちゃんって、呼びたいな)
と。
人と人との微妙な距離。そして、知られざる「山田家」の過去を垣間見た、美希だった。
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