第10話 バブル期の廃ホテル群

 7月末。


 夏休みに入った。


 ようやく梅雨が明けたが、今度は猛烈な暑さが、群馬県を襲う。


 正直、こんな時期に旅行なんて行く気にもなれないと美希は思いながら、冷房の効いた部屋で過ごしていたが。


 いつものように、不意に彼女から「ショートメッセージ」が届く。


―今度、廃ホテル群を見に行くけど、来る?―


 いつも前触れなく、唐突に彼女からのメッセージが届くので、ちょうど風呂に入っていた美希は、メッセージ自体を見逃していた。


(廃ホテル群?)

 その時点で、既に不穏な空気が漂っているようで、一瞬、美希は尻込みする。


―場所はどこ?―

 尋ねるとすぐに返信があった。


―栃木県の鬼怒川きぬがわ温泉―

 と。


 すぐにインターネットで調べてみる。


 すると、出るわ出るわ、廃墟の映像が。


 日光鬼怒川温泉とも呼ばれる、鬼怒川温泉。かつてはバブル期に団体客用の大型宿泊施設が多数建造され、多くの団体客で賑わっていたらしい。


 ところが、バブルが崩壊して以後、そうして巨大な「箱物」のホテルが収益悪化により、次々と廃業していったらしい。


 そして、それらの建造物が未だに取り壊されずに残っているということもわかった。


―わかった―

 一応、そう返信し、詳細の待ち合わせ場所について、彼女は待った。


 だが、一向に返信が来ないまま、彼女は諦めて就寝する。


 翌朝、唐突に万里香からショートメッセージが届く。


―じゃあ、今度の日曜日の午前7時、北高崎駅で―

 相変わらず変わり映えのしない、待ち合わせ場所の指定。


 美希は、

(何故いつも北高崎駅で、日曜日なのか?)

 と不思議に思いつつも、了承していた。


 翌日曜日、6時台に父に車を出してもらい、北高崎駅へと向かう美希だったが。

「なあ、こんな朝早くにどこまで行くんだ?」

 と、父からは明らかに訝し気に質問されていた。


「鬼怒川。友達のバイクで」

 そう答えると、父はすぐに気づいたようだ。


「バイクで? この間、会ったあの子とか?」

「そう」


「まあ、気をつけろ。お前は運転しないだろうけどな」

「うん」


 父は父で、一応、娘の彼女の心配をしていたらしい。


 いつものように駅に着くと、彼女が待っていた。

 さすがに真夏のこの時期、暑いので、ライダースジャケットなどは着ておらず、自転車乗りのような薄い長袖ジャケットを羽織っている程度。


「お待たせ。何で長袖なの?」

 と、不思議に思って尋ねる彼女に対し、万里香はバイク乗りらしい回答を下した。


「バイクに乗る時の鉄則。コケたら、大怪我するから長袖の方がいいし、日焼けも防げるから」

 そう回答を得つつ、美希自体は明らかに半袖で来ていたことを少しだけ後悔する。

下はさすがに短パンではなかったが。


 鬼怒川までは、高崎からは遠かった。


 前回行った、国道122号の渡良瀬川沿いを、まったく同じルートで北上。


 足尾を過ぎて、観光地として有名な日光を通過。

 日光東照宮辺りで、観光渋滞に遭いながら、走ること3時間余り。


 ようやく昼近くになって、鬼怒川に到着した。


 そして、バイクを鬼怒川公園駅に停めて、歩くことになる。


「暑い~」

 高崎より高地にある鬼怒川に来ても、美希には体感的にはあまり変わらないくらいの暑さを感じていた。


 そんな中、万里香は暑さを微塵も感じさせないような、軽い足取りで道をぐんぐん歩いて行く。


 やがて、見えてきたのは、巨大な廃墟だった。


 経年劣化により、黒ずんだ壁、壁面のタイルが崩れ落ちそうに朽ちている建物、錆びて赤茶けた色から黒くなっていて、今にも崩れそうな非常階段。


 そして、何とももの悲しそうな「ようこそ」の文字。


 まさにそこは、廃墟ワールドだった。


 そして、いつものように写真を撮るかと思いきや。


 先客がいた。


 若い。恐らく彼女たちとそう変わらない年齢だろう。

 背が小さく、ポニーテールにまとめた髪型をした、少し幼い印象を抱かせる少女がすでにその建物の写真を撮っており、しかも傍らにはオフロード仕様と思われる、タイヤがデコボコの、特徴的なバイクがあった。


 彼女と目が合った。


 瞬間。

「こんにちは。あなたたちも廃墟巡りですかー?」

 気さくに笑顔で話しかけてきた。


 見ると、小柄ながらも人懐こそうな笑顔を浮かべる、可愛らしい女の子だった。

 こんな廃墟とは無縁のような少女が、ここにいることに強烈な違和感を感じる美希は、少しだけ怖くなったが。


「そう」

 万里香は何事もないかのように、短く応じていた。


「そうですかー。あ、私は宇都宮から来たんですが、あなたたちは?」

「群馬県の高崎」

 万里香が答えると、少女は目を見開いて驚いていた。


「高崎! めっちゃ遠いですねー。バイクでですか?」

「うん」

 今度は、恐る恐る美希が答える。


「あ、私は高橋菜々子。よろしくですー」

「山田万里香」

「田中美希」

 一応、挨拶をしてくれたから、彼女たちはそれぞれ名乗ることになる。


 そして、この「高橋菜々子」との出逢いこそが、新たなる「廃墟巡り」のスタートとなる。

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